1:  平和との決別






「オーイ黒崎。課題見せてくんない?」
「またかよ・・・」

天気は雨。
鬱陶しさに愚痴を零しながら登校してくる生徒で賑わう教室では一護の顔を見るなり満面の笑みで手を差し出しそう言った。
呆れながらも一護は鞄の中からノートを取り出す。

「サンキュ。助かったあ」
「たまには自分でやれよ、お前」
「自分でやっても再提出くらうんだし二度手間だろ。お前の写したほうが簡単」

は意気揚々にそのまま一護の机で課題を写し始める。
苦笑いで一護はその様子を眺めていた。


の伏せられた瞼から伸びる睫毛の長さに目を奪われる。


(・・・女みたいな顔してるよな、コイツ)
ボンヤリと眺めながら考える。
その自分の様子が、周囲から見ればかなりの危うさであることを一護は気付いていない。


「黒崎、そういえばお祝いがまだだったな。昼飯でも奢ってやるよ」

手元から視線を剥がさないまま言うに一護は眉を顰める。

「お祝い?礼じゃなくてかよ?」
「いやあ、まさかお前に彼女が出来るなんてなあ。しかも朽木だろ?美少女転入生に手を出す甲斐性があったとはな。
俺は友として嬉しいよ。いやな、俺はてっきり井上あたりが本命かと思ってたんだが」

・・・・・・絶句。
一護は顔を真っ赤にして立ち上がり机に思い切り手を叩き付けた。

「冗談じゃねえ!!何の話だ!!」

しかしは動じずゆっくり顔を上げニヤニヤと笑う。

「そんなに照れるなよ。先が思いやられるぜ、少年」

先、という単語の意味に間を置いて気付いた一護は口をパクパクさせながら言葉に詰まった。
冗談じゃねえ。
心の中で一護は繰り返す。

(そもそも、第一、よりによってにそんな誤解をされるなんて)

啓吾や水色も同様に誤解しているがここまで気にはならない。
だがその違いは一護にはまだ見当が付かない。
けれど確かに、理由は分からないが嫌なものは嫌なのだ。


一護はから自分のノートを取り上げた。
「ああ!?何すんだよ!!」
は慌てて取り返そうとするが身長差があり過ぎて腕を上げた一護の手元には届かない。
一護は多少余裕を取り戻しを睨む。

「いいか、誤解だ。デマだ!どこから聞いた噂か知らねえけどな、信じんな、馬鹿!!」
「馬鹿って何だ!?ムキになって余計怪しいんだよ、単純野郎!!」

喧々囂々。
大声で言い合う二人に教室中の視線が集まる。
しかし誰も止めようとはしないのは、見慣れた光景である上に決着はすぐにつく。

・・・つまり、の勝利で。


「大体お前は・・・っておい、どうした」

一護は言い募る途中で言葉を止め、俯いたの顔を覗きこむ。

「酷い、一護・・・ホントは、寂しかっただけなのに・・・
彼女できたって教えてくれないで、俺のこと、ほったらかしに・・・」

の涙声に一護はギクリとして肩を震わせ、慌ててに近寄る。
俯いたの表情は見えないが、泣いているかもしれないと一護はオロオロする。

の言葉は嬉しいがこの状況は困る。


「オイ、だから彼女とかできてねえって。お前をほったらかしにもしねえよ」
宥めるように肩に手を置いて言う。
「・・・本当?」
「ああ」


ゆっくりとが顔を上げる。
安堵しながら見守る一護の目に写ったのは。


「バーカ、分かっててからかってんだよ単・細・胞」


満面の笑みで舌を出したの顔。
しかも手にはいつの間にか一護のノート。


、テメエ!!!」
「大体なあ、朽木も井上も俺が頂く!!目指せ美少女ハーレム!!」
「フザケンナ!!」


異常なまでに顔が赤い一護と、その一護に追い掛け回され心底楽しそうな
授業が始まるまでそれは続いた。















昼休み。雨も上がり晴れ間が射している。
いつものように屋上で、いつものメンバーで昼食をとる一護の隣には拗ねた様子の。頭には大きなタンコブ一つ。

「お昼食べないの?

水色が言う。
の前にはミネラルウォーターのペットボトル一つしかない。

「ああ、俺昼と夜は食わないの。」
「朝だけ!?」

の言葉に啓吾が大声を上げた。
「せめて昼は食えよ」
一護はそう言って自分のパンを一つ差し出すがは軽く手を上げてイラナイと告げる。
その代わり一護の顔をじっと見詰める。真顔で。
その態度に一護は動けなくなりただの目を見詰め返した。


双つの透ける瞳孔。
何かを見透かされている気がした。



「・・・怪しいな、お前ら」

啓吾の声に一護はハッとしから視線を剥がした。はそれを見届けてゆらりと顔を空に向ける。


「・・・・運命って、あんのかな」


の呟きを拾う者はいなかった。













「朽木がやったのか。」

「マア、そういう事っスね。事故ですよ」

「にしてもな・・・俺の近くの奴巻き込んじゃってくれて・・・腹立つなあ」



深夜、どこかに向かって走るルキアと一護を物陰から見詰めながらは吐き捨てる。
今朝、一護を見た瞬間の脳内は大きく揺れた。

空気が体に直接警告を鳴らしたようだった、とは思い返す。
死神化した一護の姿が見えなくなると振り返り、背後に立つ男を見た。


「運命ってあるのかもな。・・・ここまで来るとそう思わずに居られない」


男は目深に被った帽子をゆっくり持ち上げを見る。
口元には笑み。


「どうでしょうねえ。逃げるから追いかけて来るのかもしれないっすよ」


「・・・嫌な奴」




は月を見上げる。
温度の無い光が自分には丁度良いと思う。


「上等、俺は俺に賭けて戦うさ。」


決意めいた言葉に男は笑顔を消し、と同じように月を見上げた。