「何だテメエはあ!!?」
虚の怒声にはヘラリと笑う。
「ああ?言ってたじゃん自分で。・・・強いよ?俺は」
口元まで流れた血を親指で拭い、走りながらは言い放つ。
ヒルを再びが被ることはなかった。
12: おかあさん
迫り来るヒルのこと如くを難なく回避しては軽い足取りで走る。
夥しい量の血液が流れても気にも留めない。
それは虚の目から見ても異様な光景だった。
言いも知れぬ恐怖が虚の背中を駆ける。
「・・・・やっとか」
何かに気付きヒタリと突然足を止めて、は呟きゆっくりと虚を振り返った。
その目の鋭さに虚は固まる。
「お前さ、本気で俺がテメエの攻撃なんざ喰らったと思ってんの」
言った瞬間、見る間にの顔に、体中に張り付いていた血液が消え始めた。
まるで空気に溶けるように。
「!!??」
虚は慌てて背後を振り返る。
地面に落ちていた筈の血痕すら、ない。
「殺し合いだぜ?卑怯も何もねえよ・・・だったな?」
耳元で、囁かれて。
「ヒイ!!?」
虚は悲鳴を上げ後退る。
空気の振動すらなく虚の間合いに入ったは追うことなく斬魄刀を抜いた。
虚の喉元に突き付け目を細める。
「遅いぜ黒崎」
次に響いたの声は、虚の背後に現れた人物に投げられた。
その瞬間虚の頭を何かが踏みつける。
ズドン!!
それは、肩で息をしながらを見下ろす一護の足だった。
「死神化してるって事は、インコの籠に乗ってたちっこいの片付けて来たな?」
答えが分かっているように声を掛けるに、一護は虚の頭部から飛び降りて小さく頷く。
「ああ、爆弾吐くんだってな。んでインコ人質に取られてお前が逃げ回ってたんだろ」
言いながら一護は近付いての頬に一度だけ触れる。
目元を微かに震わせて、それから視線を外した。
「・・・怪我したって、聞いたぜ。・・・ルキアに」
「この通り無傷」
「馬鹿ヤロー・・・」
笑うを一護は憎らしく思いながら睨み付けた。
「ルキアにバレてんじゃねえか。・・・チャドにも。どうすんだよ」
「何とかするさ。それより今の問題はコッチ」
不機嫌に言い募る一護をかわし、が指差したのは虚の姿で。
その指を辿り一護は虚を横目で睨んだ。
「分かってるさ」
同時に、地を蹴った。
勝負はいとも簡単に付いた。
一護は飛び掛るあの小さい生物が、ヒルを吐く前に切り伏せ虚との距離をゼロにした。
ひたりと、斬魄刀を喉に沿え動きを止める。
その不審な動きには首を傾げた。
「何してんだ、黒崎?」
しかし一護はの問いには答えず、近距離で虚の眼を見据え口を開く。
「一つ、テメエに訊きたい事がある。
あのインコに入ってるガキの親を殺したのは、テメエか!?」
一護の言葉に虚はにやりと表情を歪めた。
「・・・なんだと?」
影からそれを見守っていたルキアは、インコの告げた言葉に驚愕して振り返る。
「小僧、今・・・なんと言った」
インコは籠の中で俯き声を篭らせる。
「ミンナ、ボクノセイダッテ・・・ボクノセイデオジチャンモオニイチャンモケガシテ・・・」
チャドは心配そうに籠を覗くが、ルキアは続けられたインコの言葉に動けなくなった。
「ボクガ・・・ボクガママヲ生キカエラセタイナンテオモッタカラ・・・
ゴメンナサイ・・・ママハ生キカエッテホシイケド・・・デモボク、モウ・・・」
震える手を握り締め、強張る頬を引き攣らせて、上手く動かない口を必死に動かす。
「母親を、生き返らせるだと・・・?それは、誰かが、言ったのか?
そんな方法があるなどと・・・誰かがお前に言ったのか!?」
は悪夢を見ているようだった。
虚が吐き出す言葉の数々が、事の真実が、受け入れられないものばかりで。
古い傷口を抉るものばかりで。
「俺がまだ生きてた時は結構な有名人だったんだぜぇ?連続殺人犯としてな!
あのガキの母親は最後の獲物よ。面白かったぜえ、刺しても刺しても血だらけで逃げ回ってよォ、ガキを護ろうとするんだよ」
喉を掻き切って声を止めたい衝動を、必死に堪える。
水の中に拡散する振動のように、の脳にまで虚の声は響く。
母親をベランダまで追い詰め止めを刺したが、子供に靴紐を掴まれバランスを崩しベランダから落ちて死んだのだ、と虚は語る。
子供を殺し損ね、加えてその子供のせいで自分が死んだのは許せないと。
「だから俺はそのクソガキに罰ゲームをさせたのさ!
クソガキの魂を籠に入ったインコにブチ込み、そして課題を与えた!!
そのままの姿で三ヶ月、俺から逃げ回れ!それができたらテメーのママを生き返らせてやる!!」
「・・・」
「そんな事が・・・」
一護は呆然と虚の言葉を反復するが、は眉を微かに動かしただけだった。
「バアカ!!できるワケねえだろそんなこと!!しかし実際効果は抜群だったぜぇ!?
あのガキを護ろうとする奴等を殺す度に弱音を吐きやがるがな、そこで決め台詞よ!!
“ママが助けをまってるぜェ”!?
面白いもんだぜ、このセリフ一つであのガキはすぐ元気になりやがる!
ママ、ママって泣き叫んでよォ!!」
プツリと。
の中で、ナニカが切れた音がした。
「動揺してんじゃねえよ、死神ィ!!」
虚が叫び、投げつけられたヒルを一護とは手で鷲掴みにする。
握り潰す様に。そしてそのまま、ヒルを握った腕を。
「オラア!!喰らったなァ!!今度こそオシマイだ!!ヒャハハハハハハハハ!!」
二人同時に虚の口の中へ叩き込んだ。
「ホラ、返すぜ・・・この爆弾・・・!!」
驚愕し目を見開く虚に低い声音で言い放つ一護。
「鳴らしてみろよ、舌をさ・・・
・・・・鳴らさねえのか、それじゃあその舌、俺が貰うぜ!!」
そしてそのまま、虚の舌を引き抜いた。
しかしはそのまま虚の咥内に手を入れたまま、苦しむ虚に笑いかける。
温度のない微笑で。
「なあ、俺から一時間逃げ回れたら見逃してやるよ?」
いっそ先程までに比べてなんと清々しい気分だろう、とは思う。
気兼ねする理由もなくなった。明らかになった事実は、ただ、この化け物が。
殺すに値するという事だ。
「ホ、ホントか!?」
「ああ、勿論」
希望を見出した虚の表情には鮮やかに笑って頷き。
「嘘に決まってんだろクズが」
その足に斬魄刀を突き立てた。
「ゴアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
響き渡る虚の悲鳴に、恍惚とした表情を浮かべは虚を見下ろす。
「よォ、分かるか?殺されるその感覚がさ」
心底愉快そうに言い放つに本能的な恐怖を感じ、虚は地面に縫い付けられた自分の足を爪で切り捨て飛び上がる。
それを目で追っては笑う。
「感謝しろよ、一護は俺よか優しいぜ」
俺なら一撃じゃすまさねえ。
呟いて、虚を追うように跳んだ一護を見詰めた。