一護の斬魄刀に頭部を両断された虚は、生前の罪の重さゆえに地獄へと堕ちていった。
砕け消えた地獄の門の欠片を眺めては斬魄刀を鞘に戻す。
考えていたのは。
(相変わらず趣味悪ィなあ、あの門・・・・)
なんとも呑気な事だった。
13:道化師
「・・・・どうだ?」
「・・・・残念だが・・・・」
一護の言葉に、インコの籠の前にしゃがんだルキアは首を振る。
籠を挟んでルキアの向かいに居るはフム、と覗いて頷いた。
「うん、無理。このインコの中の霊の鎖消えてるし。身体には戻れねえな」
「ソンナ・・・」
は軽く言ったものの、インコの沈んだ声に眉を下げる。
「ま、尸魂界もそう悪くねえし?気落ちすんな・・・っつうのは、無理だろうけど・・・あー・・・」
人を慰め慣れてないは、その勝手が分からず頭を掻く。
その様子を盗み見て一護は微かに笑う。
滅多に拝めない光景だ、と。
そして思った事を素直に口に出した。
「少なくとも・・・向こうに行けばママに会えるぜ」
「・・・!」
「ママをこっちへ生き返らせることはできねーけど・・・お前が向こうに行くとしたら・・・」
そこまで言って一護はインコに笑いかける。
「今度こそ本当にママがお前を待ってんだ!」
「・・・・!!」
インコの表情が一瞬で明るくなる。
は内心で感心した。妹が二人もいる(しかも年の離れた)とやはり違う。
扱いに慣れている。
(俺は、兄弟いなかったしなあ・・)
少し羨ましく思いながら一護の横顔を眺めた。
「さてと・・・そいじゃ魂葬といきますか」
一護は言って斬魄刀を抜く。
インコは頷いた。そして黙ったままのチャドに視線を向ける。
それに促されるようにもチャドを見た。
「オジチャン・・・・いろいろ、ありがとう・・・!」
そのときインコの中から人の霊が現れた。
小さい男の子。
「・・・ム、・・・なんともない・・・!」
チャドは男の子の姿が見えていないが、何の違和感もなく答える。
「おじちゃんがボクのことかかえて走り回ってくれたから・・・ボクはケガもしなかったんだよ」
「・・・ム、・・・なんともない・・・!」
インコは悲しそうに微笑んだ。
はソレを眺める。
チャドにはの姿は見えないどころか声も届かない。
ソレを知っていて、それでもは今。
「チャド」
チャドの優しさが途方もなく愛しくて、嬉しい。
そしてそう思う自分が誇らしい。命を張り、戦える自分が。
そっとチャドに歩み寄り、隣に座ってチャドの足に寄りかかった。
「・・・・」
急に感じたその重さと体温にチャドは視線を向ける。何もないが、何かがあることは分かる。
「チャド」
「・・・ム、だろう」
「・・・ああ」
チャドの言葉に一護は驚き、は楽しそうに笑った。
そして。
「ユウイチ」
チャドは優しく男の子の霊の名を囁く。
「・・・・俺が死んでそっちに行ったら・・・もう一度・・・お前を抱えて走り回ってもいいか・・・?」
「・・・うん!」
ユウイチというその少年は、嬉しそうに頷いた。
「さてと、帰ろうかね」
「馬鹿、お前ルキアの事はどうすんだよ!」
コキコキと肩を鳴らしながら言ったの言葉に一護は慌てて詰め寄った。
チャドは記憶置換を使い、今しがた家に送り届けたが。
「うん?朽木は約束破る女なのか?」
キョトンとしたがそう問うと一護は“はあ?!”と苛立ったように声を上げた。
「失敬な。侮辱する気か、一護」
「そうだぞ、謝れ謝れー。生まれてきてゴメンナサイ、息してスイマセンって言えー。」
「何でそこまで言われんだ!?」
明らかにからかい体勢に入ったにルキアは傍観を決め込み、一護は青筋を立てる。
あはははー、と、軽く笑っては腰に手を当てた。
「どうもしないよ俺は。だって、朽木は忘れる。」
約束したから。
それが遂げられることが当然であるように、疑わずは言い放つ。
その無条件の信頼を無下にできる筈もなく、ルキアは少しだけ頬を染めて大きく頷いた。
「そうとも!お主が誰なのかも忘れた!」
「いや、それは覚えとけよ・・・」
胸を張り言ったルキアに一護は脱力し呟く。
そしてに視線を戻し・・・。
「・・・?」
が消えている事に、やっと気付いた。
浦原商店前。
シャッターを降ろしたその店先で浦原はじっと立っていた。
外灯の明かりも届かず、真夜中にもかかわらず目深に被った帽子のせいで表情は見えない。
が、待っているのは確かだった。
を。
「・・・」
何かに気付いたように顔を上げ方目を覗かせる。
視線の先には暗闇の中から浮かぶ人影。
「・・・ご苦労様です」
呆れたように、しかしどこか愛しげに零し、カラコロと下駄を鳴らして近付く。
そしてその人物の前で足を止め、見下ろした。
「・・・タダイマ」
それはだった。
ヘラリと笑い、片手を上げる。そしてそのまま浦原の横を通り過ぎようとした。
浦原は眉を顰め、そのの腕を掴み止めた。
「何」
「アタシの前でまでそれは無いでショウ」
睨み上げたの視線を真正面から受け止め、浦原はサラリと言い放つ。
言葉に詰まった。
二人の関係では、それは負けを意味している。
途端には眉を顰め舌打ちをした。
「・・・クソ、可愛げねえのな、お前」
「褒め言葉っスね、この場合」
浦原はクツリと笑ってを抱き上げた。抵抗する気配も無くはそれに身を委ねる。
「・・・・っ」
微かな振動も大きな苦痛を生み出し、は小さな呻き声を漏らす。
耳元でそれを聞いた浦原は、できるだけ静かに歩きながら溜め息を吐いた。
「朽木サン達は誤魔化せてもアタシには通用しない。忘れたんスか?」
「・・・・知ってるよ」
鋭く響く痛み。
表面だけを隠した傷。
虚に放たれたヒルに対しは無傷では済まなかった。
ただ血と傷を隠しただけで。
それは確かにの身体を刻んでいる。
隠したのは紛れも無くの優しさだと浦原は思う。
同時に、性質の悪い優しさだ、とも。
「もういいっスよ、隠さなくて」
浦原がそう言った瞬間、を抱く浦原の掌に生暖かい液体の感触が広がる。
空気に含まれる鉄の匂い。
チラリと地面に目をやって、浦原は苛立つ気持ちを必死で抑える。
腕を滴り落ちるその赤い色に、呟いた。
「なんで、そう自己犠牲が過ぎるんですかね」
気を失うように意識を途絶えさせたには、その言葉は届かなかった。