「・・・・夢、だよなあ。やっぱり」
目が覚めたそこは、見知った部屋だった。
は身動きもせず、一度だけ深く呼吸する。
肺に溜まった汚いナニカを払拭するように。
畳の匂いが、鼻を掠めた。
懐かしいそれは、同時に過去の声も蘇えらせる。
(笑え)
微塵も笑わず、いやに真剣な顔で告げられた言葉。
思い出したら可笑しくて、は傷を庇うように小さく微笑んだ。
15: 仄かなる想念
翌日。
休み時間になり、騒がしい教室の中で。
空いたままのの机に一護は視線を送る。
教室では極端にボキャブラリーの減ったインコ相手に啓吾達が騒いでいるが、一護はそれに加わる元気も無かった。
(・・・まさかやっぱり、怪我してたのか・・・?)
もしそうなら、きっとが吐いた嘘は自分達に対する優しさで。
一護はそう思うからこそ、何度ものマンションまで赴こうかと思ったがそこから先には踏み込めなかった。
ただ、もしあの部屋でがたった一人居るかと思うとどうしようもない苛立ちが一護を襲う。
(呼べよ)
祈るように、心の中で呟く。
(呼べよ、オレを)
ほんの微かな声でもいい。寝言だって、いいから。
一護は机の下で拳を握った。
「、風邪なのかな。心配だね」
突如掛けられた声に一護は慌てて顔を上げる。そこに居たのは水色だった。
「・・・馬鹿は風邪引かねーって言うのにな」
極力平静を装い一護は言うが、勿論そんな誤魔化しが水色に通用する筈もなく。
「心配だね」
再び同じ言葉を落として、水色は一護の目を覗く。
見透かされているような居心地の悪さに一護は目を逸らして、溜め息を吐いた。
水色だから、誤魔化せないんじゃない。
誤魔化せないところまで自分の気持ちが大きくなっているんだ、と、気付く。
一護にとっては気付きたくない事実だった。
「・・・・そうだな」
小さく答えた一護に、水色は悲しそうに笑った。
「誰だ貴様は」
「うん、朽木。無理すんな。・・・てゆうか、無理だからソレ」
は苦笑いを零した。
時間は早朝。場所は浦原商店。
結局はこの店に(半ば強制的に)泊まらせられ、
傷も浦原に飲まされた薬のおかげで大分マシになったしさて学校へ行こうか、と店を出た所で。
浦原に会いに来たルキアと出くわしたのだ。
「・・・イラッシャイ?」
首を傾げてルキアを中へと促すが、ルキアはを睨んで動かない。
何故ここに居るのか・・・と問いたかったが、それはとの約束の範疇を越える気がしてできない。
代わりに、もう一つの疑問をぶつける。
「・・・何故、急に姿を消した。・・・一護が心配していたぞ」
不機嫌に言ったルキアには意地悪そうな笑みを浮かべた。
「・・・朽木も、心配したんだ?」
「なっ・・・!!だから、一護が、と、言ったであろう!!」
「アハハー可愛い。真っ赤だぜ?」
「っっーーー!!」
ルキアは真っ赤になって拳を震わせる。
はその様子に満足したのか笑うのを止めてルキアを見詰めた。
その双眸は柔らかいながらも否定を許さない光が宿っている。
それに気付いたルキアは背筋を伸ばすように姿勢を正した。
「俺はね、浦原商店でバイトしてんの。」
事実ではない事は分かっていたが、ここでそれを言うのは無意味だ。
自分は約束したのだから、とルキアは頷いた。
騙されるのが今の自分にできる恩返し。
「んで?学校サボって何しに来たんだ?買い物?」
「そんなところだ」
「ふうん・・・開店にはまだ時間あるみたいだけど・・・まあ、いいか」
はそう言って半開きだったシャッターを持ち上げ、店内に向かって叫んだ。
「テッサーイ!!浦原起せ、客だー!」
「アタシは起きてますよ」
「うわ!!」
叫んだ瞬間、かなりの近距離で声がしては驚愕して飛退いた。
「・・・学校、行く気で?」
呆れたような浦原の声音にはムッとする。
「本分だからな。当然だろ」
「アタシの今の気配すら読めなかったのにっスか?」
浦原は意識して気配を消さなかった。・・・晒していたと言ってもいい。
その証拠にルキアですら浦原の存在には気付いていたのだ。
それを、あの、が。
気付かなかった。
それはの不調を如実に現している。
「却下っスね」
言って浦原は手に持っていた扇子をパチリと閉じて、ニヤリと笑う。
「ウールル、ジン太!やっちゃってチョーダイ♪」
「うおあ!?テメ、ガキ使うなんて卑怯くせぇぞ!!」
浦原の号令一過、現れたのはロープを手に持ったウルルとジン太。
まさか子供相手に手を上げるわけにもいかずは逃げ回りながら浦原に怒鳴りつけた。
「大丈夫、さんがイツモの状態なら、逃げ切れるでショ?」
つまり、明らかな不調を見せてしまった今、に逃げ道はないわけで。
「だああああ!!イテ、イテテテテ!!ウルル、縛り過ぎ!ジン太、そこはヤメテー!!」
あっけなく子供二人に捕まったはロープでぐるぐる巻きにされ、強制送還となった。
「・・・・大変そうだな」
それを見届け、ルキアの唖然とした呟きに浦原は扇子を開き口元を隠した。
「そうですねえ、でもね。朽木サン」
それでもアタシが彼に甘いのは。
「サンと居る今が、アタシには凄く大事なんです」
浦原は扇子の影でうっとりと微笑んだ。
そしてパタリと再び扇子を閉じた時にはいつもの飄々とした表情。
「さ、今日は何をお求めで?」
遠くからは、の罵詈雑言が響いていた。