ある休日の黒崎医院。一護の部屋からは笑い声が漏れている。








「へー。ヌイグルミに入れたのか、改造魂魄。考えたな」


はそう言いながらそのヌイグルミをポンポン上に放り投げる。

「で?名前は?」

「コンっす!!」

「へー。いい名前だな〜」

笑って楽しそうに、喋るヌイグルミと会話するを一護は不機嫌な顔つきで眺めた。

とヌイグルミ。似合う。似合うが、この場合気に喰わないことこの上ない。


「いいから、返せ」


結局一護は耐え切れず強引にコンを奪う。そしてとコンの双方からブーイングを喰らった。


(俺がヌイグルミ持ってたって、気味が悪いだけだ。分かってるさ。)


一護は内心で呟いてコンをベッドの上に放り投げた。イテェ!!とコンが叫ぶが、

中身は綿なんだから痛いはず無いだろうと、一護は相手にしない。


しかし部屋から追い出さないのは、いざと二人きりになれば間が持たないと知っているからだった。



ただ不機嫌な表情を崩さないまま一護は窓の外を見た。


暗く蠢く、雨の匂いがする空。




「・・・・・・・・・」


そして、思い出す。



「どうした、黒崎」


「・・・いや」


「?」



もうすぐあの日がくることを。













19:ノスタルジー・ガーデン














「天気悪いな、最近」

教室の窓から空を見上げ、は呟いた。



六月。梅雨の時期。

パッとしない天気に眉を顰めていると、少し離れた場所で織姫達が騒いでいる声が聞こえる。

自然と頬は緩み、視線も華やかな少女達に移った。



「なあーにニヤケてんだよっ」


突如背中に圧し掛かった啓吾をは苦も無く腹筋で支え、顔だけを向けて微笑むと啓吾の頬が若干赤くなった。


それには構わず幼い笑顔のままではケラケラ笑った。


「だってさーなんで女の子ってあんな可愛いのか不思議じゃん?無条件で味方したくなるよなあ」


は照れもせずに、ごく自然に言ってのける。啓吾は頬を更に赤くしてから離れ頭を抱えた。

これぞ天性、敵うはずも真似できるはずもない、と。



「オレはお前が羨ましいよ・・・」


啓吾が涙しながらそう呟くと、は一瞬キョトンとして、それから再び笑う。

啓吾はその笑顔を横目で眺めてなんだか嬉しくなった。誰かの表情だけでこんなに嬉しくなるのは初めてだと気付く。


これもの天性なのか、それとも、自分のに対する感情が生み出すナニカなのか。



「ああそう?だけど俺は啓吾が好きだよ」



悩み考えていた啓吾に、止めのようなの言葉が降り注ぎ。



「・・・・・・・・・っ」



ついに啓吾はユデダコの如く顔を真っ赤にして撃沈した。











「おはよう!黒崎くん!!」

教室に入ってきた一護に一番に声を掛けたのは織姫だった。

その声には視線を動かす。

その目に映る一護の姿に、は少しだけ目を細めた。


「おう!オハヨ!井上!」


一護は笑顔で織姫に返事をして、それからの方に近付いた。

困惑する井上と、悲しげな竜貴を一瞥しては近付く一護に焦点を合わせる。


溜め息を吐いて右手を挙げた。



「・・・・はよー」


「うっす」



返される、笑顔。


知っている。


は思う。


知っている。悲しい時に笑う奴がいる。その優しい卑怯さを、自分は、良く知っている。


自分の席に座った一護を眺め、は席を立った。大股で一護に近付く。



「・・・・?」


怪訝そうに見上げる一護には満面の笑みを見せて、オレンジの髪を乱暴に掻き混ぜた。


「なっ・・・なにしやがる!?」




「呼べよ」



「・・・・な、に・・・・?」


降り注ぐ、底無しに優しい双眸に目が眩む。

息を止めて、一護はを見詰めた。






「必要な時に。んで、しんどくなる前に。無理すんな。


・・・俺を呼んでみな?ヒーロー見参、俺はお前を助ける」








泣きそうだ、と一護は思った。喉が痙攣するように、小さな嗚咽が空気になって漏れる。

隠した痛みも悲しみも何もかも容易く暴かれる。そんな感覚だった。



は何も知らない。一護の過去も、一護自身が背負う罪の意識も。

それでも簡単に言い放つ。自分を呼べ、と。


傲慢とも無責任とも取れるその響きは、それでも一護に優しく染み込んだ。

刷り込まれるように。






「信じろよ」






嗚呼、これほどの強さを自分が持っていたなら。


そんな意味のない仮定に思考が縋る。


一護はゆっくりと瞬きをして、微かに頷いた。


その表情は先程までとは違う、一護らしい柔らかな微笑だった。










「という訳で、これ見ろ、コレ!」



突如が声色を変え、机に画用紙を叩きつけた。


「ああ?何だよ」


いつも通り、眉間に皴を寄せた不機嫌そうな表情で一護はそれを見て・・・・。



「美術課題!ずばりテーマは未来の俺!!」


「単なるお前の欲望だろうがあああああああああああああ!!!」



叫んだ。




が描いた、未来のは。




「・・・・ハーレムだね、啓吾」


「ハーレムだな、水色・・・・」




同クラスの全女子を侍らせた姿だった。

因みにその背後に、下僕の如く描かれた一護の姿に一護自身が気付かなかったのは幸運というべきだろう。





勿論、一護にとっての。
















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次回から多分暗い。どん底に暗い。