6月17日。晴れ。今日は例年よりも暑い一日になるらしい。
降る気配すら見せない雨に思いを馳せながら、長い坂道の真ん中で一護は空を仰ぐ。
滲む汗を拭って呟いた。
「・・・・同じ六月だってのに、エライ違いだな」
巡る記憶は一護がまだ小さかったあの頃、あの瞬間のもので。
眉間の皴を深くする。
噎せ返るような雨と、鉄分を含んだ匂いすらも脳内で鮮明に再生されて小さく頭を振った。
そして目蓋を閉じ思い出す。
“呼べよ”
あの声を。
20: Desire that floats on rain
「今日は一護、休みなんだって。朽木サンも」
「ふうん」
教室に入ったは水色の言葉に素っ気無く返して、机に鞄を放ってドカリと椅子に座った。
日差しが強く、は眉を顰めて目を細める。
「、カーテン閉めるか?」
そのの様子に啓吾が窓に近寄りカーテンを掴んで言う。
甲斐甲斐しいね、と水色は笑った。
「んー、いや、別に良い。サンキュー」
体、日干しするわ。
そう呟いては机に突っ伏した。水色と啓吾は顔を見合わせる。
様子がおかしい、と。
「具合悪いの、」
水色はの髪に指を絡めて優しく囁いた。それに反応してはゆらりと視線を持ち上げる。
繋がる視線に少しだけ大きくなる鼓動を押し隠し、水色は目元で微笑んだ。
見詰め合う美少年ズ。
入り込めず啓吾はその光景に固まる。
広がる妄想。
その背後ではクラスの女子の大半が顔を真っ赤にして魅入っていた。
「・・・・・顔、赤いぜ啓吾。」
寝惚けたようなボンヤリとした視線をに向けられ、啓吾は顔を掌で覆って唸った。
お前のせいだろう、と。
しかしその思いは水色だけに伝わり、水色は自嘲気味に笑ってから離れる。
「スケベ」
水色の端的な言葉に啓吾は止めをさされ項垂れた。
「アレ?どうしたの。授業始まるよ」
おもむろに鞄を掴み立ち上がったに水色は声を掛ける。
は顔だけで振り返りニカリと笑った。
「自主早退」
それってつまりサボリじゃないの、と溜め息を吐いて水色はの背中を見送った。
主を失った机を眺め頬杖をつく。
「結局、一護に甘いよね」
届かないと知っていながら零さずにはいられない想いに自嘲して、水色は窓の外に視線を移した。
「なんでついて来てんだよっ!?」
墓地近くの林の中にある階段の真ん中で一護は叫んだ。
6月17日。今日は一護の母親の命日で、一護は学校を休み家族と墓参りに来ていたのだが。
「たわけ!私が傍におらねば虚が出た時どうするのだ!」
途中でルキアに遭遇し、一護は家族と離れルキアと向かいあっていた。
怒り狂う一護を前に、ルキアは思い出す。
昨夜の一護の言葉を。
「・・・・母親は、殺されたと言ったな。」
陽が沈み暗くなった部屋で、一護が告げた言葉。
母親は殺されたのだ、と。
「言ってねーよ」
憮然として一護は言い放つ。触れて欲しくない傷だと言外に告げる。
しかしルキアは怯まず続けた。
「誰に殺された?」
「言ってねっての。忘れろよ」
「貴様は物心ついた頃から霊が見えたと言ったな。ならば一つだけ答えてくれ。
貴様の母親を殺したのは、・・・・・虚ではないのか?」
ルキアのその言葉が響いた瞬間、一護は表情を固めた。
その些細な変化にルキアは気付かない。ルキアの言葉は続く。
「可能性はあるのだ!物心がついた頃から霊魂が見える程、霊的濃度が高かったのなら・・・
その貴様を狙って来た虚が、誤って母親を・・・」
一護は拳を握り、大きく息を吸った。
そして。
「やってらんねーーーーー!!!!」
大きく叫ぶ。
それは何よりも、ルキアの声を掻き消したいという衝動から生まれた声だった。
何でもかんでも虚のせいにしやがって。
何もかもがそれを理由に片がついてしまうほど簡単じゃねえのに。
泣きたいような、怒鳴り散らしたいような気持ちで一護は思う。
唐突にに会いたいと一護は思った。
あの心地良い空間に身を浸して、この腹に溜まったドロドロした感情を洗い流せればどんなに良いだろう。
しかし同時に、無意識にの名を呼んでしまいそうになる自分に寒気がした。
依存している。そう確信する。
何かを振り切るように一護はルキアに視線を定めた。
そして。
その視界を掠めたその姿に、一瞬で身体は凍りつく。
「ウ・・・ウソだろ・・・・なんでこんなトコに・・・・」
「?・・・どうした一護」
ルキアの肩越しに見える、その姿に。
「・・・・っ!!」
一護は踵を返して逃げ出した。
走り出した一護の洋服の裾をルキアの小さな手が掴み、一護の身体はバランスを崩し地面に倒れた。
地面に伏せたまま顔を上げない一護を見下ろして、肩で息をしながらルキアは問う。
「な、何故逃げる!何が・・・・」
「・・・・ねぇんだよ・・・・」
返されたのは、弱々しい一護の声だった。搾り出すような声音にルキアはドキリとする。
「虚でもなんでもねえんだよ・・・!おふくろを殺したのは・・・・」
心を、隠した罪を吐露しながら一護は再び思う。
会いたい。に。
あの光の渦に。
「・・・・・俺なんだ・・・・・!!」
ただもしかしたらそう願う事で自分の罪があの光に影を落とすのかもしれない。
そう考えて、一護は地面に落とした視線を閉ざした。
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・・・・ううーん。さあ頑張れ一護。