“おふくろを殺したのは・・・・俺なんだ・・・!”



一護と別れたルキアは、墓地を、一護を見下ろせる場所で腰を下ろし、けれど空を見上げていた。

己の思慮の足りなさに表情は険しくなる。
一護のその言葉通りに、一護が自分の母親を手に掛けたとは思えない。過失か、事故だろうとルキアは思う。

取り返しのつかない方法で自分は一護を傷つけた。言葉の棘で、確かに。


「・・・あやつならば、どうするのだろうな」


。お主なら。


ルキアはそっと呟いて、そして自嘲する。こんな事まで無責任に頼ってどうする、と。



「・・・・莫迦者だな、私は」


自分を責める以外の手段を、ルキアは思い付けなかった。



薫る六月。


その日はまだ、始まったばかり。











21:    心にある誇り












親父のふざけた笛がうるせえくらいに鳴って、行ってみれば夏梨と遊子の姿が無くて。
そしたら、すげえ嫌な感じがして。



気付いたら走り出してた。

走りながら考えてたのは過去の記憶。幼い頃の自分と、その傍に立つおふくろの事だった。




あの頃の俺は生きている人間と死んでいる人間の区別がつかなかった。
雨が降ってたあの日、おふくろと手を繋いで歩いて俺は川べりに立っている女の子を見つけた。
さっきルキアと居た時に見たあの姿だった。




川は増水していて、その女の子はフラフラしてて。
沢山の何かを護りたいと思うようになっていた俺は躊躇わずおふくろの手を離して走り出した。


川に落ちるその女の子の姿がスローモーションで見えて腕を伸ばした。
おふくろの声がしたけれど、意識は女の子に集中していて。





気付いたら、川辺の砂利の上で気を失っていた。
おふくろが俺を庇うように覆い被さっていて、少し苦しくてその下から上半身を抜け出せば。

視界を埋めたのは、おふくろの背中を這う赤の色。




原因は分からない。ただ俺を助けようとしたのは明らかで、女の子の姿も無くて。



俺はおふくろが大好きだった。




いつも笑っていて、泣き顔とか怒った顔なんて今でも思い出せない。
おふくろの傍に帰るだけで嫌な事は忘れる事ができたし、だから俺は心底護りたいと思っていた。
それはほんの小さな事からでも良かった。

親父も夏梨も遊子もおふくろが大好きで、だから。

だからあの時。



“駄目、一護!!”



それを奪った自分が。

今も赦せない。












階段の途中で合流したルキアと一護は同時に方向を転換する。
走るスピードを落とさないまま、一護はルキアの横顔を盗み見た。


「・・・何も訊かねえのか?」


一護がそう言葉を漏らすとルキアは少しだけ表情を揺るがした。

「訊けば答えるのか」

ただそうそっと返す。一護は答えない。代わりに卑怯な質問だと今更ながらに自覚した。
答えられる余裕は無いのだと思い当たった。


「・・・貴様の、問題だ。深い・・・・深い問題だ。私はそれを訊く術をもたぬ。
 貴様の心に泥をつけず、その深きにまで踏み込んでそれを訊く上手い術を私は持たぬ」


淡々とルキアは告げる。それはルキアが出した結論だった。
のように無条件に手を差し伸べるその強さは持たないが、ルキアは何をも受け止める強さを見せる。

一護の表情が揺れる番だった。


「だから待つ。いつか貴様が話したくなった時、話してもいいと思った時に・・・話してくれ」

ルキアの言葉に頷きながら、一護はを思い出す。あの声を。


何度も何度も、きっとそれはいつまでも自分の救いになるだろう。
絶対的な安堵感。それはかつて母親の傍で感じていたものにどこかが似ている。


だから自分はをこんなにも大事だと思うのだろうか。


一護は微かに目を細めて走るその先を見詰めた。











自宅に戻ったは、カーテンを開き窓を開け放って、窓の桟に腰をかけた。
手には途中のコンビニで買ったミネラルウォーター。


遠くから風に紛れ感じる虚の気配には目を細める。

一護とルキアが戦っている。それは誰に教えられなくとも分かる事実。
助けに行くのは簡単だが、今日のはそれをしなかった。


信じている。必要な時に成されるそれを。



一護の負うナニカを、は知りたいとは思わない。
結局の話、どうでもいいのだ。
必要なのは自分の名を呼ぶ声だ。大切な奴が、必要な時に自分の名を呼ぶ。
それ以外に自分が戦う理由は必要ない。

そう思う。






ミネラルウォーターを一口飲んで、ほんの刹那目蓋を閉じて。



「雨が降りそうだな」


の姿を照りつける太陽を見上げ呟いた。

雨の中の記憶はにもある。過去の、思い出。
そして暫しの間それに浸ったは、脳内で再生された画面の片隅に映る姿に息を止めた。


細く華奢で、絶望と悲しみを目に宿した黒髪の少女。


大きく目を開いて愕然とした後、はゆっくりと微笑んで手元に視線を落とした。
ペットボトルの中で揺れる純粋な水のその波紋に、かつての親友を思い出す。

唯一、ただ一人。を裏切った男を。


そしてその傍に寄り添うその少女の姿。



「そうか、朽木・・・・あの時のカワイコちゃんはお前さんかあ」


クスクスと笑って、ペットボトルをフローリングに叩きつける。


その目は温度の無い輝きだった。



















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の出番・・・・無さ過ぎ・・・・駄目だ。ええ、もうコレ面白くないのは自覚しております。