目が覚めた一護が最初に目にしたのはの顔だった。

「よ、オハヨ。」

場の雰囲気にそぐわない笑顔で言うを見上げて、一護も笑う。

生きていて、良かった。

たったひとりの笑顔を見ただけでそう思う自分を、嫌いにはなれない。


「・・・・信じろって、言ったよな」


一護の両頬に残る傷跡にがそっと指先を這わせる。
目蓋を閉じてソレを受けながら呟いた。


「ああ、言ったな。だから来ただろ?」

「・・・ああ」

無条件に果たされる約束。
いや、そもそも約束ってのはそういうモンだよな、と一護は口元だけで笑った。
頬の痛みが消えてゆく。


それに報えるだけのものを、オレは、返せるだろうか。
傍に、引け目も感じず堂々と立てるような何かを。



雨はまだ降り止まない。











23: Decision to sound in rain












それからルキアと軽く言葉を交わした一護は、母親の墓前へと再び戻った。
その背中を眺めるルキアの頭をポンと軽く撫でては無言のままそれを追う。

、今は・・・」

それを引き止めようとルキアは声を上げるが、振り返ったの目の優しさに言葉を失った。
そしてほんの少し、ほんの少しだけ一護に嫉妬する。

言葉に詰まったルキアに再び一度だけ小さく微笑んで、今度こそも背を向け去っていった。


残されたルキアはヌイグルミに戻ったコンを拾い上げる。


「姐さんは行かないんすか?」


「・・・それは野暮というものだ」


コンは嫉妬に顔を歪めたが、一護の戦いぶりを思い出して
今回だけは許してやらあ、と苦々しく吐き捨てた。










バシャバシャバシャ。

ずれて雨音の中に響く二つの足音。


「なんでついて来てんだ」


背後に在る気配に、一護は足を止めないまま声を掛けた。

濡れた前髪が肌に纏わりつく。


「んー、お母様にご挨拶したいからさあ」

「・・・今は、一人にしろよ」

「ダーメ。だってお前呼ぶの遅かったし。もう十分だろ?」


もう十分、一人で戦っただろ?

それは言葉ではなく思念で伝わる。一護は頭を掻いた。
どうしてこう、コイツは人の心を簡単に見透かすのだろう、と。


一人でいたい。雨にさえ隠せない涙を見られたくは無いから。
けれど傍にいて欲しい。一人で泣くには、この雨は冷た過ぎるから。
言葉にできない感情の矛盾。


正しい答えなんて無いはずなのに、どうして欲しいかなんて自分でも分からないのに。
は一瞬でそれを打ち砕く。

だから心臓を掴んで放さない。



「・・・チッ・・・勝手にしろよ」

「そのつもりだっつうの」


明るい声に一護は足を止めて、目の前の墓石に視線を流した。
もそれを追いながら一護の隣に立つ。

雨に打たれる温度の無い石。


「・・・オレの、おふくろ」


一護がそう言うと、は墓石の前にドカリと座った。今更衣服が濡れるなんて気にしない。
驚いたように見下ろす一護を無視して、は墓石に向かって二カッと笑う。

嘘の無い、笑顔。


「初めまして、です。以後お見知りおきを」


軽い口調ながらも真剣さが響く声音。一護は黙って再び墓石に視線を戻す。
もう、雨の音は気にならなかった。



「全く、御宅の息子さんには面倒ばっか掛けられて参ってますよ〜 
 カッコつけだし、無愛想だし、一直線で要領悪いし口悪いし、マジ何度ぶっ飛ばそうかと思ったことか・・・」

「・・・・オマエな」


「でも」



はゆっくり、深々と頭を下げた。長く伸びた前髪から雫が滴る。



「でも、すっげェ感謝してます。一護を護ってくれて、そのおかげで俺は一護に逢えました」

貴女が護ったものは俺が継ぎます。

全部。






その言葉に一護は目蓋を強く閉じた。
そうしなければみっともなく泣いてしまう気がして。

ああ、生きていて良かった。
再びそう思う。


そして同時に思った。どうしてはそこまで自分にしてくれるのだろうと。
思い上がりそうになる。変な期待をしてしまいそうになる。

一護の思考を完璧に読み取ったようには見上げて笑った。



「お前の幸せは俺の問題なのさ」


罪作りなその言葉と表情に一護はそっと誓う。



もしも名を呼ばれればオレも奔ろう。ただ、お前の傍に。



「・・・オレを、呼べよ。必要な・・・その時に」


それはの真似だった。だが一護にはそれ以上の言葉は見つからなかった。
何よりも自分が救われたその言葉以外には。

「・・・へへ」


は少しだけ目を見開いた後、小さく笑って。


「覚えとく。・・・サンキュ」

そう言った。






雲が晴れ、雨は上がり。
青い月が光を注ぐ。






一護と別れたは、濡れた身体のままゆっくりとした足取りで帰路についていた。

犬の仕草のように頭を振って水分を飛ばす。


飛沫が月光を反射して煌めいた。星の欠片の如く。



「深入りしておるようじゃな、




突如掛かった声にも悠然と振り返り、は片手を上げて応えた。
視線の先には闇に溶ける毛色の猫が一匹。


「お晩です、夜一さん」

「うむ」


の挨拶に頷いたその猫はしなやかに躯を翻し、の肩に乗った。
そして髭を夜風に揺らめかせる。


「お主があれ程心を許すとは珍しい」

「そうだっけ〜?」

「似ておるからか?あの男に」

猫の言葉に一瞬の表情が険しくなる。だが、それは本当に一瞬だった。
すぐにその色は消え去り、残ったのはいつもの笑顔。



「そんな失礼な理由じゃ一護に怒られるだろ?
 違うよ。俺は大事な奴くらい徹底的に護る男なの。王子なの。お分かり?」


「お主は嘘吐きじゃからな」


「・・・・」




その言い草あんまりじゃん?

は情けなく項垂れて見せたが、否定はしなかった。