期末考査最後の科目、数学のテストが無機質な鐘の音と共に終了した。









「ああ忌々しいクソ考査なんぞこの世から消滅してしまえ

 何が無理数だ意味わかんねーし名前からして無理ならもう良いだろ

 諦めろっていうかそっとしとこうぜ無理なんだよ諦めるのも時には勇気なんだよ

 なんで頑張るんだよ無理だってもう書いてあるモンを改めて頑張る必要ねーよ野暮っていうんだよそういうのをさあ

 謎のままの方が色々楽しいだろうそうだろう女だってミステリアスな方がイイしだからつまり全然まったく勉強してないんだよ畜生!!」
 





息継ぎ無しで言い放ちはダンッと机に拳を叩きつけた。
そして項垂れる。

もうダメだぁ、と。

グッバイ・マイ・夏休み。そしてハロー、地獄の補習授業!





こんな事なら昨夜も諦めて遊び倒せば良かった。
一夜漬けの効果ゼロを呪いつつは半ギレで机に突っ伏したまま窓の外を眺めた。


暑い陽射し。低く厚い雲。濃い青の空。
響く生命の声に滲む汗の不快感。


「・・・暑ィ・・・」


その眩しさに目蓋を閉じた。













24:カルタシス・オーヴァー












「ごユ゛ーーーーーーーーーー!!」




教室内にてと同じく考査に惨敗した啓吾が奇声を上げた。
何事だー、とが暢気に顔を上げると、そこに居たのは啓吾の他に水色と、一護。

なんだなんだ?と好奇心がムクムクと沸く。
気だるい熱気を振り落とすように立ち上がり近づいた。

そんなに気づいたのは水色だけで、啓吾は一枚の紙を片手に一護に詰め寄り更に捲くし立てている。
アレ、なんで啓吾泣いてるんだ?とは首を傾げた。暑さのせいか脳が上手く動かない。

隣に立つ水色の制服の裾を引っ張った。




「なに、どうしたんだ啓吾?」

「ああ、一護の中間考査の成績順位で壊れたの」

「そんなに良かったのか?」




まあ俺よりはイイだろうけど、との成績は下の下の中くらいである。
本気で勉強すればその集中力と飲み込みの速さでもって上位も夢ではないのだが、いかんせん本人にやる気が無い。

曰く、いかにギリギリのラインで上手く楽をするか、が肝心とのこと。




しかし。



「じゅじゅじゅじゅじゅうはちい!?ががくがく学年で18番目!?
 一学年全323名中18番目の成績ってことっスか!?」



啓吾の叫びがの闘争本能に火をつけた。

スウッと大きく息を吸い。




「キャアアアア!!皆さん、みーなーさーーーーん!裏切り者が居るーーー!!

 ヤダー、チョーヤダー、がり勉君よ、むっつりよ、信じらんなーーーい!!」




なぜ、おねえ言葉?と水色は思ったがここはスルーする。下手に関わっては巻き添えを食らうからだ。
なので一護の不運をそっと憐れむ事にした。
両手を合わせて合掌。成仏してね一護、と呟く。




放心していた啓吾もに参戦し、二人して一護を責めたてている。



「帰宅部でやることねえから家で勉強してんだよ・・・」



一護はの言葉に精神的ダメージをくらい、弱々しく反論するしかできない。


わあわあと捲くし立てる啓吾を置いて、は唐突に黙り込んだ。
顎に手を添え何かを考えて、それから一護に歩み寄り。



ポン、と肩に手を置く。
間近な笑顔に一護の心臓が大きく揺れた。柔らかそうな唇だな、と考え顔を真っ赤にして顔を伏せた。

変態になった気分だ。






「黒崎・・・そうか、俺の誘いを尽く断ってきたのはそういう事か。
 ・・・俺より勉強を優先させるなんてお前・・・大丈夫か?」



え?と一護は思った。え?どういう事だ?
反応の仕方が判らず固まる。それ程、の表情は真剣で本気だったのだ。

微動だにしない一護に更に言葉は降り注ぐ。




「いやな、俺はてっきりとうとう本当に彼女でもできて毎日イチャこいてるのかと思っててさ。

 放課後お前の後姿を見送りながら“あー股間が物凄いかぶれれば良いのになーアイツ”とか

 ちょっとオチャメな事考えてたんだけど。勉強ってお前不健康にも程があるぞー?」 




「オチャメじゃねえよ!!」



の爆弾発言で金縛りから開放された一護は大きく叫んだ。
その声の大きさにムッとしたは表情を一転させて鼻で笑った。

怯む一護。が完全にからかいモードに突入したのを確信したのである。
餌食は自分だということも。


「なに?その態度なんなわけ?俺にはお前だけだって言ったのは嘘だったのか!?

 こんなに可愛くカッコイイ俺よりも勉強を選ぶのか!因数を愛し微分積分に興奮するのか変態め!!」




「そんな台詞は言った覚えはねえし勉強は学生の本分であって

 褒められこそすれ責められる謂れはねえぞ!!」



「大馬鹿者だな黒崎よ!!」




はダンッと机の上に立ち拳を高く突き上げた。肩幅に足を開き、腰に手を当てる。



「学生である前に一人の若者!放課後に遊ばなくてどうする!ナンパしなくてどうする!

 可愛い女の子に声を掛け甘い言葉を囁き愛のひとときを過ごす事こそ男の本分!」



おおー!!と教室に歓声が上がった。
全て男子生徒のモノで女子生徒は完全に引いている。が、は怯まない。
彼は今や男子生徒の教祖に、宣教師になりつつあった。


ハイハイお触り厳禁よー!と


実際放課後にはナンパしているわけではなく、
大抵啓吾や水色と遊んでいるだけである。逆ナンはあるがついて行くことも無い。


しかし今、啓吾と水色が何も言わないのは
やらないだけでやろうと思えば簡単にでき、成功するだろうと思うから。
そこは疑う余地も無い。





「・・・・」




机の上で高笑いするに一護は何かを諦めるように俯いて息を吐いた。
確かに酷な話ではある。

自分の想い人が自分ではない誰かに愛を囁く場面などだれが見たいと思うものか。
お前の誘いになんか乗れるかよ、馬鹿。と一護は思う。
ほんの少し一緒に居られるその喜びの為に、数週間引きずるようなトラウマを抱えるのは御免だった。


 
「・・・ちゃんと勉強してねーと色々面倒なんだよ、実際」

一護が呟いた言葉には拳を下ろし机から降りた。


「地毛っつってもこの色じゃ上級生にも教員にも目をつけられるからな。
 ・・・とりあえず成績さえ良けりゃあ教員連中は何も言ってこねえから、だから勉強すんだよ」

大変なんだね、一護も。と、水色が言うその隣では再び鼻で笑った。
うわぁそれっていくらなんでもどうなの、と水色は眉を情けなく下げたが、やはり口は挟まなかった。


「・・・・まー良いけど。たまには遊ぼうぜ。寂しいだろ、俺が」


の台詞に一護が真っ赤になって頷いたのは言うまでもない。















「変なんだよな、最近」

深夜。

浦原商店の浦原の部屋で、縁側に腰を下ろしては呟いた。
隣に座っていた浦原はゆっくりと顔を動かし小首を傾げる。


「何がです?」

「気づいてんだろ?・・・虚の発生から消滅までの時間が短すぎる。」

「ハァ。黒崎さんが頑張ってらっしゃるんじゃあ?」

「馬鹿か。頑張ってどうにかなる話じゃねーよ。何か絡んでる。・・・何かが」



それにさ。
ついでというように付け加えては月を見上げた。


「怪しいメガネがいるんだ」



浦原は言葉を聞きながらその横顔を見詰め、その肌の青白さにゾッとした。
声を聞いても腕を掴んでも、どこか現実味の無い存在でこうして怖くなる瞬間がある。

失えないと思っているのに容易く消えてしまいそうで。

浦原はある昔話を思い出した。
天女を空に帰したくないが故に羽衣を隠した男の話。

その気持ち判りますよ、とひっそり思った。


そして月夜に虚が現れる。
闇を孕んだ一人の少年と共に。
















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・・・・久々の・・・テンション高ぇ。