25:夜明け
「出た。・・・・消えた。」
「何のお話で?」
「虚」
現れた瞬間、消滅する。
一護の今の能力では有り得ない速度。それどころか、多分指令も間に合ってはいないだろう。
指折り数を数えながらは夜空を見上げた。
ああ、波乱の予感。
「・・・・過保護は為になりませんよ。」
浦原は呆れたようにの隣に座りながら呟いた。差し出す玄米茶。
「黒崎の?」
「いいえ、貴方の」
スラリと返された言葉に眉を顰め、湯飲みを受け取る。
どういう意味だ、と問う必要は無かった。
黙って茶を飲むの横顔を見詰めながら浦原は冷たく口を開く。
「自己犠牲が過ぎれば、アタシは容赦しませんよ」
は叩きつけられる威圧感にも涼しい顔を崩さず、ただ星を見上げていた。
燦然と遍く光の数々を。
心を突き動かすのは、いつだって君の声。
この星空で繋がった遠い彼方、けれど必ず在るその場所に居るいとしいひと。
“笑ってろ”
それを裏切る真似だけはできないとは思う。
一番大切なものだけは。
君の言葉と想いだけは。
「俺は俺の心のままに生きて、笑う。・・・自由。それが俺を形成する全てさ」
放課後。
考査結果の張り出しに巻き起こるざわめきの中で。
一護は廊下に出て、それ以上ないというほど不機嫌に昨晩の事を思い出していた。
目の前に突然現れ、冷たく蔑んだ目で告げられた言葉。
『石田雨竜・・・滅却師。僕は、死神を憎む』
ボクハキミヲニクム。
(くそ、何なんだよアイツ)
一護は窓の外を眺めながら舌打ちをする。
初対面でなんであんな事言われなければならないんだ、と。
(・・・大体、そんな事言ったら。はどうなるんだよ)
考えて、不機嫌度は更に増した。
自分のことはまあ良いが、にちょっかい出したらタダじゃおかねえ。とか考える。
実際は一護がどうこう動く前に自ら制裁の鉄槌を下すだろうが。
一護の視線は窓の外から教室内に移った。
(・・・つーか、結局今日は来なかったなアイツ・・・)
アイツとは勿論の事で、それも一護の不機嫌の要因の一つだった。
まさか真面目に毎日学校に来いと言うわけでもないが(実際一護も何度かサボっている)なんとなく気に喰わない。
・・・というか、単に詰まらないだけだが。
因みにルキアも居ないのだが、そこはあまり気にならないらしい。
その時、一護の背後に気配が近づいた。
「黒崎君、君を探してるの?」
「井上・・・いや、・・・何でそうなるんだよ」
まさにドンピシャその通りだったが素直に認められる性格でもなく、一護は微妙に話をずらす。
しかし織姫の方が上手だった。
「ふふ、だって黒崎君・・・君が休みの日はいっつも落ち着かない感じでキョロキョロしてるし不機嫌だから」
絶句。
暫く言葉が出なかった一護は、その次にかなりあたふたし始めた。
「いや、違ぇ!石田、ウイリー?
・・いや、石田・・・ウォーリー・・じゃなくて!兎に角、石田って奴が、だから・・!」
だから何なのだ。何が言いたいのだお前は。愚か者め。
一護の脳裏にルキアの嘲る声の幻聴が聞こえた。
ああちくしょう!と怒鳴りたい気持ちで一護は頭を振り、
取り敢えずあのメガネ野郎、次ぎ会ったら許さねー!
とかなり八つ当たりな闘志を燃やした。
「滅却師ねえ。懐かしい名だなー。
そうか、あのメガネがねえ、うんうん。滅却師と机を並べる時が来るなんて長生きはするモンだ」
「暢気っスねえ。」
「だから何だと言うのだ、その滅却師とは!!」
浦原商店で開催されている秘密談義。メンバーは浦原、テッサイ、ルキア、そして。
は甚兵衛羽織を着てカキ氷を食べている。
浦原は扇子をパチンと閉じて口を開いた。
「滅却師とは嘗ては世界中に散在していた、対虚戦に特化した退魔の眷属・・・
そして200年以上前に滅んだ一族です」
ルキアは目を見開いた。
「滅んだ・・・」
頭がキーンとなったは頭を抱えてゴロゴロジタバタしながら、潤んだ目をルキアに向けた。
「黒崎みたいに力がある人間が虚に対抗しようと頑張ったのが始まりだってのが通説。
でもまあ、死神とは決定的な違いがあったから滅んだ。それだけの話さ」
「それだけ・・・・?」
「そう、それだけ。人間は人間で、死神は死神だった。」
「・・・・それでは、何も分からぬ!」
「知りたいのか?」
「何・・・?」
はよっこらしょ、と立ち上がりスプーンでルキアを指した。
その光景を浦原とテッサイは黙って見守る。
「知りたいのか、朽木。死神の間で語り継がれなかったその意味は?
それが誰かの優しさだったと、思わないか?」
見たことも無い誰かの優しさだったと。
ルキアは拳を握った。
強い意志を煌かせ、視線を返す。
「だが、私は死神だ。そして私は思う。知りたいと。
目隠しをされたままを私は好まぬ。」
「そうか、うん。やっぱイイ女だな」
「なっ!!」
真っ赤になって激昂するルキアをテッサイが抑え、その光景を笑い飛ばしながらは外へ向かう。
浦原は溜息を吐いた。
「アタシにも我慢の限界ってモノがあるんですよ、サン」
絶対零度の響きに、はゆらりと振り返り屈託無く笑い、そして去っていった。
が去ったその後で、浦原は帽子の縁から覗く目を静かに閉じ、空の軋みの音を。
「・・・譲れないのは、お互い様っすよ」
空が穿たれる音を、聴いていた。
「撒餌、か。便利なモン作りやがったな」
独り、電柱の上に佇んではニタリと笑った。
空には穴が開き、大量の虚が姿を現しては消える。
しかしそのスピードは徐々に落ちている。虚の数は増え始めた。
は過去を思い出す。
溢れるように現れる虚とその中心に立った自分の姿、それは懐かしい記憶。
同時に嫌悪し続けた記憶でもあった。
「だが俺ほどの“餌”は居ないぜ?」
呟いた瞬間、空気が明らかに変わった。
完全に零に帰していたの霊圧は膨れ上がり、甘美な匂いを発散する。
それはまさに餌だった。
蟻が砂糖に、蝉が樹液に群がるように、虚達が一瞬で方向転換する。
その意識を捕らえるはただひとり。空腹を触発し抗う術も無く寄せ付ける存在。
四方八方から押し寄せる虚の波に、は俯いて斬魄刀の鞘に親指を当てた。
そして名を呼ぶ。
一度は別れを告げた戦友の名を。
「明けろ、東雲」
一瞬で、周囲に集まった虚は消えた。
『久し振り、。戦うのか?』
「久し振り。・・・そう、戦うのさ」
あの時とは違う、己の意思で。