3:自由




浦原商店。
大きく看板を掲げたその店の更に奥、居住空間になっているそのまた奥に庭がある。
手入れはされていないが美しい庭を一望できる部屋の縁側には腰を下ろし茶を飲んでいた。


「・・・・調べてくれたのか、浦原」
の言葉に、の隣に腰を掛けお茶を啜る浦原と呼ばれた男は頷く。


浦原商店店主、浦原喜助は目深に被った帽子の影からを見詰めた。
「ええ、いたっスよ。井上さんのお兄さんが三年前に事故で亡くなってますね」
「・・・兄貴か」
「間違いなく狙われるのは井上さんっスね」

ズズズ。
浦原のお茶を啜る音が大きく響く。
は冷め切った茶を飲み干して湯飲みを置いた。
腰を抑え“よっこいせ”と立ち上がるを浦原は笑って見上げた。

「年寄りみたいっスよ」
「こんだけ美少年な年寄りが居るか?」
「イナイッスネ」

だろ?と笑いながら部屋を出てゆこうとするを、浦原は視線で追う。
「厄介事に首を突っ込む気ですかね?あんまり利口じゃあないっスよ?」
その言葉には足を止めた。
襖に手を掛けたまま振り返りはしない。


「巻き込まれて、今の平穏を手放すんスか?あれ程望んで、苦労して・・・」
「手に入れた自由なのに、だろ?」

は吹き込む風に髪を揺らしながらゆっくりと振り返った。
その表情に迷いも嘘も躊躇いも無い。

「だけどな、俺は今を生きるのだ」

満面の笑みで告げたに浦原は大袈裟に肩を竦ませて溜め息を吐いた。
「イマイチっスね。現実でそのセリフは頂けないっスよ」
「だから俺らしいんだろ。バカスケ」
「バ・・・」

「一護の仕事だ。ギリギリまで手は出さないよ。最後までそれで済むなら俺にとっても好都合。でもさ。」

は目だけで微笑み浦原を見た。

「もしかしたらクラスメイトが死ぬ。そんなのは御免だ」

唖然とする浦原を横目で眺めて笑いながらは出て行った。




浦原はが出て行き、再び閉じられた襖を暫らく見詰めていた。
そして再び開くことは無いと遠ざかる足音を耳にしながら確信して、ゆらりと視線を移す。
光が拡散し幻想めいた庭に目を細めて、残り少なくなった茶を飲み干しの湯飲みと並べて置く。

「確かに、馬鹿かもしれないっスね。結局アタシは貴方に甘い」

諦めか惚気かも分からない一言を呟いて浦原も立ち上がり部屋を出る。そして近くに居た店員に声を掛けた。

「テッサイ。記憶置換と義魂丸をさんにお渡ししてチョーダイ」
「は、殿に、ですか?」

テッサイの返答に浦原は首を縦に振って。
「特別サービス、タダでお譲りしちゃって。」

その程度で護れるものがあるなら、なんと容易い事か。
クツリと笑って帽子を深く被りなおした。















深夜。
外灯の光に星が掻き消されるのをボンヤリと眺めは息を吐く。
頭の中で鳴る秒針の音が次第に大きくなるのを感じて目蓋を閉じる。


「魂は堕ちて、ココロを失くし。愛した者を喰らって穴を埋める・・・か」


ならば自分は、と、は思う。
自分はどれほど喰らえばその穴を埋められるのか。
嘲笑したの前を生暖かい突風が過ぎ去った。虚だ、とは直感する。

(こっちが先、か)

その方向を、視る。


その先には一軒の病院が建っていた。


クロサキ医院。



「オオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアア!!」


直後に常人には聞こえない叫び声がその建物から響き、周囲に木霊した。
そして虚の気配は消え、代わりに大きな霊圧が浮き彫りになる。
その霊圧の暖かさに口元を緩ませては次の目的地に向かった。





先刻の虚はまたすぐに現れる。
はそれを知っていたし、またその場所も見当が付いていた。

「また世話になりそうだなあ、ゴメンな“東雲”」
徐々に走るスピードを速めながらは苦笑いを零し、懐かしい名を呟いた。











織姫の家に着いたは驚愕した。向かいの電柱の上にしゃがんで窓の中の様子を窺う。
(何で、有沢がいんの。てゆうか、井上の兄貴手当たり次第じゃん)
織姫の家に竜貴が居たのは計算外というよりも読みの甘さであったが、虚の行動には目を見張った。
まるで当初から目的に組み込まれていたかのように織姫の兄は竜貴に襲い掛かる。

(井上は魂魄にされちまってるし・・・有沢も血が出てる・・・ああ、ウスノロ黒崎!!遅い!!)


ギリギリまで耐える。本当の限界まで。
それはが自分で決めた事だった。義魂丸(ギンノスケ)を握り締め動こうとする足を押さえつける。

ギリギリ?限界?・・・そんなの今じゃないのか。
はそう考えて頭を大きく振った。違う、まだ、違う。
けれど。

もう一度俯かせていた顔を上げ窓の中を見る。
竜貴が押さえ込まれ首を絞められている。
それを見た瞬間の心臓が大きく鳴った。

ドクン。


織姫が虚の腕に体当たりして竜貴を助ける。
再び大きく心臓が鳴った。


ドクン。



はゆらりと立ち上がり空を仰いだ。
夜空が、を包む。


「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!!
上等だ!!将来有望な美少女達にこれ以上怪我させて得る自由なんかクソ喰らえだ!!」


半ば自棄になっては叫び、地面に飛び降りて義魂丸を一粒口内に放り込んだ。





体を置き去りに抜けた魂魄のは黒い着物を身に纏い闇夜に溶け込むが、ただ腰に差した斬魄刀だけは鈍い光を放つ。
はおもむろに上半身を肌蹴させ、腰の帯紐で着物を纏めると刀を抜き放った。
大きく息を吸い刀を斜めに振り下ろし窓から見える虚を睨みつける。


「倒す。絶対ブチ倒す。貴重な美乳を汚すクソ兄貴なんぞこの手で徹底的にボコる!!んで役に立たない蜜柑頭は
土下座して床に額擦り付けて謝っても残りの人生の八割は俺の下僕に決定だ、ザマアミロ!!」





笑顔で怒鳴りながらは地を蹴った。
振り上げられた虚の腕と、織姫の間に体を滑り込ませ抜き放った刀身で虚の振り下ろす腕を受け止める。

ドン!!


激しい衝撃には一瞬視界がブレる。
勘が鈍りすぎている、と舌打ちをして。


クリアになった視界を埋める、と同様の漆黒の着物と巨大な刀に眼を奪われた。


「遅いっつうの、ノロ黒崎」

間を置いてがそう告げれば一護は虚の腕を斬魄刀で押さえたままを見た。
その眼に宿る色はただ、驚愕。

、何でお前・・・!!」
「ハイハイお喋りは後でね」

状況を忘れ困惑する一護を軽口で嗜めては腕に力を込め斬魄刀を振り上げる。
弾かれる様に虚は後ずさり、また一護も数歩よろめいた。
は斬魄刀を肩に担ぎ虚を見上げる。怒り心頭、といった面持ちで。

「黒崎君・・・君?」


「邪魔をする気か!?」

と一護の背後で呟く織姫。
そして忌々しげに叫ぶ虚。

一護は虚を見上げて口元に笑みを浮かべた。
「悪ィが、それが死神の仕事なんでね・・・井上を殺したきゃ先に俺を殺すんだな!」
その一護の言葉には満足そうに笑い同じように虚を見据えた。
切っ先を喉元に向ける。



「一護を殺したきゃ俺を殺しな。・・・残念、お前にはできそうにねえけど。」




メキリ。




虚の仮面が軋む音が、部屋中の空気を振動させた。