次の日。
は昼になっても学校に姿は現さなかった。
当然だ、と思う気持ちと、それでも会いたいと思う気持ちに板ばさみになって
一護は授業中ずっと眉間に深い皴を寄せて窓の外を睨んでいた。

「・・・曇れ」

苛立ちに呟いても、空は晴天。
をただ連想させる青空。
今は見たくないと、思った。










30:       友情の名










「これ・・・って、虐待っていわ、・・・ゲホ・・・ねえ?」
「だまらっしゃい」


の自宅にて。
ベッドに縛り付けられたは首だけを動かして浦原を見上げる。
浦原は帽子で陰になった目を、少しだけ揺らした。
傷だらけの体。
掠れた声。
真っ青な顔色。

冗談では済まない。
ほんのもう少し浦原の行動が遅ければ、は死んでいた。
それが浦原には許せなかった。

他の誰が許しても、自分は許せない。
こんなに誰もに愛されて、それでもあれが自由だと言い張るなら、それは傲慢というものじゃないか。


「でも死ななかったろ」

の囁くような声に、浦原は容赦なく睨みつけた。

「そうですね、アタシが止めたからでしょう」

冷たい声にゆっくりと目蓋を閉じて、は一度だけ深く息を吐いた。
そして目は開かないまま口を開いた。

「・・・俺が、自分の命だけを考えて・・・大事な奴を見捨て、たら・・・
 それは俺じゃねえ。その時に、俺は死ぬんだ」

「詭弁ですよ」

「事実さ。」



閉じていた目をゆっくりと開いて、は浦原を視線で射抜いた。
叩きつけるは、光。

燦然と煌く、たる所以。



「俺は強い。傷も痛みも、自由の代価だ」



それを傲慢と罵るには
浦原はを知り過ぎていた。





浦原が店の様子を見に出て行ったのを確認して。
はゆっくりと身を縛る縄を解いた。
解き易いように緩く結ばれた縄に微笑を落として、立ち上がる。

ズキリと鈍い痛みが足先から全身を駆け巡る。
小さく眉を動かしたはそれでも構わずに窓に向かって歩いた。

青い空はなんの隔たりも無く繋がっている。どこまでも。
傷だらけの掌を翳して透ける太陽の光を遮り、思い出すのは。


「お前も怒るのかな。・・・・とーしろー」


小さく優しい手で背を押してくれたひと。
記憶の中の彼が「当然だ!」と激昂して
なんだかそれが幸せで。


「でも俺は笑ってるぜ」


は痛む肺を気にせずにくつくつと笑い続けた。











「はよーございまーす!」

教室の扉を開き元気よく響いた声に、他の誰よりも一護が大きく反応した。
ガタリ、と大きく音を立てて反射的に立つ。
視界に入ったは、見た目にはほとんどもう傷は無くて、けれど顔色は今も隠せないほどに悪い。

ー。何時だと思ってんの」
女教師が言えば、ヘラリと笑う。いつもより少しだけ弱々しく。
チャドも織姫もルキアも雨竜さえも、表情に動揺を浮かべた。

「だっておネーサンが離してくんなくてー」
「・・・席に着きなさい」
「へーい」

啓吾の隣の席に座ったを盗み見て、一護は拳を握り締める。
どこまでもどこまでも、嘘をつかれているような感覚が、悲しい。
対等じゃない。それは、仕方ないのだとしても。

弱さや痛みさえも隠す、信頼の無い友情の名を借りた庇護。
額に拳を押し付けて一護は目蓋をきつく閉じた。


その一護の背中を見詰めては苦笑いした。
あーあ、怒ってるなあ。と。
しゃーないだろ、お前弱いんだもん。とは正直に思った。
言ったら一護は泣いてしまうだろうと考えて思うだけにする。

力なく笑うの横顔を見詰めていた啓吾は、何かに気づいてそっと腕を伸ばした。
長く伸びたの前髪を優しくかき上げる。
触れた皮膚の冷たさと薄く滲んだ汗に、啓吾は目を見開いた。

「・・・へーき」

は啓吾の手を取って言うが、勿論納得できるはずも無かった。
啓吾は反対の手での腕を乱暴に掴み立ち上がる。
教室中の視線が二人に集まった。

構わず啓吾は黒板前に立って冷静に視線を送る女教師に口を開く。
その横顔にいつもの軽薄さは無い。

「越智さん、保健室行ってきます」
「おー行って来い」
「ちょちょちょ、啓吾クン?平気なんだってば」
「うるせえ」


うわ、もしかして浦原より怖いカモ。
は大人しく啓吾に手を引かれ教室から出てゆく。
その光景を呆然と見ていた一護は、悔しさに顔を歪めた。

「・・・悔しいって、思った?」
意地悪な水色の質問にも答えられないほどには。

「実は僕も。でも、ああいうのは啓吾には敵わないよね」

水色の言葉に顔を上げた一護は、拗ねたような水色の横顔に「まあな」とだけ呟いた。





「具合、悪いのかよ」
暫く無言で歩いていた啓吾は、ピタリと足を止めて小さく聞いた。
繋いだ手は離さないままで。

「・・・・、や、だから平気だってさっき」
「悪いんだろ」
「・・・あのぅ」
「下手い嘘って最悪なんだぞ。」
「スンマセンネー」
「開き直りも男らしくねえ」

繋いだ手は、の指だけはずっと冷たいままで。
啓吾の指が触れても熱は移らない。
背を向けたまま啓吾はの腕を引いた。

「うわ!」
の体は啓吾の背中にぶつかり、まるで抱きつくような格好になる。
それでも啓吾の背中にの体温は感じない。
啓吾は下唇を噛んだ。

「啓吾?」
はされるままに啓吾の背中に頬を当てて名前を呼んだ。
その瞬間ビクリと啓吾の肩が揺れる。
「・・・あの、さ」
「うん」
「お前、そういう、嘘とか・・・言うなよ。嫌なんだよ」
「うん、ごめんな」
「可哀想だろ、俺とか、一護とか、水色とか・・・皆」
「でもさーどうしても今、顔見たかったんだよ」

言葉と同時に、の吐いた息が。
ほんの少しだけ啓吾の背中を暖めた。


「だったらそう言えばいいだろ、馬鹿」

そうに言われれば誰もが喜んでどこまでだって会いに行く。

「愛されてるよなー俺」
ケタケタと笑って、もう片方の手も啓吾の体に回しは嬉しそうに呟いた。
そうだよ自覚しとけ、と啓吾が言えば、してるっつうの、と、

「ありがと、啓吾」


少しだけ力が込められたの腕は、ほんの少しだけ温かかった。