それは幸せで脆い、そんなひととき。
31: I beg...×××
「朽木女史。憂い顔も可愛いね」
「・・・」
いつものように一人で帰路についていたルキアはその声に顔を上げた。
偶然か狙ったのか夕陽を背負うに自然と微笑が漏れる。
「うん、笑ったほうが可愛いよ」
「・・・お主という男は」
読みなれた少女漫画の中でもよく使われるフレーズなのに
が口にすればそれは特別な色を持つ。
ルキアは頬が赤くなるのを感じて、それを夕陽が誤魔化してくれたことに感謝した。
「ってえ」
「・・・、どうした!?」
が後頭部を抑えた事にルキアは敏感に反応して駆け寄った。
昨日の今日で何をしているんだと怒鳴りそうになって止める。
全ては自分が巻き込んだのだ、と。
思い直して。
表情を再び曇らせたルキアには苦笑いした。
「黒崎にさ、問答無用で殴られたんだよ。すんげー怒ってんのな、アイツ」
「・・・当然だ。お主は勝手すぎる」
「うん、だからちゃんと殴られてやったの」
あはは、と笑うにルキアは自分も殴っていいだろうかと考えた。
そして当然・・・そんな権利は無いのだと思う。
悲しいと思うことすらエゴだと。
並んで歩く道はルキアの目にはいつもと違う道に見えた。
当然のようにルキアを送る気でいるを横目で眺めて、ルキアは、確かにこの男はモテるだろうなと思う。
愛を惜しげもなく語る男。
そして体現する。誰の心にも疑いを残さないまでに徹底的に。
それは死神の在りようとは違った。
少なくともルキアの知る死神とは。
「・・・」
「んー?」
「お主は、死神だった」
「そうだね」
「でも、人を愛した」
「うん」
「だから死神を捨てたのか?」
「違うよ」
は笑って即座に否定した。迷いも戸惑いも見せない。
「違うよ朽木。なんでそう思った?」
思慕の情も親愛の情も友情も、死神には必要ない。
黙りこくったルキアには。
「いい事を教えようか」
「?」
ルキアがを見上げた瞬間。
ちゅ。
「!!?」
飛び下がって身を離し真っ赤になるルキアを見ては満足そうに微笑んだ。
頬を片手で押さえるルキア。
の唇が掠めた場所が異常なほどに熱い。
「なななな何をする!!」
「世界や存在が違う如きで俺の愛は潰えないよ」
たとえ遠く離れて声は届かなくても。
「お姫様。心配事があるならこの俺に仰せを」
完全にナニカを吹っ切ったようなの声。
いや、そもそもこの男に迷いなど無かったのかもしれないとルキアは思う。
不覚にも泣きそうになったルキアは、眉を顰めて首を横に振った。
ルキアを送り、はまっすぐ自宅へ向かった。
そして玄関の前に居たその人物達を見て、珍しくも固まった。
「・・・・ナニシテンノ?」
「お前こそ今までどこで何してやがった」
不機嫌に返してきたのは一護で。
その隣には啓吾が座り込んでいて、その向かいには携帯片手に水色が立っていて。
そしてコンビニの袋を持ったチャドまで居て。
ええ?なんなの?とは首を傾げた。
けれど四人が四人とも睨むので、は両手を挙げて降参した。
「いや、朽木女史とほんの少しばかりの世間話を」
一護の眉が少しだけ動いて反応する。
けれどただそれだけで、何も聞かない。
過剰な反応を見せるはずの啓吾も複雑そうな表情をして、小さく息を吐いて立ち上がった。
「・・・心配するだろ。何も言わないでいなくなって、なのに帰ってこなかったら」
「ソレ過保護って言わねえ?」
「言わないよ。・・・特に君の場合は」
啓吾の非難と水色の断言。
苦笑いを返すしかない。
「そっか」
こんなにも愛されて、それをどうして護らずにいれるだろう。
愛には愛を。
それが信条。
「汚い部屋ですが、どうぞ?」
鍵を開けながら背後に感じる四つの気配には
もっと広い部屋に住むんだったなと幸せそうに微笑んだ。
「本気で汚い・・・」
部屋に入った水色は口元を押さえて呟いた。
以前に無理やり部屋の掃除を手伝わされた一護は、どうやったらこんな短い期間にここまで散らかす事ができるんだと落胆する。
逆に啓吾は親近感を感じたのか動じずに奥へと進んだ。
チャドは無言で足元の空き缶を拾ってゴミ箱に入れる。
それでも初めての部屋に足を踏み入れた三人は共通した感情を抱いていた。
それは一護が初めてここに訪れた時に抱いたものと同じで。
安堵、だった。
生活感が有る部屋。がここで暮らしているという実感。
極端に家具は少ないが、それでも普段他の場所では感じられないものが溢れていて、純粋に安心した。
目の前に居るは絶大な存在感を誇っているのに
例えば別れて家に帰って夜眠り、そして目が覚めての存在は夢でしたと告げられたら。
そうしたら信じてしまえそうな危うさがあったのだ。
「啓吾、秘蔵のエロ本譲ろうか?」
「ま、マジで!?」
懲りずにそのネタか、と思いながら勢いよく喰いついた啓吾を眺め一護は腰を下ろした。
冷たいフローリング。
座布団の一つも無くて、きっと今まで他人をこの部屋に上げたことも無いのだろうと思った。
それが悲しいのか嬉しいのか判断はできない。
「悪い、茶とかねえや。水でいいか?」
「ちゃんと買ってきてるよ。手ぶらなわけないでしょ」
「・・・ム」
1ドア冷蔵庫を覗きながら言うに水色が返事をして、チャドがコンビニの袋を差し出す。
中には茶やお菓子、おにぎりに弁当が大量に入っている。
まるで子供のように次々とそれらを取り出しながら嬉々とした表情では笑った。
「おーすげえー四次元ポケットみてえー」
「・・・つうか、怪我した時くらいちゃんと飯食え」
垣間見えた冷蔵庫の中にはミネラルウォーターとマヨネーズしかなく、一護は来てよかったと思った。
多分、土壇場になっても面倒臭いという理由だけではマヨネーズ単品でカロリー補充するだろう。
一護が知っているという人物はそういう人間だった。
だから一護は他の三人に声を掛けたのだ。
自分ひとりで赴くには色々と複雑な思いもあり避けたくて。
「ありがと」
噛み締めるように響くの声。
その場の全員がに視線を向けた。
「ありがとな。すげー嬉しい」
屈託の無い笑顔がに溢れ、それを見た一同はやっとここで微笑み返す事ができた。
けれど。
一護達が帰った後。
窓に佇む一匹の黒猫には微笑んだ。
「知ってるよ。・・・来てるんだろう?」
「ああ」
どうする?と無言で問う夜一には悠然と視線を投げる。
「運命って、あると思うか?」
「・・・・」
「浦原は、逃げるから追いかけてくるって言ったんだ。
あの時は頷きそうになった。でも今は違う」
一護の生き様を見たから。
「運命なんざ、過去を悲観したい奴が言った戯言だ」
そして夜の帷が、儚い時間の終わりを告げる。そっと。
そっと。