「忘れないように、な」

俺の首筋に顔を埋めて鼻から息を吸いながら
俺の匂いを確かめるように呟く。
血で霞んだ視界では何も見えない。

ああ俺の血で汚れてしまうだろうに、なんて、そんなことを考える。


捉えどころが無く、自由で、奔放で。
口を開けばふざけたような本心を隠す言葉ばかり。

「ばいばい、黒崎」

そんなが初めて口にした、分かり易い言葉。
それがよりによって別れの言葉だなんて。

あんまりだと思った。



お前の声や顔や存在を過去にするくらいなら
いっそ今、死にたい。

そう言ったら、は怒ったような声で、言った。



「そんなん許すか、馬鹿」



だったら訂正しろ、別れの言葉なんか聞きたくない。
そう口を開きかけたその時に。
意識は、闇に、のまれた。













32:噎せ返るような










せんせい。

ぼく
はまたぼくをまもろうとするやさしいひとをうしなうのでしょうか。











その人は、僕のクラスメイトだった。
正しくはそれほど意識もしていなかったし、騒がしくも周りを惹きつける人物、という認識だった。
それをつい先日覆された。

全く感知できなかったが彼は死神だった。
それも途轍もなく強大な力と、誰にも汚せない信念を持った死神。
彼の正体を見破れなかったのは、霊絡の色に原因があった。

死神の霊絡は真紅。
だから黒崎のことはすぐに分かった。
けれど彼は、それすらも見事に偽装していた。
・・・いや、偽装と言う言葉は不適切かもしれない。

目の前に立つ彼の霊絡は今もなお、色を持っていない。


透ける色。
それは透明。

彼の存在自体の危うさを現すような。




朽木さんが死神に襲われているその現場に愚かにも僕は自分の力を過信して入り込んだ。
赤髪の死神に切り伏せられコンクリートの匂いを近くに感じる僕の、その前に。

まるで当然のように彼は現れた。



「そこまでだ」



その声に、僕だけではなく、赤髪の死神も傍観者に徹する死神も目を見開いた。
幽玄な雰囲気を纏う彼の姿はまさに死神だった。

「・・・

思えば初めて彼に向かって彼の名を呼んだ気がした。
その程度の関係だった。
だから尚更、今の状況は理解できない。

僕を守るように立つその背中が。




「・・・・貴方、が、どうして・・・・!!」


赤髪の死神が、震える声で呟いた。
憎しみと、歓喜と、その他の感情が混じったような声だった。


「どうして貴方がここに居るんですか・・・!!」


悲しい悲鳴のようだった。
は僕の見えない位置で、きっと微笑んで、告げた。



「ここが俺の場所だからさ」



は弱っている。
失った力は回復していなくて、きっと今はただの人間と大差無いほどで。
それでも僕の前に立っている。

朽木さんが何か叫んだけれど、僕の耳には届かない。


赤髪は泣きそうな顔をしてに切りかかった。
それは殺意を感じない、どこか縋るような攻撃で見ているほうが悲しい。


「違う・・・!違うでしょう、貴方の場所は、俺達と同じだったはずだ・・・!
 貴方が、裏切った!俺達の、気持ちも全部・・・・!!」

至近距離で、それは滑稽なまでに悲壮な声音で赤髪の死神が叫ぶ。
控えた死神は何も言わない。
それは肯定だった。


「ああ、裏切ったよな。俺は逃げた。・・・・けど、ここは譲れない」



のその声が聞こえた時、僕は眠るように気を失った。














わたし
はいつでもまちがってばかり。
それでもうしなえないものがあるのにわたしはさけぶしかできない。




、よせ、逃げろ・・・!!今のお主は・・・!」
何の力にもなれないと知っていて、それでもこのまま見ているだけなどできなくて、声を出す。
これ以上誰かを巻き込み、奪うのは嫌だった。
約束されたの未来の安寧を奪ったのは自分なのだと、思い知りたくはなかった。

けれどはどこまでもどこまでもで。
誰からも愛され誰もを愛しながら、それでも誰にも寄り添わないで。

この時ほど己が無力であること呪わずにはいられなかった。


「なあお姫様、何か忘れてないか?」

「・・・え?」

「こういう時は、『キャー助けて王子様ー』ってのが定石だろ?」


は事ある毎に己を王子だと言う。
最初それは戯言だと思っていた。
私に重荷を背負わせないように、責を感じさせないように口にする言葉だと。
けれど違っていた。
それはの信条であり、生き様だったのだ。

それを知った上で私はを突き放すべきだった。

嗚呼けれどなんと愚かなのだろう。
私は。


「・・・・・・・!」


こんな時でさえ名を呼ぶしかできない。
は誰よりも戦い傷ついているのに。


「泣くなよ、そんな顔見るために俺はここに居るんじゃない」

優しい言葉は要らない。
私はもう何度も間違えて、そしてこれからも間違い続けるのだろうから。





「貴方は、大罪人だ。今更俺たちの前に出てどうするつもりですか。
 今までのように逃げ続けていれば良かったんだ、今更、どうして・・・・!!」


恋次が叫ぶ。
私の知らない過去を語っている。
恋次と、兄様、そしての間に存在する過去。


「今更どうして現れた!!貴方は自由でいればよかったんだ!!」



圧倒的な、過去。










おれはいつだっておれのものでそこにほこりがそんざいする。
どんなにふうんだとしてもおれはふこうになるつもりはない。



黒崎は来るだろうと思っていた。
浦原はきっと俺の行動を酷く怒るだろう。
多分、俺は今浦原の思いすら裏切っている。

それでも裏切れないものがあった。
俺が俺であるために奔ってくれたアイツだけは、どうしても裏切れない。

多分きっと、アイツも怒るだろうけれど。


白哉に斬られ地に伏す黒崎の傍らに膝を着いてその体温を確認する。
大丈夫、きっと浦原が間に合う。

そう確信していたから黒崎を助けることはしなかった。
言い方は悪いが大人しくなってもらう必要があった。

俺が今からしようとしてる事を、コイツは黙ってはいないだろうから。


「久し振りだな、白哉」
「・・・そうだな」
「俺が言いたい事は分かるな」
「・・・・」

無言は肯定。
満面の笑みを湛えて俺は頷く。

俺の今の力では、まともに戦って朽木も黒崎も雨竜も守るなんて事はできない。
だったら戦い方を変えるまでだった。


「朽木と俺は向こうに帰る。
 黒崎と雨竜は見逃せ。・・・できないというなら、俺も捨て身になろう」

「貴方を殺すことはできない」

「そうだろうな、貴重な餌だ」

「・・・・」


違う、と白哉が呟いた気がした。
けれどそれを聞き返さなかったのは俺の弱さで、黒崎の首筋に指を這わせて目蓋を閉じた。

そのまま、鼻先を近づけて息を吸う。
深く。


愛したこの空気を刻むために。
ほんの少しだけ身動ぎして、薄っすらと目蓋を開いた黒崎に、告げる。



「ばいばい、黒崎」



大好きだったよ。
君と、君たちと、この世界が大好きだった。
あいしてた。



「・・・・、・・・」


黒崎の唇が動く。



(お前の声や顔や存在を過去にするくらいなら)

(いっそ今、死にたい。)



ああ、馬鹿じゃねえの。
そんなの誰が許すかよ。


お前は生きて、みっともなくても生きて、朽木を助けに来い。
お前の為に泣く女を助けに来い。





気を失った黒崎の頬にそっと触れて、立ち上がった。
















おれはすーぱーまんじゃないけれど、あいつもそれはおなじで。
だからおれはこんなのはゆるせなかった。







長く、暗く、泣き叫びたいような夜だった。

ルキアと、が消えた。
それは俺の中の何かも同時に奪われたような、そんな現実。

ああまた俺はただ守られただけだったのか、と、混濁する意識の中で漠然と思う。

(何一つ返せないまま、これが終わりだっていうのかよ)
(こんな風に)
(何もかも許せないままで)


呼べと言ったの声が甦る。


呼べよ、必要な、その時に。


(・・・・・・!)


それはもう、今はただの嘘になる。
アイツを嘘吐きにしたのは自分なのだと、目蓋を震わせて俺は大きく息を吐いた。




遠くに、ゲタの音が聞こえる。












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視点が変わりすぎだよ・・・誉にとっても新たな試みでした。
一護→雨竜→ルキア→→一護、という視点です。
・・・・わかりにくい・・・。