それが罪だというのなら
その烙印さえも俺は愛することができるだろう。














33:     白い世界.....1














暗い道を歩きながら。


一護の掌を蹴った爪先に残る、その感触。
俯くルキアの頭を、ほんの一瞬だけ暖かい体温が掠める。

見上げれば、離れていくのてのひら。
そしていつものように向けられる笑顔。

「・・・・」

下唇を噛んでルキアは視線を剥がした。

ルキアは謝りたかった。
何も護れず庇われ、巻き込んだ自分を謝りたい。
けれどそれはが許さない。

きっと困ったように微笑んで
「ありがとうって、言ってよ」と言うだろう。

それが分かっているからルキアは何も言えない。
ありがとうだなんて言えるはずも無かった。

今の状況を認めてしまうような言葉は、たとえ切っ先を喉に突きつけられても言えない。
それはルキアの、誰にも譲れない誇り。
(この私に、誇りだと?)
それはとても愚かに思えるけれど。





「・・・・どうするつもりですか、さん」
「どうって?」

振り返らず、足を止めず静かに。
けれどどこか悲しそうに告げた恋次の声に、はにこやかに答える。
恋次は苛立ったように舌打ちをした。白哉は何も言わない。


「・・・このまま、死ぬつもりなんですか・・・!!」

は「裏切り者」として今や大罪人。
処刑が待ち受けているのは考えなくても分かる事だった。
何も知らないルキアは顔色を変えて恋次を凝視した。

「どういう事だ、恋次・・・!?何故、が!!」


そのルキアの声に、恋次は堪らず振り返りルキアに歩み寄って。
何も知らないことは罪だというように、告げた。



「テメエが巻き込んだんだろ!?」


さんの自由を。
俺達を裏切ってまで目指した自由を。


お前が。


「ルキア、お前は・・・!!」

「・・・・恋次」


白哉の白く細い腕が、小さな動作で恋次を制した。
ギクリとしたように恋次は目を見開き、そして気まずそうに視線を逸らして背を向けた。

その背中を眺めながら、ルキアは自分が本当に何も知らないのだと痛感して拳を握り締めた。
そんなルキアの隣では珍しく無表情になって呟いた。


「違うだろ、恋次。・・・俺が選んだ。全部、俺が決めた。
 お前なら知ってるだろ。分かるだろ?俺がどう生きたかなんて、見えていなくても」

傍に居なくても。


恋次はその言葉を背中で受け止めながら
だけど俺は傍に居たかったんだ、と泣きたい気持ちで思った。

時間が意味を失うほど、昂ぶる想いを押し隠して。













一護は目覚めたその瞬間、の匂いがした気がした。

しかし目の前にあったのは、の顔などではなくて。



「む!?」
「オぎゃああああああああああ!?」
「おお!素早い反応!良いですな!」

何故か覆い被さるように一護と同じ布団に入っているテッサイのどアップで、一護は絶叫を上げた。




気付いてみればそこは自分の家ではなく
しかも痛みはあるものの自分は生きていて。

一護は安心したような、それでいてどこか悲しくなった。
沢山のものを失った世界に引き戻されたようで、眉間の皴は深くなる。

テッサイを布団から追い出し身を起こして、周囲を見渡す。
またフワリとの匂いがした。

「・・・・ッ」

今更になって、どうして、と思う自分が心底憎かった。
どうして自分はこんなに弱い?
そしてこんなに弱いのに、何故の関わりを拒否しなかった?
本当にどこまでも今更で後悔すら許されない。

「ホラホラ、駄目でしょ黒崎さん。傷なんてまだまだ塞がっちゃいないんだ」


音を立てずに現れた人物が、声をかける。

「あんまり動くと、死にますよン」


その声の主を視界に入れて一護は驚愕した。
それは、以前何度も遭遇した怪しいゲタ帽子。

浦原喜助、その人だった。














時間は少しだけ、戻る。









「店長」
暗い和室の、襖を開いて。
テッサイは膝を着いたまま口を開こうとした。

けれど浦原はパチンと扇子を閉じてその言葉を封じた。
縁側に立ち、雨を落とす黒い空を見上げる背中には確かに少しばかりの怒りが浮かんでいる。

「分かってるよ。・・・さん、でしょう?」
「・・・はい、黒崎殿を助けるために」
「あの人は」


浦原は月の無い空を睨んで、呟く。


「あのヒトは、言ったんですがね。・・・“今が大事だ”と。それを信じたアタシが愚かだったのか。」
「店長」
「なに」
殿は、今が大事だからこそ黒崎殿を助けられたのでは」
「・・・・」
「“今”あるものを何一つ失わない為に。そこにたとえ自分が居なくとも」


テッサイの言葉に浦原は苦笑いを零した。
それはどこか深い親愛を感じさせる笑みだった。

「アタシにしてみれば、さんが居なければそれこそ意味が無いんですけどねえ」

浦原が漏らした本音にテッサイは何も言う事ができず、
ただその背中を見詰め続けた。











地面に横たわる一護を見下ろして、浦原は肩に乗せた黒猫に言葉を投げかけた。
自嘲が滲む声。それは、唯一その黒猫だけが耳にする響き。

「少しね、嫉妬もしているんですよ」
黒猫はゆっくりと目を細めヒゲを揺らした。
「何故だ」
「結局アタシとサンの間にあったものは、
 天秤に掛けられるとこうして簡単に切り捨てられるものだったでしょ?」
「愚かな思考だ。」
「ええ、そうです。けれどね」


一護の血を流す雨。
それは浄化の雫か、それとも断罪の滴りか。


「アタシは黒崎サンに全てを託すしかできないんです」

過去に自分が選び取った道ゆえの苦悩。
黒猫は今度こそ心底馬鹿にして鼻で笑い、浦原の肩から降りた。
そして優雅に振り返る。


「御主には御主の戦い方があるだろう。何もせぬうちにそれでは、確かに切り捨てられもしよう」
その言葉に浦原は帽子の影で少しだけ目を見開いて、それから肩を竦めた。

「慰めてくれないんで?・・・手厳しい」
「そんなもの必要とする方が間違っておる。」
「デスネ」

悲しむ前に、嘆く前に、することが有るうちは。





「・・・・アタシはしつこいんですよ、サン」



柔らかく微笑んでそう呟けば

“知ってるよ”と、声が聞こえた気がした。