ルキアと、を追うその方法。
それが確かに“有る”のだと浦原に聞いても、一護には拭えない迷いがあった。

それは叩きつけられた現実が生み出すもの。
“自分は弱い”という、目を覆い泣き叫びたくなるような現実。

追う資格が自分にはあるのか、と一護は思う。
ルキアやよりも断然弱く護られただけの自分が助けに行く?

(とんだ傲慢だ)

だから。


「オレは強くなれるか」


そう浦原に聞いて、次の瞬間。
「勿論。キミが心からあの二人を救いたいと願うなら」


嘘を見せずに返された言葉に、一護は不覚にも泣きそうになった。




沢山の何かを護る、そういう男になりたいと昔から思っていた。
けれど今は、こう思うんだ。
沢山の何かを護るその先駆けに、オレは、お前を護りたい。
だから強くなりたいんだ。





見上げた空は、光を滲ませている。












34:   白い世界.....2














次の日自分の部屋で目を醒ました一護は、
ボンヤリと天井を見上げていた。

夢と現の狭間で揺れる意識が徐々に覚醒してくれば、重く圧し掛かるのは現実で、現状。

一護は憂鬱な気分で制服に着替えながら痛みが引きほぼ塞がった傷口を撫でてみる。
今日は終業式だった。

「・・・朝か」


何の狂いも無く訪れる、朝。
それが少し悲しいと一護は思う。

ほんの少しだけでもいいから自分以外の何かが、悲しんでくれたら、と思った。

「おにーちゃん!小島君待ってるよ!」

遊子の声が下から響いて、鞄に手を掛ける。
部屋を出る瞬間一護はふと押入れを振り返り、それでもルキアの姿も無くて。

「すぐ行く!」

顎を引いて前を見据え、誰に向かうか分からない言葉を発した。








「おーす黒崎!」
「・・・えーっと・・・・はじめまして・・・?」


学校についた一護は、また現実を思い知ることになった。

誰も、誰一人ルキアのことを覚えておらず、そしてルキアの席には
“ルキアの代わり”のように見知らぬ男が座っていた。
そしてさらに愕然としたのは。

(・・・・どうして)
には、その“代わり”すら居ないことだった。

空席。
そしてそれを不思議に思う人間も居ない。

それはまるで、本当に何からも意識されず存在を認められていないよう。

(畜生、あんまりだろう・・・!)
机の下に隠した拳を握り締め、一護は強く目蓋を閉じた。
大声で怒鳴り散らしたい衝動が脳から指先までを駆け巡る。

大切なものが無いのに、それでも正しく動く世界が憎くて、
ふとした瞬間に“何を失ったのか”忘れそうになる自分が、何より嫌だった。



啓吾や、水色もを忘れていて、一護はそれに対しても多大なショックを受けた。
数ヶ月のクラスメイトとしての付き合いだけだったルキアとは違い、
とは半年の、そして時間が意味を無くすほどの仲だったはずなのに。
 
あいつに対するものはそんなもんだったのかと怒鳴りたかったけれど
だけど、それはあんまりにも残酷だと気付いた。

(だってあいつ等がそんな事望むはずない。あんなにを好きだったのだから。)
(なのにその記憶からを“奪われた”んだ。)
(根こそぎ大事なものを。)

そしてそれにすら気付けない。
多分、それは悲劇に近いのだろうと一護は思い言葉を失った。









終業式も終わり、学校を出て一護はひとりで帰路についた。
風も空の色も虫の声も鳥の気配もなにもかもが正常。

世界のこの違和感の無さが、違和感。



「黒崎君」


気付いたら、一護の目の前に織姫が立っていた。
珍しく真面目な表情をしている。

そして薄く紅い唇を開いて、その言葉を告げた。

「朽木さん、どこに行ったの?」
「・・・・!!」
「どうしてみんな急に朽木さんの事忘れちゃったの?
 黒崎君なら・・・知っていると思って」


全身が、歓喜と困惑で震えた気がした。
一護は思い通りに動こうとしない体を叱咤して、止まっていた足を一歩踏み出した。

「井上、お前・・・覚えてるのか?」
「うん」
「じゃ、・・・じゃあ!!」

の事も?

一護の期待に満ちた声は、次の瞬間には。

「・・・・・・・・え?」

困惑する織姫の表情を前に
とても脆く崩れ去ってしまったけれど。



(どうして、井上はルキアを覚えていて)
一護は呆然と織姫を見詰めたまま考える。
そしてふとある事に思い当たった。

「不自然なのは・・・オレなのか?」
を覚えている自分が。

思い出すのは“何を失ったのか”忘れそうになる、あの、感覚。

「・・・・っ」

マジかよ、と一護は毒づいた。

そして色々な意味で自分に時間が無いのだと思い知る。
一護は、今この瞬間も“”を忘れつつあるのだ。
その証拠に、気付けば声を思い出せない。



失えないと思った瞬間から失いやすくなるのはどうしてだろう。
一護は下唇を噛んで、瞼を閉じた。














空の果ての、鏡の向こう側。
瀞霊廷のとある場所、小さな窓がついたその檻の中では鼻歌を歌っていた。

斬魄刀も取り上げられたが慌てる様子も無く涼しげな表情のまま。
その横顔を見て、恋次は表情を悲しく歪ませた。

そんな恋次を困ったように見やり、はここに入れられて初めて恋次に声をかけた。

「・・・なんで、んな顔すんだよ」
「二度と、檻に入れられた貴方なんか見たくなかったのに・・・!」

恋次の脳内には重く横たわる過去が鮮やかに再生されていた。
それを払拭するように、は檻の隙間から差し出した手で俯いた恋次の頭を優しく撫でた。

「大丈夫だって。」

何がだ、どこがだ、と。
恋次が怒鳴りつけようとしたが、それはの茶色の瞳孔に制される。

「過去と違って、俺は歌を歌うことを覚えた。退屈はしないさ」
「・・・っ」

恋次が永い間ずっと忘れずにいた姿と声と空気が、
何一つ違える事無く、しかし何一つ同じではなく輝きを増して目の前に存在している。

悲しいのか嬉しいのか分からずに恋次は言葉を紡ぐこともできずに立ち尽くしていた。
しじまの様な静寂が訪れる。



その時ズバーンと物凄い勢いで恋次の背後の扉が開け放たれ、恋次は驚愕して振り返った。
瞬間部屋中の空気と入れ替わるように満ちたのは殺気と怒気。

そこに居たのは肩で息をする一人の男。

、テメエ、・・・どういうつもりだ・・・・!」

静寂を破ったその声の主に、は「ヤッホーおひさしブリー☆」と飄々とした態度で手を振った。


落雷まであと三秒。