穴深くに堕ちた一護の横たわった姿を見下ろしながら、
ジン太は不機嫌な顔を崩さない。
忌々しいものを感じていた。
それはの傲慢さと、一護の弱さに。
は一護とその周囲の人間に関わるようになってから
人と関わる度合いを深めていった。
そして数段に“強く”なった。
ジン太は、そもそもそれが間違いなのだと思う。
は強くてはいけない、弱くあるべき人種なのだ。
護られる側の人間で居るべきだった。
強いからは誰よりも前に出て戦い、傷を負う。
誰が悲しんでもそれを省みない。
それを護られる側は悲しんでいても、文句なんて言えない。
その結果がこれだった。
ジン太がどう足掻いても届かない場所に、は消えた。
「そのまま死ぬか、強くなるか。上等な選択肢じゃねえか・・・テメエには似合いだ」
動かないオレンジの頭に言葉を落としながらジン太は吐き捨てた。
しかし拳は強く握り締められていたのでジン太は「そうこなくちゃな」と呟く。
全てのものを利用して、吸収して、強くなれと願う。
それだけが不完全かつ未完成なものの強みなのだから。
それができなければ生きていくのは許さない。
ジン太にとって一護が招いた現実はそれほど許せなかった。
ジン太自身ではどうにもできない現実、それは。
「・・・・ちくしょう・・・・何でだよ、・・・ッ!」
今も心を傷つける。
35: 実葛(さねかずら)
と恋次の前に現れたのは眩い銀の髪。
は唇が戦慄くのを隠して微笑んだ。
檻を無意識に掴む指が滑り落ちる、その先に、見えるのは。
「おっひっさっしブリー★元気だったかー?とーしろー」
全身からあらゆる感情を滲ませた男、
日番谷冬獅郎だった。
「久し振り、じゃねえ・・・!!」
髪と着物を少しだけ乱して、肩で息をし、大股で近付くその姿。
恋次は慌ててその進路を塞いだ。
「こ、困ります日番谷隊長!面会はまだ許可されてな・・・」
日番谷は動揺することも無く足を止めゆっくりと恋次の顔を見上げた。
本能的な畏怖に恋次の喉がごくりと動く。
凍てついた空気が一瞬で恋次を襲い、冷や汗を流す様を日番谷は冷淡に見詰める。
そして小さく唇を動かした。
「阿散井」
圧倒的なものを匂わせて、告げる。
「退け」
逆らえばどうなるか、その時の空気は言葉を必要とせず恋次に理解させた。
恋次の足が退る。
その肩越しに再び見えるの姿に、日番谷は眉を顰めた。
何度も、何度も、何度も何度も何度も。
自分で手放しておきながら会いたいと願った姿。
声が聞きたいと冀った。
触れたい。
抱きしめたい。
そう、何度も思い、それを押し隠してきた。
気付かない振りを繰り返してきたのに。
「・・・っ」
足早に近付いて日番谷は、がん、と小さな握り拳を檻に叩きつけた。
それでもそっとの手に指を絡ませる。
額を合わせるようにして真っ直ぐに叩きつけられる視線。
日番谷の双眸が水分で揺れた。
はそれを黙って見詰めて、それから小さく息を吐いて微笑んだ。
一番に伝えたいことを口にする。
「約束を違えたつもりは無いよ、オレは」
その言葉に日番谷は目を開き、「そうか」と呟いて、それから心底安堵したように表情を変えた。
思い出すのは過去の自分の言葉だった。
(笑っていろ)
自分が一方的に押し付けた、けれどそれさえ守ってくれれば良いと今も信じている約束。
「俺は、ずっと俺の生きたいように生きて笑ってる。あの時から、ずっと。」
「・・・ああ、分ってる。」
日番谷はゆっくりと伏せた目で笑った。
の言葉は“嘘”ではなく真実なのだと知っているし疑いようも無かった。
「でも、逢いたかった。とーしろ」
「それも分かっている」
「うん」
恋次は呆然とその二人を見詰めながら
自分との間には存在しないものを感じ取り、俯いた。
ただそっと、自分はとルキアを死なせない為に走ろうと決意して。
が檻から出られたのは、それから数日も経たないうちだった。
両腕を束縛されたまま連れて行かれたのは、一番隊総隊長、山本の前。
人払いがなされた其処には、山本との二人だけ。
は口元に笑みさえ浮かべ山本を見詰める。
山本は何かを思案してゆっくりと長い髭に隠れた唇を開いた。
「よ、お主には選択肢がある。生きるか、死ぬか」
「へえ?まだ俺を使いたいのか、じいさん」
「・・・」
山本の言わんとする事を瞬時に理解したは皮肉げにそう言って表情を歪ませる。
このまま罪人として処刑されるのを待つか、それとも過去と同じようにここで縛られるか。
つまり山本が切り出したのは不自由な二択だった。
は束縛された腕を持ち上げ、山本に見せるように翳す。
その向こう側に見せる表情にはどこか途方も無い憎しみが滲み出ていた。
「今度は、今度こそは逃げ出せないよう頑丈な檻でも用意したのか?
・・・答えなんか聞かなくても分るだろう、したくない事は一切しないのが俺のルールだ」
「では処刑されるのを待つつもりか」
「アハハ、俺が?まっさか〜!」
高らかに笑うに山本が面喰っていると、笑い声はピタリと止んだ。
そして残ったのはとてもまともな人間ができるとは思えない深く暗く、闇の淵を覗き込むような温度の無い笑顔。
「何の打算なしにこんな真似すると思うか?
俺は死にに来たつもりも自由を捨てる気も無い。ついでに言えば悲劇の主人公になる気も全く無いね。
・・・さあ、総隊長殿」
腕をゆっくりと下ろし、がいつもの微笑を向ける。
「取引をしようか?」
山本は、重く圧し掛かる空気に冷や汗をかきながら
目の前に立つこの存在は、初めて出会ったあの瞬間に殺しておくべきだったのだと考えていた。
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ブラック。
彼は正義の味方ではないのです、という話。