ルキアに極刑を告げた白哉の足を誰よりも先に止めたのは、だった。

「よぅ。随分冷静な態度だな。ご立派ご立派。」
場にそぐわない軽い口調に白哉の片眉が僅かに跳ねる。
それを見逃さずは愉快そうに笑った。そう、それでいい、という風に。
それでいい。心乱れてこそ人だろう、と。


流れて繋がる視線に、は言葉を続ける。

「なァ白哉。俺やお前が生きて、ここで過ごして何年になる?」

謎かけのような問いに白哉は返答しない。ただじっと視線を返すだけで。
それだけで十分だった。少なくとも二人の間には。

「ぜいぜいン百年。そんなモンで何もかもを決めて諦めるには早すぎると思わないか?
 テメエの見た全部が現実の全てだと思うにはどうにも傲慢が過ぎるとは思わないか」

「己で見たもの、それが現実の全てだ。兄が示唆するものは所詮儚い理想だろう」

「そうか?・・・お前には、そう見えるのかもな。だけど俺はそうは思わない」

は鮮やかに笑った。
なにもかもを服従させ、まるで自分があらゆるものの王であるかのように。
白哉はそれこそが傲慢ではないのかと思ったが、口には出さなかった。

白哉の知る限り、はそういった他人の非難すらも己の糧に変えてしまえる稀有な人間だったので。

沈黙した白哉を前には細い腕を伸ばし、白哉の見事な黒髪をひと総掴んだ。
その動きには慰めるような優しさがあって無礼だと責めることができない。

「なら何で人は夢を見て、未来を持ってる。絶望するにはいつだって早すぎるからだろ。
 普通も常識も掟も、クソ喰らえだ。そんなもん全部抱えたって俺は空も飛んで見せる。」

ガハハ、とは豪快に笑った。
何もかもを吹き飛ばす勢いで、まるで春風が吹いているかのように。

「兄は」

この苦しみも悲しみも誓いも、知らないくせに。
白哉がそう告げる前にはひらりとは袂を翻して背を向けた。光々とした、背中だった。

「俺はお前じゃない。お前と生を歩んだわけでもない。だからお前の苦しみは知らない。
 知ったことじゃねえよそんなもの。誰が好き好んで他人の苦しみなんぞ背負うか。
 言い換えればお前は俺の苦しみも悲しみもそれ故の決意も知らないだろ。
 ザマアミロ、俺を否定するだけの材料はねえな。俺はここに」


は強く足踏みをして、それから白哉を僅かに振り返った。



「ここに幸せを呼ぶぜ。俺が思う幸せを、だ。邪魔なもんは全部尽く足蹴にしてやらァ。」


ギンの顔を思い出して、は笑った。
生み出した影があるならそれさえも照らすだけの光を見せ付けてやればいい。
あの場所にあった大切なものを切り離した、その代償として。

俺はこうして生きて、これからもこうして生きていく。
そういう生き方を選んだ俺を愛する人がいる限り、誰の批判も否定も受けいれてやるものか。
それは本当に最後の最後に全部抱きとめてやればいい。


無表情のまま言葉を失う白哉を目の前に、はもう一度典雅に微笑んだ。













38:       サマー・トリミカル

















手に入れた力に、一護は少しだけの安堵と、そして不安を覚えた。
視線を落とせば姿を変えた斬魄刀。
(護れるだろうか)
囁くように、思う。
(護れるのか、今度こそ・・・お前を)
絶対的な確信はそこに無い。
どうあっても、の強さと自分の弱さを目の当たりにしたこの現実ではそれはあり得ない。
ただ願うだけだった。

ほんの少しだけでもいい。これからの自分に、救える何かがあればいいと。

修行を終えた一護は浦原を前に頭を垂れた。
理解できないという風に首を傾げ扇子の向こうで眉を顰める浦原に、一護は口を開く。


「・・・・ありがとうございます。俺は、間違いなく強くなった」

一護の言葉に浦原が嘲笑する前に、更に言葉は続けられる。

「これからも、俺は強くなれる。その可能性がある。アイツに届くその可能性がある。
 アンタはそれを俺に思い出させてくれた。諦めたくない。そう、思うことも」

ありがとう。
最後にもう一度そうつけ加え家路についた一護の背中を見詰て、浦原は複雑に笑った。
ああ、そんな風に純粋にお礼を言われるなんて、良心の呵責を感じてしまうじゃないですか、と。
本当は何もかもが自分の為であるのに。
ほんとうは。


パチリと扇子を閉じて浦原が見上げたのは、遠く遥かに続く空。
いつの間にか隣に立ったジン太は表情を変えないままに呟いた。

「結局、アイツは忘れなかったな」
故意に記憶から奪われる、の存在を。

「そうですね、・・・アノヒトの存在感が圧倒的なのか、
 それとも黒崎サンの想いが相当なものなのか。アタシには到底判断できないですがね。」
「後者だった場合ムカつくけどな」
「・・・デスネ」
「店長。考えたんだけどさ」
「なんです?」

ジン太は深く呼吸して目蓋を閉じた。
思い出すのは、色褪せないの姿。薄れる事を知らない記憶。
ささやかながらも許された特権に酔いしれる。


「結局のトコ、が幸せでいればいいってのは、嘘だよな」




浦原は苦笑いをして「そうだねェ」と呟いた。
そう、嘘なのだ。
結局のところ全ては自分の幸せを願ってしまうのだから。





八月。
短くも心に重く残るひと時が始まりを告げる。









無人のように静かな瀞霊廷の中を歩きながらはふと視線を動かした。
どこかから逃げ出してきた地獄蝶が優雅に空を泳いでいる。

「ああ、いいね。自由ってやつだ」

呟く。

あらゆる選択肢の中から、選んで、選んで、選んで。
そうして残るものが一つしかないのなら、自分の心において進むしかないだろう。はそう考える。
だから自分にだけは嘘はつかない。誤魔化しはしない。もう二度と、後悔で泣く真似はしない。

あの時にああすれば。そんな風に思う無様な自分はもう要らない。


「お前もそう思うだろ?」

今は昔。

背負うものが多すぎて辛いだろう、とに告げた人がいた。
悲しみが拭えないのではないかと心配してくれた、そんな優しい男だった。
誰よりも真っ直ぐで迷いのない人だった。

今の今まで、たったひとり、を裏切った人物。



「お前ならそう思うだろう、海燕」


記憶の向こうで揺れた黒髪に満足そうに頷いて、は十三番隊へと向かった。




多分きっと誰よりもを憎んで、そんな自分を悲しんでいるであろう、あの人物に逢いに。