十三番隊 隊首室。

簾にが手を伸ばした瞬間、中からのそれよりもずっと逞しい腕が伸びてきてを捕まえた。
げげ、と思った瞬間には腕の中に閉じ込められる。そして。

!久し振りじゃあないか!」
「・・・・・・・・・え?」

降ったのは予想通りの声で予想外の声音。
は唖然としたように顔を上げた。そうしたらすぐに声の主と視線が繋がる。
繋がった視線は声音と同じように朗らかで、やはりは唖然とした。

「え?あの、いや・・・浮竹」

名を呼ばれた浮竹は心底嬉しそうに目を細めてそっとの体を離し、
感慨深そうに頷いて一度だけの頭を撫でた。

「いやー二度と会えないと思っていたのになぁ。」
「・・・・・・・・・ええ?」

としてはとりあえず最初に二、三撃は喰らうだろうなと思っていたので完全に固まって、
再び浮竹にぎゅうぎゅう抱き締められても為すがままだった。


過去を思い起こしてみれば自分と浮竹の間にはこんな穏やかなものは無いはずなのに。
最後に見た浮竹は、真っ直ぐに憎しみを叩きつける目を向けていたのに。
ずっともう、それだけしかないのだと思っていたのに。

どうなってんだ?と多少困惑しながら空を仰げば、太陽が空を背負っている。

君に良く似た燃える星が。










39:     Waltz・For・Sky












「ゲホゲホゲホゲホゲホ!!」
「・・・・・・・・・・・馬鹿だなお前ー」
「ゲホ・・・、いや、久々に興奮したからなァ」

結局あの後浮竹はを抱え上げてくるくる回ったりして貧血を起こし、ついでに咳き込んだ。
心底呆れたように咳き込む浮竹を眺めながらは部屋の中に腰を下ろした。
一拍置いて口を開く。
にしては珍しくちょっとだけ居心地が悪そうに。

「恨まれてると、思ってたんだけど」
「え?」
「ずっと俺を恨んで、お前の事だから自己嫌悪とかになってそうだよなーとか思って来たんだけど。」
「あはは、それは期待はずれだったなァ」
「笑う所かよ」

はあ、と疲弊した溜め息を零せば、浮竹は彼らしく柔らかく微笑んで向かい合って腰を下ろした。
そして表情を改める。真剣な眼差しに切り替える。
は窓枠に肘をつき頬を支え、横目でそれを見た。

「正直に言うとだな。・・・お前が居なくなった当初までは恨んだものだ。
 海燕を救う手立てを持ちながら何もしなかったお前を、心底嫌悪した。本気で憎んだ。」

ああ、と小さく漏らして、けれど視線は逸らさずには頷く。
そうだろう、と思う。それが当然だ、とも思う。
だからこそ今のこの空気はなんだ?とは思っていた。

「だがまあ、お前の姿も見えず声も聞こえず、そうしてようやく冷静になれてだな。
 よくよく考えればお前が“何もしない”というのは相応の理由があると思い至ったわけだ。
 俺の知るという人物はそういう奴だと思い出した。少し時間は掛かったが、ちゃんと思い出した。」

「・・・・」
まざまざと甦る記憶。雨。血の匂い。砂埃。光を失った瞳の濁り。微笑み。
は一切表情を揺らがしたりはしなかったが、握り締めた拳は少しだけ血の気を失っている。

「人伝に、お前と海燕が交わした約束の事も聞いた。だからお前を恨めなくなった。」


約束。
絶対に、無条件で果たされる神聖なもの。
はゆっくりと視線を窓の外に移して、口を開いた。

「俺は最悪の気分だったけどな」

過去の記憶が甦る。


(お前ーしんどくないか。俺だったら、しんどい。辛い。)
(捌け口が無いんだったら俺にしとけ)
(俺がピンチの時は助けろよ。でもお前の命かけなきゃいけなくなった時は、絶対に助けるな。)
(大丈夫だって、俺は死なねえっつうの。約束だ、


裏切り者。お前は約束を破ったじゃねえか。その不平を拳に変えて殴ってやりたい。
は心の中で呟いて、それから浮竹に意識を戻した。

「まァ、いいけどな。恨まれてるよか恨まれてない方が、全然良い」
「ああ俺だってそうだ。恨むより、恨まない方が良いに決まっている」

ふ、と微笑み会う二人。

「それにしても、お前・・・堂々と戻って大丈夫なのか」

思い出したように浮竹が言えば、は「今更だなー」と笑う。
そしてパタパタと手を振った。

「だいじょーぶ。山本のじィさんにきっちり話つけてあるから」
「何をしに戻った?何か、あったのか」
「お前はー。病人なんだから余計な事考えないで寝てろ。別になんもねえよ、ただの野暮用。」
「・・・無理をしていないか」
「してないしない。したこともない。」
「・・・・」

ガハハと笑うを前にして、浮竹は内心過去の自分を笑い飛ばしていた。
ただ自分だけを思って海燕を見殺しにするような、そんな人物などとよく思えたものだ。
本当はどうかなど分かりきっているじゃないか。

浮竹はそっと微笑んだ。

「・・・会えて嬉しいよ」
、君に。
会えて伝える事ができてよかった。
がどんな状況でどんな事情を抱えていようともそれだけは変わりようが無い、と浮竹は思う。

君を恨んでなどいないという大切な事を伝える事ができてよかった。

は真顔でその言葉を受け止め、それから噛み締めるように目を伏せて、フイと横を向く。
そして「あー。コホン。」とわざとらしく咳払いをして呟いた。

「んで。・・・人伝の情報の、出所は?」
「分かっているだろう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・とーしろうめ」

チッと舌打ちするに、浮竹は意地悪な笑みを浮かべる。

「ちなみにお前の私物を横流ししたら色々教えてくれたぞ。ははは、お前ー。昔迷子になって半泣きしたんだって?」


それは爆弾投下だったわけで。












時間と場所は変わって、夕刻十番隊隊首室。
スパーンと勢いよく開かれた戸に日番谷が視線を寄越せば、そこに立っていたのはだった。
ドスドスドスと怪獣のような音を立てて歩み寄り日番谷の手から筆を奪う。
そして机に手のひらを叩きつけ物凄い目つきで睨んだ。

「何か用か」
「てめ・・・」

動じない日番谷に青筋を立てて口を開く。

「・・・・・何を横流ししてもらったんだ?ああ?」
「浮竹のところへ行ったのか」
「こーいーびーとーの!恥話をモノに釣られて漏らすたあイイ根性してんじゃねえか!」
「世間話の一端だ。」
「だったら物は必要ねえし!恥話じゃなくてもいいわけだし!!クキー!!」
「お前の私物が俺以外の奴の手元にあるのは許せなかっただけだ。気にすんな」
「気に、気にすんなって・・・・え・・・・」

その日番谷の言葉にはザ―ッと顔色を変えた。

「・・・・俺、浮竹のとこに私物いっぱい置いてた・・・・」
「ああ、安心しろ。全部俺が保管してある」
「お、お前!!マジで何言ったんだ!?何言いふらしたんだ!なん、な・・・・何だお前―!!」



久々の負け続きで混乱しているを抱き締めて日番谷は名前を囁く。
首筋のラインに唇をほんの少し触れさせて甘く優しくうっとりと。
実はこうすればはすぐに大人しくなる。

これは一生、誰にも秘密だ。知っているのは自分だけでいいし、自分以外が知るのは許さない。
日番谷は内心でそう呟き笑って口を開いた。

「気にしなくていい」

案の定くてんと頭を預けてくるに蕩けそうな表情で告げれば、不満そうな目で見上げられる。
けれどその目許は赤く潤んでいたのでどちらかといえば扇情的だった。

顔を近づけようとすれば掌で遮られ、その掌を舐めてみる。

「うひょ!?」
「・・・色気が無い」
「うるせー!」
「ああもう黙れ」
「・・・とーしろ」
「・・・何だ」
「諦めたつもりだったけど」

首に回されるの腕に目が眩む。

「ホントはずっとしんどかった」
「ああ、分かってる」

だから俺は。





さて今夜もとても暑く熱くなりそうだ、と、二人は同時に考えていた。













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意外とたらしこまれてるのはのほうだったりして。
というかつかの間のラブイチャってことで。(おかしいこんな話のはずじゃなかった)