「・・・どういう事だ」


は工場からインコを抱えて飛び出してきたチャドを、民家の屋根から見下ろし呟く。
チャドを追い掛け回しているのは虚。それはにも勿論分かっている。
しかし。



“お前の母ちゃん・・・絶対、俺が助ける・・・”

インコに向けられたチャドの言葉。
は眉を顰めた。
柄に掛けた親指を離し、顎に指を置く。

一護達が来る前に、さっさと切り倒すつもりだったは舌打ちをする。
話の前後が分からないので推測の域を出ないが、チャドの口調からいってインコの中に居る霊の母親も事に関係しており。
チャドが反撃もせずただ逃げ回っているのは何らかの理由があって。
つまり。

「俺にとって手が出しにくい状況ってワケだ」

言っては屋根から飛び降りチャドの後を追った。







9:現実







一護はチャドを探しながら、また同時にの姿も探していた。
(教室には居なかった。・・・多分、アイツはチャドを)
護っている。

根拠のない確信を抱いて一護は笑う。根拠など必要なかった。
(信じるってのはそういうもんだ)

ただ心配なのは、チャドを護る為にが簡単に命を懸けそうな事だった。
一護を遥かに凌駕する圧倒的な実力がにある事は、一護自身理解している。
しかし虚の実態も見ぬまま、無条件な安堵など有り得ない。

は大丈夫、と、勝手に思うのは信頼とは違う。

何より一護は、に無意識に頼ってしまうことを恐れていた。

(アイツは、巻き込まれたんだ。・・・巻き込んだ。俺が)

自分の無力さが。自分の非力さが。自分の、経験の無さが。
自分達に関わることではあらゆる意味での危険を身に受けている。
そして約束されていた、生きた人間としての未来と命を天秤にかけて戦っている。

そこまで考えて一護はルキアの言葉を思い出した。


(己の感情にも気付かぬのか。だからお主はたわけというのだ)

脳に響く鮮明なその声に一護は目を伏せて心の中で零す。

(分かんねえよ、そんなの。ただ)

途方もなく大事で、大切なのは知っている。

(誓うだけだ。は死なせない)

走るスピードは速さを増したように見えた。








「チャド!!」
一護がチャドを発見し、声を掛けた瞬間チャドは驚愕で目を見開き逃げるように走った。
それを追いかける一護とルキアを、は気配を殺し見守る。

どうする?

その言葉がの脳内を占める。

ルキアが居る以上、簡単に姿も見せられない。
織姫の一件といい、今回といい。全く自分の思惑通りに運ばない現実を今更ながらに恨めしく思う。

そして突如感じた小さな気配に更に苛立ちを募らせる。


(クソ、黒崎の、妹か・・・!)

移した視界に入ったのは一護の妹の夏梨だった。
同様に気付いた一護が駆け寄るのを見て視界をチャドが走り去った方向へ向ける。

耳に響くのは一護とルキアの会話。


「貴様はいったんそいつを家へ送れ。奴は私が尾けておく!」
「な、何言ってんだ、そんなわけ・・・」
「文句を言うな!!」

怒鳴るルキアの声には複雑に笑った。
こうイイ女でなきゃ、見捨てることもできるのに、と。


正反対に走り出す二人を目に、は迷わずルキアを追いかけた。




チャドに神経を集中させ、義骸の能力ちの低さに苦労しながら走るルキアの斜め後方をは走る。
気配を消し霊圧もないにルキアも虚も気付かない。

「いい匂いがするなあ!」

ルキアの背後に突如現れた虚の背中を、はにやりと笑って眺めた。
(わざわざ間に入ってくれるなんて有り難い!)

ルキアめがけ襲う虚の腕を視界に、は地を蹴り鞘から抜かないままの斬魄刀を振り下ろす。


ゴメ!!


それは見事虚の後頭部に直撃し、結果ルキアに対する衝撃は微かなものになった。
ルキアは吹き飛ばされながらも体勢を立て直し虚に向かって跳ぶ。
ルキアの膝が、の一撃でよろめいた虚の顎に綺麗に入った。そのまま背後に回りこんで言霊を紡ぐ。

「君臨者よ!血肉の仮面・万象・羽ばたき・ヒトの名を冠す者よ!」
その声に隠れるようにも声を繋げる。
「万物の精霊、太古の夢。全ての恩恵を殴り捨て、叶わぬ想いに牙を晒せ。」


「破道の三十三!蒼火墜!!」
「破道の十四、久遠」

そして声は重なり、爆風と煙を起した。


しかし。



「げ、何で?」


は零し、虚とルキアから距離をとる。
煙が晴れ姿を見せた虚には思った以上にダメージが見受けられない。

(いや、手加減したけど。でも、それにしたって・・・)

そしてふと思い当たっては目を見開く。
拳を握り虚を睨みつける。

(喰ったのか、死神を・・・!)


応えるように、虚はにやりと笑った。



「アンタ死神かあ・・・懐かしいな。俺はな、あのガキを成仏させに来た死神を二人ほど喰った事があるんだ。
 ・・・・・・最高に美味かったなあ・・・」





虚の言葉が響いた瞬間、周囲に壮絶な霊圧が広がった。






「ヒイ・・・!?」

容赦なく冷気となって襲うソレに虚は悲鳴を上げ、ルキアは全身が総毛立つ。
突如現れたその気配に目を移し、ルキアは震える唇を開いた。



「・・・・・・・!?」


そこに立っていたのは、抜き放った斬魄刀を片手に携えた
その全身から放たれる霊圧に虚もルキアも身動きできず言葉を失う。



はにこりと微笑んだ。






「美味かった?じゃあ俺も喰ってみろよ。テメエの命を賭けてな」