初めて訪れた時。


手土産持って訪ねたアタシを見て一言が。
「帰れ」

そりゃあ幾らなんでもデショウ。

アタシは貴方のライフラインを自負しているんスから。










                 かわいいひと。










テッサイお手製の肉じゃがとオニギリ、冷凍したカレーを渡したのは三日前。
多分、そろそろ食事はミネラルウォーターで済ませている頃。

サンは食事に無頓着で、放っておくと水だけで何日も過ごしたりしてしまう。
独り暮らしで身寄りのないサンが今までどうやって生きてきたのか不思議。

「テッサイ。サンに差し入れするから、今日の夕飯は多めにネ」

昼頃にこう言っておけば、テッサイは豪勢な差し入れを拵えてくれて、ジン太やウルルも其々用意してアタシに預けてくる。
嬉しいのか悔しいのか複雑ですがね。
アタシは独占欲の激しい男なモノっすから。

最近はお友達が増えたらしく、お部屋のお掃除なんかはお友達が交代でしてくれるとサンが言っていた。
ああ、そう言えば最近のサンのお部屋は綺麗ですね、なんて言ったら。
だろ?なんて自慢げな顔をされてしまった。

お友達に少しだけ妬いてしまったのは、秘密。


本当は毎日ご飯を差し入れしたいけれど多分嫌がられるから、一度に沢山持っていって無くなる頃を見計らって又持っていく。
イジラシくて可愛らしい努力。我ながら照れてしまうけれど。

「テンチョー。黒崎一護にまた先越されんなよ?」
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲んでいたら、ジン太にそう声を掛けられて。
そのジン太の隣でウルルまでコクコク頷いていて。
忌まわしい記憶が甦る。



アレは一週間ほど前の事。
あの日も差し入れに行こうとしたが、朽木サンの急な来店で思いのほか遅くなって、夜道を急いでいたら。


「浦原?」


聞き慣れた、聞き間違う筈のない声に呼び止められて、あの瞬間。
あの一瞬は、本当に地獄。


制服姿のサンがアタシに手を振っていて。
その隣には、この上なく、アカラサマに眉を顰めた黒崎サンが立っていて。
軽く眩暈を感じたのを今でもハッキリと覚えている。大人の尊厳に賭けて、表には出しませんが。

聞けばサンは最近黒崎サンの御宅で夕飯をご馳走になる事が少なくないらしく、その夜も、そうで。
アタシは咄嗟に手に持っていた差し入れを隠したけれど目敏いサンが見逃してくれる筈も無く。
ヒョイっと奪われて。中身を覗いて、今日は焼き魚か、なんて呟いて。

酷く綺麗に笑うものだから、アタシはもう降参するしかない。
朝飯にする、と言ってアタシと黒崎サンに手を振って夜道に消えてしまった後で。

冷えてしまっては美味しくないだろうに。
こんな夜道を一人で帰るなんて危ないのに。

そう思ったけれど。

明日の朝、冷えた魚を美味しそうに頬張るサンや、暗闇を月光だけを頼りに楽しそうに歩くサンを簡単に想像できてしまった。

敵わない。
貴方に会うと毎度そう思う自分が情けなくて、嬉しい。

いやしかし。勿論黒埼サンには視線で宣戦布告はした訳で、上等だ、と返されたのも現実。
この一週間は、水面下で無言の男同士の戦いが繰り広げられている。


「今日はアタシの勝ちですよ」

睨んでくるジン太にキッパリとそう告げる。

「今夜は黒崎サン、お仕事ですから」

こういう時、その方面で未だ敏感な自分を褒めてあげたくなるっスね、とおどけて言ったら。
ウルルにヨシヨシと頭を撫でられてしまった。







「お前も、食べてくか?」
結構長い事、こうしてお世話を焼いてきたけれど。
そんな事を言われたのは初めてで、一瞬、固まる。

「どういう風の吹き回しで?」
玄関で差し入れを渡してすぐに閉じられる扉を見届けて踵を返すのが常で。
こうやって、サンが半身をずらして招いてくれるなんて。

「ああ、いやな。夕飯俺も作っちゃたんだ」
「!!!」


・・・・・危ない。テッサイお気に入りのお皿、落とすトコだった。

サンが料理、っすか」
「ん?あぁ。美味いぜ、食ってけ」

そんな、そんな風に軽く部屋に上げて、この子は本当に危なっかしい。
しかし、サンの料理。
食べたい。

「イインデスカ?」
アタシが遠慮がちに言えば、ガハハと男らしく笑って手招きをする。自然とアタシにも笑顔がうつってしまう。
「ああ、今日掃除してもらったし、綺麗なうちに入っとけ」
きっとそんなのは、本当は気にもしないクセに、ワザと。
優しさが見え隠れするこの感覚で、縛られる。


「デハ、遠慮なく」


初めて入ったサンの部屋は確かに綺麗に片付けられていて、1K以上の広さを感じた。
小さなガラスのテーブルの前に座って待っていると、鍋とお皿と箸を持ったサンが、くくく、と笑いながら向かいに座った。

「座布団無くて悪いな」

「イイエ、気にしないっスよ」

フローリングの冷たさは多少熱くなった体には丁度良い。

「何を作ったんですか?」

「ん?ああ、大根と鶏肉で煮物。腐りかけてたからさ」

そう言ってサンはまた笑い出す。

「さっきから何っスかね、その笑いは」

アタシが少し拗ねて言ってみせると。

「ああ、なんか新婚みたいじゃん?」

なんて簡単に返されて。
今日もやっぱり敵わない。





アタシが持ってきた差し入れをサンが食べて、サンの手料理をアタシが食べて。
なんだか途轍もなく幸せなのは気のせいじゃあない。


「しかし、サン。料理お上手じゃないっスか。」

煮物はダシがよく染みていて、本当に美味しかった。
普段のモノグサからは想像できない。

「上手くても食うのが自分だけじゃあなー。」

そうそう作る気出ねー。


そう言ったサンの笑顔は、どこか悲しくて。

「じゃあ、アタシに作ってください。また、ゼヒ」

咄嗟に出た言葉はそんなありきたりな台詞。きっとサンは面倒臭いと言うだろう、なんて思ったのに。

見開いた目を、ゆっくりと細めて。
え、と思った。
睫毛を伏せてサンが見せた表情は、いつもの笑顔とは違う。

本当の。

「ああ、・・・いいかもな」

笑顔。




初めて訪れた時、貴方の言葉は「帰れ」。
今ではこうして向かい合って仲良く夕御飯。





ああこれだから、貴方という麻薬はやめられない。






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「今日はまたえらく機嫌が良いな、浦原」

「アタシは何時だって笑顔全開ですよ、朽木サン」

「機嫌が悪くとも笑うだろう、お主は」

「あぁ、そうでしたっけ?」

「良いことがあったのか」

「・・・ふふふ。エエ、そりゃあもう」

「ふむ。良いことだ」

「ソウ。ついでに周りにも優しくなるっスよ。特に常連さんには」

「む?」

「ハイ、ご所望のチャッピー。手に入れておきました」

「おおおお!!」

「そうそう。黒崎サンに伝言をお願いしていいっスか?」

「?」

「ザマーミロ!・・・なんてどうです?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」




 

いつか言葉で伝えようか。
アタシは貴方のライフライン。

貴方はアタシの可愛いヒト。

そう、いつだってね。