「なあ、ブランコ乗りたくねえ?」
「ああ?」


いつだってコイツの言うことは突拍子もない。
こうも一緒にいれば嫌でも慣れちまうさ。









           空に浮かぶ雲は





別に今から特別に用事があるわけでもなくて、断る理由も無いから付き合うことにした。
俺の数歩先を歩くは、心底楽しそうにしている。
ブランコ、ねえ。
俺は眺めるだけにしておこう、と心に誓う。
だって想像してみろよ。

俺が子供みたくブランコをこいでたら不気味にもほどがあるだろ?


「・・・なんで急にブランコなんだ?」
素朴な疑問をぶつけてみた。は足を止めて俺を振り返る。

「飛べそうじゃん」
軽く返された答えに俺は言葉を失った。
「飛べる?」
「うん、もしくは掴めそうだろ?」
「ナニガ」
「雲」

・・・・あー。コイツの脳はどうなってるんだ?
親父に一回診せたほうがいいかも、なんて真剣に考えちまう。
返答に困っている俺を見ては愉快そうにケラケラと笑った。

「夢がないねえ、黒崎君。男は多少なりとも夢を見たほうがモテるんだぜ?」
「程度超えてるだろ、テメエは」

言ったらは更に笑った。
笑って青空を見上げて手を伸ばす。

「この間さ、夜、星が凄かったんだよ。見たか?」
話題が急に変わるのもの癖だ。それももう慣れた。
「見てねえな」
「だよな。俺も久々に見た。・・・ガキの頃はしょっちゅう見てさ、本気で星掴める気になってたよ」

眩しそうに空を見上げるにつられて俺も空を見上げる。
青い、空。
こんなに青かっただろうか。

「でも今は無理だって知ってんだよな。
何万光年も離れた星で、もしかしたら燃え尽きてるかもしれない。そんな事までさ」

呟くの声はいつもより少しだけ小さい。
俺は黙って先の言葉を待った。

「雲も、水とゴミの集まりで白く見えるのは光の散乱で。人間は飛べないしタイムスリップもできないしサンタは親父だし」

そこまで言っては俺に視線を移した。
少し俺を見詰めて、顔中で笑う。

ほんの少し、心臓が締め付けられた。


「でもブランコってスゲエの。乗って高いとこまで行ったら、飛べる気がすんだよ。
雲も掴めそうなんだ、手を伸ばしたらすぐ。人間の発明なんだぜ、アレ。
現実知ってる俺がそう思うんだからさ、魔法みたいじゃん?」


伸ばした手を握り締めは笑う。
にかかればこの世の中にはありふれた魔法が大量にあるんだろう、と俺は少し呆れた。
でも同時にそんな魔法を作り上げてを笑わせられたらどんなに嬉しいだろう、とも思った。


「でも無理なんだろ」
「そう。でもそれでイイと思うね。掴めば水とゴミ、燃え尽きかけたカタマリだもんな。夢がない。」

はそう言って、ガハハと笑って腕を下ろし俺に体ごと向き直った。
俺は笑いながらそれを見る。

「手軽だな」
「そうとも、それで十分。しかもタダ!懐に優しいねー」
笑うに俺は苦笑いを返してもう一度空を見上げた。

「・・・今度、夜にブランコ乗ってみるか」
「おお、イイねえ〜!」



ありふれた、手軽な、どこにでもある魔法。
俺達には丁度良くて、十分なのかもしれない。






とりあえず、俺はそう思うことにした。
そして少しだけ柄じゃないことを考えた。


君ノ傍ニ居ルダケデ、魔法ハ容易ク此処ニ生マレテ
僕ヲホンノ少シヅツ君ニ酔ワセテユク




三文小説じゃあるまいし、一生言えねえけど。
赤くなった顔を隠しながら歩いて、ブランコに乗ってめいいっぱい高くまで漕ごうと思った。
そうしたらこの顔の火照りも少しは消えてくれるだろう。