恋次は廊下のど真ん中で足を止めた。
視線の先には茶色の髪の、背の低い死神。
その死神が振り返り、恋次を見て微笑んだ。
(しまった。気付かれる前に逃げ出すべきだった。)
恋次は表情を変えないまま思う。思うが、後の祭りだった。
茶色の髪の死神は微笑む。ゆっくりと不吉に口は弧を描く。
「・・・・、さん」
恋次は呟いて、これから我が身に降りかかるであろう災難に溜め息を零した。
オプティミズムの箱庭で
「あ、素敵マユゲ」
は視線を恋次の眉に一直線に延ばして言い放つ。というかにはもはや眉毛しか見えていない。
自分の存在価値を考え直しそうになりながら、恋次は引き攣った笑顔を浮かべた。
「・・・・違います。刺青です、コレは」
「うん、刺青素敵マユゲ」
ピクピクピク。
こめかみが痙攣する。
「違います。」
「ああ、素敵刺青マユゲ」
ポンと手を叩いて頷くに、恋次の堪忍袋の緒は破裂した。
「せめて素敵刺青で止めとけこのクソチビがああああああああ!!!」
さて、こうして今日のの餌食が決定した。
「クソチビ?クソチビって言った?ああそうこの口要らないんだ?
要らないよねーこう出来が悪くちゃ必要ないよなー。よし、もぎりとってやろう!」
ぎゅいいいいいいいい!!
は廊下の手摺に乗って、恋次を背後から羽交い絞めにし口を引っ張っていた。
恋次の頬が通常の三倍は伸びている。
「いはいいはい。いはいれふ。ほめんははいおへははふはっはへふ」
(痛い痛い。痛いです。ごめんなさい俺が悪かったです)
涙目で訴える恋次をは鼻で笑った。腕に力を込め、更に引っ張る。
「いへへへへへへへへへへへ!!!!!いはい!!」
(いてててててててててててて!!!!!痛い!!)
「何を言ってるか分からないなあ。ハ行が多くて理解不能だなあーあ。」
恋次は視界にちらつくの細い腕に眉を顰めた。どこからこんな力が出るのかと疑いたくなるほど細い腕。
そう思うと今度は、その腕を乱暴に振り払うこともできなくなった。
自分のような無骨な腕が掴めば折れそうで、どこかを穢してしまいそうで。
持ち上げた腕を、再び下ろす。
「ひゃあはなひへふははい」
(じゃあ離してください)
行き場の無い腕を彷徨わせて恋次は呟く。
こんな場面、自分の上司や他の隊の隊長に見つかろうものなら、と身震いする。
背中を包む分不相応な温もりから意図的に意識を逸らした。
「うーん、ヤダ!!」
「わはへんひゃないっふは!!」
(わかってんじゃないっすか!!)
「うるせーお前は先輩に対しての態度が生意気なんだよ!」
しかしそんな思惑は当然には通じない。
の手が恋次の口から首と頭に移動した。
技名、フェイス・ロック。
「いててててててて!!いてー!!痛いですってさん!!ギブギブギブギブ!!」
「天誅だ!!大人しく受けろ!!」
「いや意味分かんねーし!!」
鼻を掠める匂い。
染み込む、自分のではない体温。
焦がれることすら許されない、違う次元の崇高な存在。
傍に近付くほど、その圧倒的な距離を思い知る。
残酷だと恋次は思った。
「・・・・離してくださいよっ」
堪らず恋次は声を搾り出した。
色々な意味で限界だった。
するとは、スルリと腕を解き手摺りから軽々と降り立った。
音もしないその動作に恋次は意味なく泣きたくなる。
「・・・・お前さ」
乱れた死覇装を直しながらはなんでもないように言葉を零す。
「俺の事嫌ってんの、何で?」
「・・・・・・・・は?」
恋次の思考はここで一度、完全に固まった。
嫌い?いや、その逆だから、自分は・・・・と、汗を流す。
どう説明すれば良いのか見当も付かない。下手をすれば告白まがいなものになってしまう。
不可侵の領域に足を踏み入れる真似はしたくなかった。
「いや、その、・・・・ええ?」
「だって嫌ってんだろ。いや、別にソレは良いんだよ。万人に好意を持たれようなんざ思ってないからさ。
たださー、なんつうか・・・原因が思いつかなくてさ。俺、気に入った奴に嫌われるの初めてだし」
「嫌ってないですよ!!」
恋次はいたたまれなくなって叫んだ。
「じゃー好きなんだ?」
クキリと小首を傾げ問うに恋次は顔を真っ赤にした。
「いやっ、つうか、だから・・・」
「・・・・嫌いなんだ」
「好きです!!」
シュンと項垂れたに思考は吹っ飛び、恋次は慌ててそう叫んだ。
は俯かせた顔を上げず、そこに響くような笑いを漏らした。
「・・・・・ふふふ」
「・・・・?」
そしてはグワッと顔を上げ、腰に手を当て胸を張った。
木霊する、高らかな笑い。
「フフフふふふふふふふははははははははは!!」
「!!??」
恋次は状況に順応できず固まる。
(な、なんだってんだ・・・!?)
しかし全てはの一言で明らかになった。
「そらみろ、白哉!!やっぱ恋次も俺のこと好きじゃねーか!」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
の言葉と同時に、信じられないほどの霊圧が恋次を襲った。
刹那、恋次はとの間の距離を縮め、身構える。
恋次はを背中で隠し庇う。しかし当のは口笛を吹いて上機嫌そのものだ。
よくよく見渡せば、周囲には隊長格が勢揃いでこちらを見ている。
しかも全員、今にも襲ってきそうな殺気を漲らせ恋次を睨んでいる。
霊圧の正体は、彼等の嫉妬の念の産物だった。
「あの、さん・・・・これは、一体・・・・」
「ふふん、白哉にお前の気持ちを証明したのさ」
「な、何で!?」
「だって白哉が、恋次は俺を嫌ってるから構うのはやめろって言いやがった。だから。」
(それはつまり、さんがオレを構い過ぎだという朽木隊長のヤキモチで、
そそそそれなのに今オレは朽木隊長の前で、というか全隊長格の前で、あろうことか、さんを、好きだって・・・・!!)
顔面蒼白で脳をフル回転させる恋次の背後で、ヒタリと静かな足音がした。
「!!??」
恋次は勢い良く振り返った。陰になったその場所に闇に溶けるように佇む人影。
「・・・・・・・恋次、貴様・・・・・・・」
それは朽木白哉、その人だった。
「たたたたたたたたたたた隊長!!?いや、コレには深い訳が!!」
結局、恋次は隊長格ほぼ全員にシメられ、四番隊へと運ばれていった。
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・・・・・ヤラレキャラ。恋ちゃんはそういう子なんです。誉にとっては。