僕の一日は、携帯電話を開く事から始まる。
薄く青いピクチャー。淡く揺らめく微粒子の束。
充電完了。
「いってらっしゃい、水色」
「マリエさんも」
僕に繋がる電波は快調。
さあこの孤独を打ち消してくれ。
電波受信
「おはよう、一護」
「悪ィ、水色!待たせた!」
「あはは」
いつものように一護の家に寄って学校に向かう。
一護が隣に立てば、MDの電源を落として一護の横顔を見上げた。
見慣れた眉間の皴はこう付き合いが長くなると愛着が湧くなあ、なんて考える。
右のポケットに入れた携帯はマナーモード。
振動は騒音の中でも僕に電波受信を教えてくれるから。
多分一生の友人だと言ってしまえる人が隣に居てもどこか不安になるのは贅沢というヤツで、
でも僕は孤独だった。
寂しさ、が、拭えない。
だから電波を待っている。逃さないようにいつだって肌身離さずに。
メーデー・メーデー、僕の声は聞こえるかい?
愛の電波を待っているんだ。
この感情を彼方まで吹き飛ばすような。
「こっじっまっくーん!」
「・・・・・」
教室に入ると、真っ先に僕に抱きついてきたのはだった。
近距離で僕の顔をまじまじと見詰めて悠然と笑う。
「数学のノート?」
僕がいつもの表情のまま言うと、はパアッと花が咲いたように顔を明るめた。
「あたりー!ついでに物理とグラマーもな!」
「・・・・・・・いいけど、ちゃんと返してね。あと落書きはしないように」
「うんうん、愛してるよ小島」
「・・・・・」
簡単に言ってくれるよ、と溜め息を吐きながらノートを差し出す。
そう、僕もだよ、なんて軽口は口が裂けても言えない気がした。
僕は無意識に携帯を取り出して開いた。
そんな僕の手元を覗きこんではキラキラと興味で目を輝かせる。
は今時にしては珍しく携帯を持っていないと言っていた。
そのことを知った時の僕はマリエさんの気持ちがほんの少しだけ分かった気がしたのを覚えている。
僕に真新しい携帯電話を差し出して「私との専用に持っていて」と言った彼女の気持ち。
それは間違いなく独占欲と束縛だった。
「携帯、持たないの」
パタリと携帯を閉じて僕は言う。
は少し考えて口を開いた。
「うーん、面白そうだけどな。そこまで必要でもねえし」
「急に連絡したくなった時とかは不便なんじゃない?」
「公衆電話ってものがあるだろ。最近減ったけど」
「じゃなくて、例えば僕が。急にの声を聞きたくなったりしたら不便だよ」
「ふふん、何か忘れてないか?」
は優雅に微笑んだ。
「俺が俺を取り巻く人々にとって等しく王子であることを。
小島が本当に“俺”を必要としたら、理由も理屈も抜きに現れるのさ」
それは壮絶な殺し文句だった。
言う人が違えばこんなに気障でうそ臭い言葉はない。
けれどの口から紡がれればいとも簡単に真実になる。
「本気で言ってるの?」
「あっはっは。小島にはサービスで熱い抱擁もつけてやろうかなー☆」
「・・・・」
「お、ケータイ鳴ってる。彼女から電話か?」
「メール。・・・今夜も会いたい、だって」
「男冥利に尽きるじゃねえか」
「そう、かな」
そうかな。
僕はなんだか悲しくなって、携帯を閉じた。
「会いたかったわ。寂しかった」
「うん、僕もだよ」
夜を待ってマリエさんの家に行けば、マリエさんは柔らかく細い腕で僕を抱きしめた。
僕は彼女の細い腰に腕を回しながら目蓋を閉じる。
だけど本当に僕の孤独を打ち崩すのは、それは、誰かではなく。
君の。
「・・・・」
僕は急激に自分を理解して、それはまさに雷に打たれたような衝撃だった。
そして何の抵抗もなく納得した。
そうか、そうなのか。そうだったのか。
僕はが好きなんだ。
まるで天啓、僕は覚醒したように目を見開いた。
「ごめんなさい、マリエさん。」
僕は一言彼女に謝って、部屋を飛び出した。
部屋を飛び出して一番最初に出会ったのは正真正銘王子の男、だった。
は宵闇をものともせず光の粒子を纏うように微笑んだ。
「お呼びかな」
「うん、呼んだ」
僕はが腕を広げる前にを抱きしめる。
優しく、けれど力を込めて強く。
その体勢のままはいつも通りの口調で喋り始めた。
「なあ小島、考えたんだけどな」
「なに」
「公衆電話の数、減りすぎだ」
「だね」
「うん、そこで」
の言葉を遮るように僕の携帯が鳴った。
無視しようとする僕を見ては笑う。
「取れよ」
「・・・」
渋々携帯を手に取ればディスプレイに表示された番号は見知らぬもので戸惑う。
ゆっくりと開き、耳に当てると。
「やあハニー」
ステレオで聞こえた声に僕は驚愕して顔を上げた。
僕の腕から離れたは僕と同じように携帯を耳に当てている。
「ど、どうして。」
「だから公衆電話減りすぎなんだっつうの。」
それに、とは続ける。
「小島って寂しがり屋だから、構い倒してやろうと思って」
毎晩おやすみコールなんてどう?と笑うに
じゃあ僕は毎朝モーニングコールするよと返して。
今度は二人で抱き締めあった。
同じ、人の体温なら。
僕は君の温かさがいい。
「届いたよ、愛の星」
光り輝く電波受信。その色は桜色。
そして僕は優しく孤独に別れを告げた。