「うわ。不法侵入。なにしてんだよ、ストーカーかお前は」
「随分な言われ様っスね」
体を回収しまっすぐ帰ったは明かりの無い自宅に入り、窓に腰掛けた浦原を見てあからさまに表情を歪ませた。
5:嘘吐き
「何で途中で帰ったんスか。」
「加えて覗き趣味かよ。いよいよ救いようがないぞ」
「サン」
間を置いて言った浦原の質問には軽口で返す。
その明らかなはぐらかし方に浦原は珍しく厳しい声音での名を呼んだ。
は肩を僅かに震わせ、視線を浦原へと移し軽く息を吐いた。
腰に手を置き頭を掻く。
「しゃーないじゃん。朽木が来そうだったからさ」
言い訳染みた返答に、勿論浦原が騙されるはずも無い。
「嘘っスね。黒崎サンに見られた以上何の意味も無いでしょう。どうして記憶置換を使わなかったんです?」
容赦なく叩きつけられる言葉には苦笑いを零す。
「・・・記憶置換は、始めから使う気は無かったよ。だって今回限りじゃないだろ?黒崎がああやって死神代行すんのは」
助けられる術がある。
少なくとも、自分が手助けすることで一護の命が失われる可能性は格段に減る。
それを分かっていて、己の自由の為に見ぬ振りはできない。はそう思う。
「逃げたのは、あんな真正直な黒崎の言葉聞いた直後じゃ上手く誤魔化せそうに無かったんだ。時間が欲しかった。
自分の都合が良い嘘を考えて、それをアイツに平然と言う覚悟が欲しかった。」
全てを包み隠さず言うことは、にはできない。
それはの過去そのものに深く関係し、また、に今ある自由を与えてくれた人物にも及ぶこと。
簡単に晒すわけにはいかない。
「朽木に姿さえ見られなきゃ、黒崎は今日の時点では言ってない。
黒崎は口が堅いから朽木には秘密だって言えば守ってくれる。そうすればいつか全てが終わっても元通りだ。
俺はここに居て、俺のままでいられる。卑怯だけど俺には大事なんだ。今が、凄く。」
の言葉に浦原は深く被った帽子を取り、鈍く揺らめく双眸でを見据えた。
「サンが望むならアタシもお手伝いしましょ。しかし」
「しかし?」
「不幸な体質っスね、お互い」
「うるせえ」
は小さく笑って、ごめんな、と呟いた。
次の日、織姫が記憶置換による素っ頓狂な昨日の話を教室で披露していた。
一護はルキアの傍でそれを聞き、唖然としながらも安心した。
そして、ふ、と、に目が行き、止まった。
啓吾に高度なプロレス技をかけはしゃいでいるが、一護の脳裏には昨晩のの姿が鮮明に浮かんでいた。
信じられないほど均整の取れた筋肉。
揺るぎの無い背中。
何もかもが、自分を凌駕していたその姿に、今になって一護は悔しいと思う。
結果的に守られた自分が。
突然繋がったの視線に一護は咄嗟に目を逸らした。
しかし足音が近付き、顔を上げれば笑顔で見下ろすの姿。
見上げたその顔が陽の光に反射して目が霞む。
「黒崎。話がある。」
意味なく偉そうに仁王立ちをして自分を見下ろすを、一護は内心ゲッソリしながら席を立った。
昨夜、ルキアに聞かれた言葉を思い出す。
『一護、お前の他に誰か居なかったか』
『え・・?』
『微かな気配のみで確証が持てぬ。』
『・・・』
『一護、どうした?居たのか、誰かが』
確かに、あの時の霊圧は零だった。あれほど近くに居た一護にさえそう感じた。
あの爆発的な強さを目の当たりにしたのに、何も。
まるで存在そのものが幻だと思わせるほど。
『いいや、誰も・・・見なかったぜ』
そう言う事が、の望む言葉だとどこか本能めいたもので感じて一護はゆっくりとルキアに告げた。
何故だろうか、と一護はの後ろをついて歩きながら考える。
なぜ自分は無条件にの望む通りに、と考えるのか。
答えは見つからないが、元より答えなどあるのかも疑わしかった。
校舎裏の焼却炉の前では立ち止まり、一護も足を止める。
は振り返り一護を視線で射抜いた。
「さて、黒崎。念の為聞いておくけど朽木女史に言ってないよな?俺のこと」
まるで“言っていない”という返答を確信したように問うに、一護はその通りである事を些か不愉快に思いつつも頷く。
「さすが黒崎。よく分かってらっしゃる」
満足そうに頷くに一護は眉を顰めた。
「聞きたいことが山ほどあるんだけどよ、。まずハッキリさせてえ。」
一護の言葉には軽く頷く。
「お前は死神か・・・・だろ?」
「どうなんだ」
「正しくは“だった”だな」
「だった・・・?」
更に眉間に皴を深くして一護は次の言葉を待つ。
「そう、“だった”。自由が欲しくて逃げてきたんだ俺」
は簡単なことのように言うが、“逃げる”という単語がどうしても一護にはと繋がらない気がして納得がいかない。
「ルキアはお前を知らないじゃねえか」
「俺ってば朽木にしてみれば大先輩だもん。」
はケラケラと笑う。
「だからさ、俺の事秘密にしといてよ。勿論朽木にも。
バレて強制送還ってシャレになんないし。」
「じゃあもう関わらなきゃ良いだろ。」
「それは駄目。お前が知らないうちに死ぬのヤだもん俺」
一護は痛む頭を抱え唸った。
そして暫らく考えて顔を上げる。
「つまりなんだ、お前は元死神で、それをルキアにはバラしたくなくて、でも俺には関わるって訳か」
は満足そうに頷きパチパチと手を叩いた。
「そうそう。飲み込み早くて助かるねー。ちなみに俺より断然弱い一護クンに拒否権は無いから」
「ねえのかよ!!」
「無いぜ?だって助かったろ?」
一護は忌々しげに拳を握りを睨んだ。そして心の中で強くなることを誓う。
を守るならまだしも、守られるなど冗談じゃない、と。
「お前と俺の秘密だぜ?」
「・・・・」
しかしのこんな一言で気持ちが浮いてしまうその時点で、一護に勝つ見込みが無いと言う事を一護自身が気付いていなかった。
「・・・・ってチョット待て!!ルキアの大先輩ってお前何歳なんだ!?」
「いやーん、一護ってバ!!乙女に年を聞くの反側ぅー。」
「乙女って何だ!!」
「アハハハハ。ま、100は軽く超えるわなー」
「・・・・・・・マジかよ・・・・・」