「ご苦労さん」


深夜。
音も光も失せるほんの一時に、そいつの声が響いた。










           アイ、シンク、ソウ、トゥ。












部下には手に負えない虚が現れて、副隊長の松本に任せても良かったが生憎書類が溜まっていて。
さっさと片付ける為に、隊長である自分が赴いた。

さして苦労せず魂葬を終えて、解錠しようとしたその時。

一瞬ですぐ傍にその気配が生まれた。





死神を見ることができる人間などそう聞いたことが無い。勿論、物事には異例は付き物だしそれを認めないほど俺は愚かじゃないが。

「お前、何者だ」

見逃すほど、馬鹿でもない。

斬魄刀に再び手を添え、気配を放つソイツを視界に捉える。

「ニンゲン」

怯むことも恐れることも無く声が返された。

男。
制服と呼ばれる衣服に身を包み佇むその姿が、暗闇の中なのに仄かに光を持って見える。
逸らされず返される視線が心地良いと思うのは、何の錯覚だろうか。


頭の中に憶測が飛び交う。
異例である人間をこのまま捨て置いて良いのか、けれど危険は無いと確信しているのは自分で。
この男が途轍もない霊力を持っているのは明らかなのに、今は微塵も感じない。隠す、などという事が可能なのか。
虚の格好の標的に成り得るのに、その気配が無い。
上への報告する必要が途方も無くあるが、しかしそうすればこの男の自由は失われるだろう。たぶん、人としての全てを奪われるだろう。
暫らく考えあぐねていた俺を、その男は逃げもせず見据えて其処に立っていた。

「何か用か」

「いや、だから。ご苦労さん」

同じ言葉を返されて俺は眉を顰める。

「どういう意味だ」

到底理解できないこの状況に困惑する。
らしくない。
しかし男はケラケラと笑って言葉を重ねる。

「いや、仕事だろ?さっき変なのと戦ってたの。んで、やっぱり言うべきかな、とさ」

その言葉に俺は固まった。
虚も、死神も見えて。ヒトではないと確信していて。
何故この男は恐れる事無く、しかも声まで掛けられるのだろう。

「・・・くくく」

自然に、笑いが込み上げてきた。
別に俺は正義を気取るわけではないし、結局これは仕事で。それなのに。
こんな言葉を掛けられただけで思ってしまう自分が可笑しかった。

少なくとも、この男は無条件で護ろうか、なんて。

とんでもなく容易い男だ、自分は。


「お前、名前は」

斬魄刀から手を放し、見上げてそう問うと、男はニヤリと笑った。
その表情は似合っていて、自然で。嫌味などひとつも感じられない。

。お前は?」

「日番谷冬獅郎だ」

男の告げたその名を脳内にインプットしながら返す。

「こんな時間に何してる。」
うろつくには不相応な時間帯であることを思い出して聞くとは再びケラケラと笑い出した。


「散歩さ、散歩。いい月が出てたからなあ」

そう言って見上げるその視線を追うように俺も視線を上げると、確かに、月は綺麗で。
思えば隊長となってからこんな風に月を見上げることなど忘れていた。

そんな思いに耽っている間も、近くで忍び笑いが聞こえて。


「何笑ってる」

些か不機嫌な声音で問えば、は俺を見た。

「知り合いにお前に似た奴が居てさ。眉間に皺寄せて、夜中に散歩するなって言うんだよ」

「至極もっともな意見だな」

「ああ、そうかもな。でも俺は自由だからこうしてココに居るんだ」

愉快そうに笑って言うが不覚にも綺麗だと思えて、見惚れてしまって。
初対面でかなりハマッている自分に苦笑いが出た。
男なんてチョロイもんだ。
ついでに全く思いの通じてないその俺に似ているらしい男に同情しておく。
多分、この先は俺も同士になるだろうから。

「いい夜には、出逢いがある。初めまして、日番谷」

そう言って笑って差し出された右手を、俺は躊躇わず握り返した。
軽い眩暈を感じながら。






「どうしたんですか、隊長。何か良いことでも?」
帰ったとたん松本にそう言われて少し焦った。そこまで顔に、態度に出ているのか俺は。

良いこと。
ああ、あったさ。
自慢したいけれど、誰にも教えたくない秘め事。
そんな矛盾さえ今は心地良い。
恋だの愛だの語れるほど自分は言葉を持っていないけれど、想うことは出来る。

不謹慎だと罵られても、謀反だと責められても。
護りたいと思う自分に嘘だけはつかない。


あの男は少なくとも自分に嘘など吐かないだろうから。



月を見上げるあの男は美しかった。

思い出して、空を見上げればココにも月。妖しく儚く仄かに光放つ、記憶を揺さぶる情景。


「同感だ。」

「隊長?」

「・・・いい夜には、出逢いがある。知っていたか?松本」

「・・・?」

「くくく」


さて、仕事だ。
この心臓はまだ大きく鳴っていて目は冴えている。

溜まった書類を片付けたら久々に有休でもとって会いに行こう。

多分アイツは笑顔で迎えてくれて、何も聞かず。


何シテ遊ブ?


きっとそう言うから。
時間だけは充分に用意しておこう。




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「あ、ホンマや」
「何か用か、市丸」
「いやいや、そちらの副隊長サンがな。隊長サンがエライ最近機嫌がエエ言うてたから」
「・・・・」
「エエ女でもおったん?有休とったそうやないの」
「・・・・・・・・・」
「心配せえへんでも、横恋慕は趣味やないで?」
「嵌まるぜ?」
「へ?」
「逢えば、嵌まる。だから教えねえよ、誰にも」
「へえ。興味ソソラレルなあ」
「だからテメエには特に、絶対に教えねえ」
「冷たいわぁ」
「自分から好敵手増やす馬鹿じゃねえんだよ」
「せやけど、ホンマ機嫌エエんやね」
「・・・」
「二言以上喋ったの初めてや〜可愛えなあ」
「・・・・最初で最後だ」
「・・・あーあ。怒ってもうた」




初めまして、そして覚悟しておけ。

君にはただ自由を残し。
いつか、心を攫うから。