「ココが5121小隊が間借りしている尚敬高校か」
熊本のある土地のある女子高校校門前バス停。バスを降りて金色の髪の少年は腰に手を当てて呟いた。
学兵として配属された初日。
「しかしこの体小さいな。もっとマシなの無かったのか?高身長マッチョ希望だったのに」
しげしげと自分の体を眺めて隣に立つ黒髪の少年に声を掛ける。
「文句を言うな。身体能力値は最大にした分負荷が掛からないよう調整した結果だ。
“顔が良くないと嫌だ”というお前のふざけた注文がなければもう少しマシに仕上げれたんだ」
黒髪の少年は長い前髪を掻きあげて金髪の少年を睨んだ。
「ハイハイ。すいませんねー。長い付き合いになるならその方がイイだろ。」
「俺達が何の為に来たと思ってる?誰一人死なせずにめでたしめでたし。それが任務だ」
「知ってるさ」
金髪の少年はクツリと笑う。
それを見た黒髪の少年も笑う。
違う世界から来たこの世界を愛する少年二人。
彼らが望むのはただの、良い未来。
「お迎えが来ないな」
金の髪の少年の名を、
「あの人じゃ仕方ない」
黒の髪の少年の名を、
僅かな運と、膨大な努力の数々でそれを成す為に来た伝説の存在である。
「ごめんなさい、遅れてしまって。君と君ね」
迎えに現れたのは、気の弱そうな女性だった。
二人は静かに頷く。
「申し遅れました、私が貴方達の副担任になる、芳野春香です。」
ボブカットの髪に口元のホクロ。
大人の女性を匂わせる筈のそれらはなんの効果も発揮していない。薄いピンクのスーツが似合う、どこか幼い印象の女性。
「熊本は慣れましたか?」
芳野の言葉にとは顔を見合わせる。
そして笑った。
「ええ、地元ですから」
くつくつと笑い続けるを肘で突付きながらは笑顔のまま嘘で応える。
内心、これから吐くであろう膨大な嘘を憂いながら。
その整った美麗な顔に芳野は微かに頬を染め“そうなんですか”と答えた。
「ああ、そう、学校はこっちです」
教師らしく引率する芳野に大人しく着いてゆきながら交差点に向かう。
交差点に付くと芳野は二人を振り返った。
「・・・どちらにせよ、今の時節、どこに行っても幻獣が出るでしょうから、慣れるもなにもないでしょうけど。」
その言葉に二人は曖昧に笑う。
芳野は暫し沈黙して再び歩き始めた。
ロビー、売店を通り、職員室隣のトイレの前で芳野は足を止め二人を振り返った。
「こっちです。女子高に間借りしている、廃棄された試作実験機だけの小隊ですが、戦闘力は保証します。
あなた方が前に居た部隊と比べてもそう差は無い筈です」
芳野の言葉にはに耳打ちする。
「前の部隊って?」
「差し障りなく情報操作しておいた。前の部隊の名は“小動物愛”小隊。」
「ふざけた名前。実在すんのか?」
「書類上は。既に壊滅、生き残りは俺達二人だけだ。・・・ふざけていようが、名まで戦争に依存する必要は無いだろう。」
「それも計算なら随分戦争に依存してるな」
「嫌な奴だな」
言葉は厳しく、しかし表情を緩めては小さく零す。
「小動物が好きなんだ」
の言葉には小さく笑う。
「ああ、俺も」
そして二人揃って再び笑う。
その様子を、芳野は不思議そうに眺めてから校舎の方へ歩き出した。
5121小隊の校舎は、校舎というよりも二階建てのプレハブという言葉がピッタリだった。
向かいには大きな一本の木、そしてその下に同じく小さなプレハブ。
その間に立って芳野は足を止めた。
校舎に目をやり、見上げる。
「こちらが校舎。あなた達の機体の整備テントは、裏庭。こちらです。
時間がありますから、見てみましょうか」
二人の答えを待たず歩き出す芳野の背中を眺めて、は校舎を感慨深げに眺めた。
そして自分の掌に目を落とす。
「どうした。」
動こうともしないには声を掛ける。
は深呼吸をしてに視線を移した。
「どうもこうも・・・。俺らこれからコッソリこの国の守護者を名乗るんだぜ?」
「今更だな」
「そう、今更実感したの」
照れたように笑っては右手をに差し出す。
は不思議そうにそれを見た。
「何だ?」
「握手。共に戦う友よ、・・・なんちゃって」
笑いながら、それでも本気で言うには苦笑いを零す。
本当に今更だな、と。
「ああ、どこかの誰かの未来の為に・・・だな」
言いながらはの右手をしっかりと握り返した。
「そう言えば職はどうなるんだ?」
裏庭のテントの中は轟音が響いていた。
士魂号、人工筋肉と人工頭脳で出来た大きな侍と呼ばれるソレを見上げは呟く。
芳野はすでに二階へ向かっている。
ゆっくりとした足取りでそれを追いながらはを睨んだ。
「事前に渡した書類には目を通さなかったのか。お前は整備、俺が操縦士だ」
「え、ずりー。」
「俺の乗る機体の整備は全てお前に一任する。命を預けるぞ」
の言葉には真剣な表情になる。が、一瞬でそれは不敵な笑みに変わった。
「・・・ふん、上等。N.E.P内臓してやろうか?」
「重くて動けないだろう、それは」
冗談なのか本気なのか分からない口調に、は呆れて溜め息をつく。
「・・・で、機体はいつ届くんだ」
「一週間後だ。」
ふうん、と気の無い返事を返して階段を上る。
上では芳野が振り返り二人を待っている。
は足を止めた。
背後のを振り返り、そして士魂号に目をやる。
も同じように士魂号を見た。
「名前は?」
「未来号」
の問いには即答する。
ヘラリと笑ってはに視線を戻した。
「いーい名前だな」
「ああ、俺達に相応しい」
は士魂号から目を離さないまま静かに呟き、微笑んだ。
士魂号の説明をする芳野の前では欠伸をした。
が軽く視線でそれを諌めるが、それより早く芳野が気付き悲しそうに眼を伏せた。
「・・・ごめんなさい。こういう事は民間人出身の教師より貴方達のほうが詳しかったかしら。」
芳野の言葉にさすがにも視線を正す。
は静かに“馬鹿”と呟いた。
「・・・暮らしにくい場所と時代だけれど、学生らしさを無くさないでくださいね。」
芳野は言って、思い切ったように顔を上げた。
「ごめんなさい。大人が勝手に幻獣に負けて・・・。政府の無策で学徒動員しておいて勝手だとは思うけど。
これは、本当の気持ちです。」
は何も言わず小さく頷いた。
(分かってる。そういう優しさを、持っているから・・・貴女は)
考えて、その思考を止めようと目蓋を閉じる。
悲しい現実に感傷を抱く暇は無い、と。
は大きく笑って芳野に
「気にしないでいーよセンセ。俺ガンダムとかに乗るの夢だったし」
などと言った。
は苦笑いを零しながらを小突く。
「面白いのね、クン」
「コイツの場合、単なる馬鹿です」
その様子を見て芳野が言った言葉には呆れながら答えた。
その時、予鈴が鳴り響いた。
プレハブ校舎二階で芳野は足を止めた。
「つきました。ここです。
ここから先は、担任の先生が指導されます。
君は一組、君は二組です。クラスは部署によって選別されます。
・・・それから、その」
言いにくそうに戸惑う芳野にとの視線が集まる。
居心地が悪そうに芳野は口を開いた。
「・・・・さっきの、政府の無策とかって発言、忘れてください。先生、・・・その立場があるから。」
そう言って足早に階段を駆け下り去って行った芳野を見送って、は小さく肩を竦めた。
そしてに向かい合う。
「HRは朝8時45分からだ。いいか、遅刻は仕方ないがサボるな。極楽トンボ賞は取るなよ」
極楽トンボ賞。
無断欠席したり、続けて授業をサボったりすると与えられる不名誉な賞。周りの信頼もガタ落ちである。
「いいか、まずは情報収集だ。未来号が届くまでに一人でも多く友人を作れ。」
「りょーかーい。作為の上の友情ゴッコか」
真剣に言うに呑気に答え、はに背を向けた。
は憮然として。
「ゴッコで命が張れるか。」
言い放ち、一組の教室へ入っていった。
それを見送り、は笑う。
「・・・たしかに」
そして同じように、二組教室へ入った。