教室に足を踏み入れたは、そこで立ち止まった。
見渡せば戦友となるクラスメイトの姿。
出逢うのは初めてだが、よく知った彼等に微笑を向ける。
誰も見ていない。
だがそれで良かった。
必要以上に意識されては困る。
自意識過剰と言われようが、それは確かに必要だった。
HRが始まった。
生徒の数に比べ机の数が多い。
もとより生徒の数が少ないのか、とは考えた。
学校ではなく、ここは軍隊。それを念頭に置いておかなければ。
席は自由だった。既にそれぞれが思う通りに座っている中で、はどうしようかと考える。
(できれば、何においても動き易い方が良い)
さほど迷う事も無く、廊下(?)側の席に座った。
ここなら教室内も見渡せる。
教壇に立った担任の本田は咳払いをして教室内を見回した。
メタルな格好は確かにこの中で異色を放っている。
「オッス。オラ本田」
濃い化粧の、派手な女教師(しかもガタイも良い)が真面目な表情で言った。
勿論笑えない。
その後の展開を重々承知しているはひっそりと机に身を沈めた。
確かに護り手は名乗ったが、だからと言って無駄に正義をかざすつもりも必要もないのだ。
案の定、いや、予定どうり。いや、ここは敢えて仕様どうりと言っておこうか。
本田は持っていたライフルを乱射した。
一同騒然と騒ぐ中、と舞。そして善行と来須は冷静だった。
ひとしきり弾を消費すると、本田は銃を肩に担いでニカリと笑う。
「いいかテメーら。俺は本田。本田節子だ。お前達のボスだ。ガハハ・・・笑え。」
触らぬ神に祟り無し。もとい馬鹿と利口は紙一重。
は多少引き攣ったができるだけ笑った。
そしてほんの少しだけ後悔した。自分が一組である事にだ。
(の方が、この場合適任だ)
二組の担任は坂上。外見はさておき本田よりは本来の教師に近い。
故には退屈しているだろう。
(・・・アイツはこの段階で、いや、最初の段階で爆笑だろう・・・)
適応能力の話ではなく、これは性格の話だった。
につられるように、クラスメイト達も微妙に笑う。
うつろな響きだ。
ガチリと、本田は再びライフルを構えた。
「元気が無い!!」
あはははははははははははは!!
一組に大爆笑が起こったが、明らかにやけくそだった。
「よぉし。若い奴は元気が一番だ。」
満足そうに笑って言う本田には溜め息をついた。本物はやはり強烈だ。
そして何気なく視線を移ろわせ、教壇に近い前の席に座る速水の背中を眺める。
(人類の決戦存在。最も新しい伝説。俺達はお前を加護しよう。青の想いと共に。
それが最大限の介入。あの連中より深く、傲慢だが)
物語は始まったばかりだが、は決めている。
物語の最後は、めでたしめでたし。それは最後の最後に、この世界の存在が付け加える。
(その手伝いを、俺達がしよう)
机の下で拳を握る。
ささやかだが、何よりも強い拳だった。
ここに数多の戦場を駆けるゴージャス・フィンガーが見参した。
自己紹介が始まり、の番になった。
「。四番機パイロットです」
言葉少なく、端的に言って座る。
「四番機は一週間後に到着します。整備士は」
「に一任と。」
補足した善行の言葉をが遮る。
善行は眼鏡を持ち上げてに顔を向けた。
「発言は許可を取りなさい」
「はい、司令」
「・・・整備は、その通り。君に一任」
姿勢正しく一礼したに頷いて善行は言葉を続ける。
まさに彼等だ。
教室を見渡しは内心歓喜に震える。
そっと静かに目蓋を閉じ、開いた。
(初めまして。そして俺はここに誓おう。人であることを捨て、君達の幸せを呼ぶ)
は静かに、だが燦然と輝く決意をここに表明した。
それがの、自己紹介だった。
は裏庭のハンガーの目の前に立っていた。
二組の教室に入ったが、すぐさま方向転換し教室から出て、にそれを悟られぬよう階段に飛び降りたのだ。
は元からまともに授業に出る気は無かった。
極楽トンボ賞は真っ先に手に入れる勲章だ、と一人笑う。
信頼が失われるなら、信頼される前に獲ってしまえばいい。二度も三度も与えられるものじゃない。
二組の授業は一組とは違い、知識に偏ったものだ。
一組のように実践訓練も無い。
なら、とは思う。
一組の連中が実践で使う腕を磨く間、自分は彼等の生存確率を底上げしようじゃないか。
知識はここに来る前に準備した。
あとは行使するだけ。
はテントに掲げられた手作り看板を見た。
正義最後の砦。
芝村である舞が、己の誇りと決意を言葉にしたそれには敬礼を送る。
「その答えは、イエスである。・・・・頑張っちゃうよ、俺は」
ニカリと笑っては鼻歌を歌いながらハンガー二階へ向かった。
足を止めたのは、士魂号の目の前だった。
は腕を上げ、体温の無い頭部に触る。
未来号が到着するまでは彼等がの愛機だ。
改造に改造を加えたズボンのポケットから、数多の工具を取り出す。
「お前らは下半身が途方も無く弱い。だが弱いことを理由に死なれてたまるか」
それは妙技の如く、或いは絶技の如く。
躊躇いもせずは人口筋肉の隙間に腕を突っ込み作業を開始した。
ここに数多の機械を駆ける二つ目のゴージャス・フィンガーが見参したのである。
「よ、オレ滝川陽平!よろしくな!」
に最初に声を掛けてきたのは、夢見る少年滝川だった。
期待や先入観や、その他諸々を全く裏切らないその存在には頬を緩ませる。
「よろしく。俺は」
景気良く返答するにはの性格がついてゆかなかったが、それでも最大限の笑顔を向ける。
滝川は嬉しそうに笑った。
「な、な、お前彼女いる?」
「いないな」
「じゃ仲間だ!一緒に師匠に弟子入りしようぜ!!」
「・・・師匠」
滝川の言葉に、ある人物が浮かぶ。
は一転して顔を引き攣らせた。
「・・・いや、俺は」
「師匠ー!!瀬戸口師匠!!・・・アレ、居ねえなあ。さっきまで居たのに」
「えっとね、たかちゃんはおんなのひととおやすみしてくるっていったのよ」
近くに居たののみが代わりに答える。
見上げる少女に、内心安堵しながらは微笑んだ。ののみも、笑う。
「ちぇー。さすが師匠」
「ははは」
何をどう思ったのか、心底羨ましそうに呟く滝川には苦笑いを零し顔を上げる。
そして滝川とののみの二人を視界に捕らえ、もう一度微笑んだ。
「一緒にお昼にしないか」
ふたりの返事は勿論イエスだった。