時間は少しだけ戻り、授業中。






瀬戸口は口笛を吹きながら裏庭を歩いていた。
少し乱れた制服を、片手で直す。

ハンガーから漏れる大きな機械音に目を向けた。


「サムライ、ねえ」


そして好色らしい笑みを浮かべ、ハンガー二階に続く階段に足を掛けた。




vs瀬戸口。ファースト・コンタクト。
それは日々の生活に音楽が付属するならばまさに険悪でおどろおどろしい曲が奏でられただろう。




「無言で背後に立つのってマジ悪趣味。
 用があるなら端的に話せ。無いなら失せろ。仕事の邪魔だ」


振り返ることも手を止めることも無くは言い放つ。
その言葉の思いやりの無さに、瀬戸口は芝村を思い重ね、不愉快そうに笑った。


「随分な挨拶だな。自意識過剰にも程がある。
 用があるのも見惚れていたのもこの大きな侍さ。お前さんじゃ、ない」


事実、が居るなど瀬戸口は勿論知らなかった。
しかしまあ、まるで何かの舞踏の如く華麗に整備をこなすに目を奪われたのも、確かにあった。
結果的に瀬戸口の言葉は嘘だった。


「どっちにしろ邪魔だな。俺は仕事中、観覧はまた別の機会にどうぞ。
 オーケイベイビー?じゃあさよーなら」


瀬戸口は漠然と、は自分に似た系統だと思った。正しくは自分が演じる瀬戸口というその男に。
同属嫌悪という言葉が脳を巡る。


「軍隊で言う上官にその口のきき方は感心しないね。」

瀬戸口は卑怯な手に出た。自分でも嫌悪する手段だが、自分に似た人種にはまあ悪くない対処だと納得する。
しかしはそれを鼻で笑った。動く手は休まない。

「そんなの知るか。整備技能もねえ野郎が俺の仕事の効率を下げるなんざ笑わせんなよ。
 結果クラスメイトの生存確率を下げる大罪だぜ?何様のつもりだっつうの」


「・・・・・・・」


瀬戸口は速水とののみに会いたい、と眩暈を起した。
癒しが欲しい。いや、今だったら壬生屋も我慢できる。

これがあの、もう一人の転入生黒髪メガネの専属整備士?
確か、名前は。



・・・だっけ」

「そうだけど。何。」

「そう必死に整備してどうするんだ。殺しの手伝いだろう、視野が狭い。もっと楽しく生きろよ」

「俺は戦場に天国を招くのさ」


「天国?」


「殴られたその後生き残る為に。殴り返すチャンスを作る。
 それが戦場の天国だ。それが叶えばこんなに愉快な事は無い」



狂っている。瀬戸口はそう思った。
けれどの目に澱みは無い。

人工筋肉の海から腕を引き抜きは士魂号を見上げる。




「誰も死なせない。少なくとも、俺との手が届くその中では」


の傍を一匹の旅する兎が通り過ぎ、小さく頷いた。














時間は戻り場面は変わる。








はののみと手を繋ぎ滝川と並んで、味のれんに来店した。


「よお来たね。今日は新顔さんも一緒ね。」

味のれんの親父は満面の笑顔で出迎える。BGMの演歌が渋い。


です」

「そぎゃん堅苦しくせんでよか。」


ガハハと笑う親父には優しく微笑んでののみを椅子に座らせた。
えへへ、とののみが笑う。


「おっさん、俺コロッケ定食ね!」

「俺はガラカブ定食・・・と、アップルパイを。」

「ののみはあっぷるぱいをおねがいしますっ」

「はいよ」


親父は満面の笑みで注文を受けた。ああやっぱ若者は良かね。そんなことを考える。
子供達が自分の料理を美味しそうに食べるその光景はなんという幸せ。


早々に食べ終わった滝川は店内にあるゲーム機で遊び始めた。
は隣のののみに定食のお裾分けをする。

「ふええ、ありがとお」

「ちゃんと噛むんだよ」

「うん・・・じゃない、はい。」

微笑ましそうにそれを眺めていた親父は調理場の奥から秘蔵のアップルケーキを取り出して持ってきた。

それを三等分にして皿に乗せ、一人満足そうに頷いた。


そしてとののみの前にそっと置くと、滝川に声を掛けた。


「ちょっとこっち来んね。ケーキがあっばい」

「ケーキ!?」

滝川は疾風の如くカウンターに舞い戻り皿の上のその物体を凝視した。
はののみの口元を拭きながら親父の顔を見上げる。

「これは」

「奢りたい。食べんね」

「しかし」


アップルパイの値段は250円。その値段だけでも戦時中では驚異的だった。
甘いものは通常その10倍の値段はする。
それをただ子供のために破格の値段で提供している、それだけでもは親父を戦友だと思っている。
戦い方にはあらゆるかたちがある、と。


「気にせんでよか。お前さんにゃあ特に食べて欲しいとよ」

「・・・何故」

「友を思い出すけんねえ」


親父の言葉に少しだけは何かを考えて立ち上がり、頭を下げた。


「その優しさ、覚えておきます」

「そぎゃん言うでにゃーよ。」


再び大きく笑う親父と、ケーキに齧り付く滝川と、にこにこと笑うののみに囲まれて。


はもう一度だけ小さく頭を下げた。












ブータは王者の如く歩きながら空を見上げた。

髭を揺らし、目蓋を閉じる。



かつて恋をした嘘吐きの姫君を想って、にゃーと鳴いた。









「授業をサボったな。」

「・・・・ごめんなさい」


味のれんから戻ってきたはそのままハンガーへ向かい、そこで黙々と作業するを見つけ眉を顰めた。
ごめんなさいと謝っておきながら、に悪びれた様子は無い。
反省も罪悪感も無いなら謝るな、とは思う。思うが言わなかった。

はそれを知ってる上で言っている。


「昼食くらい摂れ」

代わりにやんわりと告げた。
は無視しようとして、それから視線をに向ける。


「そのほんの30分程度でクラスメイトが救える。安いもんだ」


は笑って言った。笑って言う言葉ではないのは自覚していたが、それ以外の表情は得意ではない。
は今度こそ真剣に怒って、を睨み付けた。



「今度同じ事をしたら絶交だ」


「ごめん」



は笑うのを止めて、工具を床に置いた。