二組には“穴があったら埋めたい恥晒し”がいる。
仕事は案外真面目にやるものの、普段の言動、及び行動が頂けない。


彼は今日も腰を振りながら歩き、奇声を発している。
彼の名は岩田裕。


一見は、変人の頂点を極めた電波変態である。


今回の物語はそんな彼との、歴史的遭遇から始まった。












「・・・・・・・おはよう」

多少前もって得ていた知識のおかげか、はなんとか目を逸らす事無く挨拶をした。
岩田は、グリンと首を回してを直視する。

“う゛”と後退る


「フフフ、挨拶ですね?フフフフ、アーッハッハッハッハ!良いでしょう、挨拶!
 おはようございます〜ああぁ〜イイ響きィ〜」

「・・・・」


は岩田の言葉やその動きの全てが擬態だと知っている。嘘で作り上げられた人物。
それは自分と似ていると思った。


「・・・俺は、知っている。・・・そう言ったらそのふざけた芝居はやめてもらえるか?」


は酷く真剣にそう告げて岩田を見上げた。
返される視線は、一瞬鋭い冷たさを孕む。

しかし岩田はぐにゃりと腰を曲げ、踊った。


「フフフ、ハハハハハハ。知っているのですね!?
 イーヒッヒッヒッヒッ!
 ククク…。
 その通り、私がこのゲームのラスボスです。
 さあ、カモン! カモン!」

「・・・・・」


こういう時どうするべきかは心得ていた。
伊達にあの自分勝手な親友と共に長い時間を過ごしていない。


は拳を握り、そのまま突き上げる。
岩田の顎にクリーンヒット。吹っ飛ぶ岩田と、拳を挙げたポーズの
昔のアニメに出てきそうなシーンである。


その背後を、工具を大量に腰にぶら下げ部品を担いだがそ知らぬ顔で通ってゆく。
は少しずれた眼鏡をなおして振り返った。

はチラリと視線を寄越して口元で笑った。



「ふ、捻りが足りねえー」



おのれ
がそう思ったのは言うまでも無い。

しかしに続くように闊歩する二匹の猫を見てしまうと頬は完全に緩んだ。
結局の背中を見送る羽目になり、は壮絶に血を吐いて倒れる岩田を見下ろした。


狡猾な道化師。


「…フフフ、なかなかやりますね。
 私のことはワタマン、いや!イワッチと呼びなさい!友よ!
 ああ、イワッチーイワッチー素敵な名前ぇー。
 ということでよろしくです。私は疲れました。」

そして岩田は・・・・イワッチは動かなくなった。
唖然とする


ていよくあしらわれたな、と溜め息をついてその場を後にした。







が去った後、イワッチはぐぐぐと足を持ち上げ振り子のように反動をつけ立ち上がった。
そして長い舌を出す。
その舌に付けられた青いピアスが光を放った。


「歴史修正者。・・・しかも二人。どうやらこれは本格的な動きを見せそうですね
 夢見るプログラム、OVERS・・・・彼らを呼んだのはお前か、それとも・・・・貴方ですか、A」


目は偽証の色を失い、空を見上げる。
空に穴は開いていない、それを確認するために。


そして頷く。


「いいでしょう、もう暫らく確かめさせてもらいますよ。」




そして再び道化師の仮面をかぶった。











どぶ川べりの古びた二階建てアパートの一室。
そこがの住居。


夜遅く訓練を終え帰りついたは、部屋に明かりが無い事に気付き呆れながら鍵を開ける。
扉を開けば、案の定。無人だった。

はここ数日際限無く整備に明け暮れ、朝方まで部屋に帰ってこない事も多い。
限度を知らないのかアイツは、と苛立っては制服の上着を脱いだ。
そしてそれを放り投げ、カーテンの無い窓から月を見上げた。

幻獣が現れ緑が増えたおかげか、空気は澄んで夜空は驚くほどに美しい。
瞬く星が影を作る。



「・・・・・何のための“部屋”だ。」




見渡せば家具も何も無い。布団と冷蔵庫、それだけしかない。
こんな風に生活感の無い住居もそうないだろう。


チッと舌打ちをしては投げた上着を乱暴に掴み部屋を出て学校へと舞い戻った。
こうなれば明日にも洗濯機と箪笥くらい買いに行ってやる、と訳の分からない意地を見せる。

そういう理由では部屋に居つかないわけじゃないだろうに。
いや、それはも分かってはいるがそこはやはり意地だった。



学校までの道程は約十数分。
は裏庭のハンガー前で仁王立ちしている。

時間も時間であるせいか、他の生徒の姿は無い。
当然だ。彼らは自分の役目と自己管理の重要性を知っている、とは歯噛みする。

護り手を名乗る者がそれさえも考慮できないでどうする!

は勢いづいて階段を駆け上がった。

そして。



「・・・・お前、さー。今日も朝まで帰らないの?」

聞こえてきた声に足を止めた。

(今の声は・・・・滝川?)

何故こんな時間にこんな所に、と首を傾げる。



「・・・うるせーなあ、もう少ししたら帰るって。・・・さすがにいい加減に殴られる」



続けて聞こえたのは憎きの声。
分かってて・・・・!!とは青筋を立てた。



「・・・・家、嫌いなのか?」

滝川がポツリと呟いた。

は暫らく何かを考えて、そして口を開いた。
重さを感じさせない明るい口調で。


「馬鹿言え。親友がいるんだぞ。」


そのの声はの耳に確かに届き動きを奪った。ついでというように怒りも。
握っていた拳を解き、項垂れて踵を返す。

馬鹿だ、と繰り返した。







は家に再び戻ると、憮然としたまま布団の上に座っていた。
遠くから響く足音に耳を澄ませる。

ガチャリとドアが開いた。


「・・・・ッと、アレ?珍しいな、起きてたの?」

靴を脱いだ所で気付き、は少しだけ驚いて肩を震わせた。
しかしそれも一瞬で、何事も無かったように部屋の奥へ進みの前に胡坐をかいて座る。

は深く溜め息を吐いた。

「・・・・・・・・この馬鹿」

「ええ!?何だ急に!?」

「・・・・・・・・・・・・・・おかえり」

「・・・あ、あー、・・・・ただいま」


が見せた笑顔に、そういえば“おかえり”という言葉を言ったのは初めてだな、と。
も笑った。



マンションの屋根には猫が集まり、今夜も空を仰いでいる。