日曜日。
それは(一部が)待ちに待った動物園の日。
動物園に赴くのは、善行、本田、壬生屋、ののみ、舞、速水、瀬戸口、滝川、中村、
速水と舞以外は私服で整備テントの前に立っていた。

一番前では善行が自腹で買ったカラオケマイクで今日の予定を説明している。
速水と舞の乗る複座型は訓練も兼ねた休日になるらしい。

複座型士魂号にはナンバープレートが取り付けられ、公道も通行できるようになっていた。
最初それを見たは、見た目の美しさをかなり損なうソレに絶叫した。

ナンバープレート取り付けを指示した善行に八つ当たりな怒りを抱く
ささやかな反抗だ!と善行の声に耳を貸さず一番後列で頭にタオルを被せ唸っていた。

「うあー、もー。ありえねえー」
「何がだ」
「暑い!!」
「ああ、夏が近いな」

そんなこと言ってんじゃねえよ、と、は項垂れた。
瀬戸口の隣に立っていたののみが振り返り、近づいての手を握る。

「うん、ののみこのあいだまいちゃんとプールにいったのよ」
「それは良かったね」
「・・・クソ羨ましい・・・」

このクソガキー、と、口に出したらが怒るので
は心の中で呟いた。










未来号の到着は明後日。

本当は受け入れの準備途中だし、終わらせておきたいんだけどなーとに視線で訴えてみるが、
しかしは冷たい視線だけで却下する。

そのの態度には頬を膨らませて口を尖らせた。
冷たくされると構ってほしくなる天邪鬼である。


「酷ぇ。冷てぇ。」
「遊びに行くんじゃない、動物の避難を手伝いに行くんだ。」
「へーへー」


俺自分よりデカイ動物って苦手なのに、と文句を言いながらもは諦めた。

文句言ってもどうせどうにもなんないし、と考えて。
結局、救える命があるならそれは良い事だ、とも考え直して。




それでも「あちー」と駄々をこねるを無視して
はののみと手を繋いだままで、ウォードレスで身を包んだ速水と舞の後姿を眺めていた。


で、歯痒い思いはしている。
傍に居るのに今はまだ護られているだけだなんて、と。

しかしは俯く事はしなかった。前を見て、呟く。



「今できる戦いも、ある。」

「うん、すべてはささいなことがあつまってできるのよ」


間髪入れずにそう言ってを見上げ微笑むののみに、は照れ臭そうに笑って頷いた。

「ののちゃん、動物園は初めて?」
「えっとね、にかいめなのよ」
「そうか、でも楽しみだね」
「うん!」

クラスメイトというよりは仲の良い兄妹の二人に、離れた場所に立っている瀬戸口は仄かに妬いていた。
娘を取られた父親の心境である。



「ののみー・・・」


そのうち俺、「娘は嫁にやらん!」とか言っちゃうかも、と、情けなさの境地に達しつつある瀬戸口。
中村は複雑に顔を歪めて、哀れむようにその肩を叩いた。








「なーなー」
「ああ?」

唸り続けるのシャツの袖を、いつの間にか横に居た滝川が引っ張った。


「何だよ」
「なー何で今日、俺と壬生屋は士魂号に乗れないんだ?」
「・・・・お前、昨日壊しただろうが。」

修理に整備班全員が徹夜したんだぞ、とが睨む。
滝川は「たはは」と笑って誤魔化して、じゃあ壬生屋は?と聞いた。

「アイツは足回りの操縦、まだ下手だからな。街中でコケられたら困るだろ」
「・・・あー」

の言葉に滝川は
壬生屋機が依然盛大にズッコケたのを思い出し、苦笑いをした。

その苦笑いを横目で眺め、は溜め息を吐く。
笑ってる場合じゃねえだろう、と。


未だ“戦争”をしている意識が薄い様子の滝川が、腹立たしいような、どこか安心するような。
戦争を自覚して、それでも飲み込まれないで欲しいと思うのは勝手な願いだろうか。

は空を仰ぎ、いい天気で良かったと思う。

暑くて、射す陽射し。
それでもこんな日は幻獣も現れない。
まるでそれが野暮だと知っているかのように。








は善行、本田と臨時指揮車に乗り、
やその他のメンバーが乗るバスを後追いする事になった。士魂号と共に。

バスは先に出発し、整備テントに入ってゆく舞と速水の背中を見送った
臨時指揮車のタイヤにそっと手を触れる。

近所の酒屋の主人が大変な走り屋で、
そこの軽トラックはエンジンの換装から足回りの強化までされていると近所の評判だった。
臨時指揮車とはその軽トラックのことである。

「どうですか、その車は」

善行の声には微笑む。


「ああ、いいな。手入れが細かい。エンジン音が綺麗だ」
「ではナンバーの追加と無線機、モニターの追加をやりましょう」
「俺がする。」

の申し出を、善行はゆっくりと首を振って拒んだ。

「今日は日曜です」
「速水と芝村は違うのか」
「・・・今一番戦力になりそうですからね」

人を失望させるのが私の仕事なんですよ、と微笑む善行から、は乱暴に工具を奪い取り。


「努力して戦う奴に助力するのが俺の仕事だ」


飄々と言い放って、鼻歌交じりにナンバーを取り付け始めた。





整備テントの中から響いた、音にならない声に。
時折目蓋を伏せながら。














バスの中では、は何故か瀬戸口の隣に座っていた。
瀬戸口本人がどうしたものかと思っていた。

実は正直に言ってしまえば、は苦手な部類。
何もかも見透かすような漆黒の瞳孔が、綺麗過ぎて。

じゃなくて悪かったな」
の言葉に、やっぱり心を覗かれているのかもしれないと瀬戸口は思う。
あの口達者な整備士が良かったなどとは思っていないが。

「壬生屋にもう少し優しくしたらどうだ」
「・・・はあ?」

そうか、それが言いたくて俺の隣に。
瀬戸口は一変して表情を険しくした。


の言っている事は分かる。
それは、バスに乗る直前に壬生屋と瀬戸口が起こした騒ぎの事で。
騒ぎの内容自体はいつも通り、壬生屋が「不潔です!」と騒いで瀬戸口に斬りかかっただけなのだが。

バスに乗ってすぐに、瀬戸口は壬生屋に言ったのだ。
大人気ないことをするな、と。
それは自分を傷つける事ではなく、それをののみという小さな子供の目の前でする事。
ののみが怖がるだろう、と瀬戸口は容赦なく壬生屋を諌めた、のだが。

瀬戸口に仄かな恋心を抱く壬生屋のショックは多大で、それを知っているとしては
壬生屋に対する瀬戸口の鈍感さに呆れていた。

だからわざわざ瀬戸口の隣を陣取り口を開いたのだった。


「大人気ないのはお前もだと言っている。なら、殴るところだ」

「・・・・」

「愛の宣教師が聞いて呆れる」



瀬戸口はぐうの音も出ずに
拗ねたように顔を背けるだけだった。