渋滞に嵌ったバスと臨時指揮車を尻目に、士魂号は軽やかに走ってゆく。
速度70キロオーバー。市街地でこの速度は驚異的だった。

臨時指揮車を操縦するの背後で本田が歓声を上げる。
は冷静にそれに対応した。
「接地面積はこの車より遥かに小さいからな。それよりどうする、司令。この車じゃ追いつけないぞ」
その言葉に善行は指の腹で眼鏡を上げて手にしていた書類を膝に置いた。

「このまま行かせましょう。あのペースをどれだけ維持できるか、見てみたい」

了解、とはマイクを顔に寄せて士魂号と連絡を取る。

「聞いたかお前ら、やれるとこまでやってみな。スカした眼鏡の度肝抜いてやれ」
『あはは、了解』
『了解した』

速水のぽややんな返事と、舞の揺らぎ無い返事に満足そうに笑って、
「特別仕様の俺プログラムとあいつらの努力ゆえの能力ナメないでください、司令?」
と、そう不敵に笑って振り返るに善行は苦笑いを返した。









ほぼ動き失ったバスの中で、未だ瀬戸口は居心地の悪さに顔を顰めて窓の外を眺めている。
その隣では涼しい顔で本を開いていた。
その視線を剥がさないまま口を開く。

「少しは楽しそうにしたらどうだ。お前の言う騎士道に則るなら今のお前は喜ぶ子供の前で随分な態度だ」
「・・・・」

毒を吐くにも程がある。
瀬戸口は顔を覆って今までの自分の認識の甘さを悔やんだ。
今の今まで、は侮れないとはいえほど扱いにくいとは考えていなかったが、現実はどうだ。
の方が断然マシだ・・・あいつは自分の意見の正当性を叩きつけるが、こいつは相手の不当を暴く)
に全面的に弱いその理由が、少し分かったような気がした。

逃げるように席を立った瀬戸口を冷たく見上げ、止めの言葉が投下される。

「お前の悪いところは、美化が過ぎる所だ。お前が思っているほど完璧なものは存在しない」

過去と今がフラッシュバックし、愕然とする瀬戸口をほんのひと時見詰め
は興味を失ったように再び本を読み始めた。
憐れヘタレ瀬戸口。後ろの座席に座っていた新井木はさすがに瀬戸口に同情して寝たふりをしてあげた。


一方。


最後部の座席ではあまりの渋滞に滝川が喚き中村が宥めている。
中村は秘蔵の靴下を取り出し謎のチューニングをして耳に当てた。
「どうやら、幻獣共生派がテロばおこしたごたるね」
またかよーと声を上げる滝川に、の視線が空席になった座席を通り越して窓の外に向かう。
瞬間窓を、視界を覆う士魂号。振動で窓が震える。
すげーっかっこいいー!と叫ぶ滝川は無視してはオレンジのそれを眩しそうに見上げた。

今は、今だけはここに居ることを許して欲しい。
本質的に君らよりもずっと弱い自分には今は待つしかできないから。


冀う、神聖な空気は、けれど次の滝川の声で見事にぶっ潰された。


!?」







は通信が終わるとヘッドホンを外し隣の坂上を見た。
「運転、頼みます」
ハンドルを手離す。
渋滞のせいで車は動いてなかったのでゆっくりと坂上は操縦席に移った。
「士魂号は行ったし、俺バスに移るわ・・・じゃなかった、移ります、司令」
の上司に対しての口の利き方は、軍人であるなら懲罰ものであるが善行はそれを許した。
今日は日曜ですし、と。
「しかしどうやってバスまで行こうってんだ?」
距離は数キロ、渋滞とはいえ緩やかな動きはある。
はハッチを開いて風を受けながら笑った。懐かしい風、ああやはり自分は機械の外が似合うと思いながら。
「道が無いわけじゃない。行けるさ」
翻す身は優雅で、網膜に残った残像は暫くの間その場の三人を魅了していた。

指揮車の上に立ったは腰に手を当て、見通しが良い道のその先を視る。
眼球が音を立ててバスを捕らえた。
「義体ってのは便利だな」
音を立てずに、まるで空を泳ぐように飛躍。そして着地。五台も離れた乗用車のボンネットへ。
開いたままのハッチから顔を出してそれを見ていた本田は
「アイツ、スカウトでも立派に生き残れるんじゃないのか」
と、吃驚して呟いたが、善行は鼻で笑うだけだった。
「きっと役には立ちませんよ。彼は此方の命令など聞かない。部下としては最悪です」
「では何故」
それでも手元に。
坂上の疑問に少しの間を置いて善行は柔らかい表情を見せた。

「さあ、何故でしょうね」

家族だからと言ってしまうには安っぽい感情だった。




ひょいひょいひょーい!と、は連なる車の上を移動しながら鼻歌を歌っていた。
なつかしい神々の歌だ。
今は昔に涙が溢れるほどの純粋さを手にこの地で戦った神々と、人の、歌。
ほんの数分でバスを視界に捕らえる。
その向こうに小さくなってゆく士魂号。
「頑張れ」
誰に向かうでもなく、けれど誰もに向かう言葉。
それがどれだけ心を救うかは知っている。よく、知っている。
一度救われた身ならば。
「その心は闇を払う銀の剣」
心底愉快そうに歌って走る


バスの窓に張り付いて、薄い硝子の向こうに悪魔のような微笑で立つを見つけ、ずべしゃと道路に落ちた。
 




ブータはののみが抱える大きなバスケットの中で夢を見ていた。
友の夢。体を震わせる夢だ。

別れの言葉と最後の優しさの言葉。
あれは悪夢のようで現実だったのだ。

夢の中でブータは歌った。
なつかしい神々の歌。
今は昔に涙が溢れるほどの純粋さを手にこの地で戦った神々と、人の、歌。



ブータの声にの声が重なった時、ブータは狭く暗いバスケットの中で目蓋を開き静かに泣いた。