滝川や中村の手によってバスの中へと助け入れられたは、
目覚め一発の目の前で正座する事になった。
「何をしている」
「・・・・いや、その。」
「何故わざわざ目立つ真似をしている?」
「そのう」
はのつま先を見たまましどろもどろになって顔を青くした。
遠巻きにそれを眺めていた瀬戸口は、先程の自分がずっと手加減されていたということを思い知る。
なので一応、に同情していた。
はちくしょーと思いながら拳を握り締めてチラリと視線を横に流し、滝川を見た。
助けろよ、と目で訴えてみるが滝川は顔の前で手を交差させて×印を作る。「無理!」という意味だ。
ああ確かにこのに生身で立ち向かえるならスキュラくらい屁でもねえやなと納得する。
「答えろ。何をしている」
容赦なく降り注ぐ絶対零度の声には腹を決めて顔を上げた。
青い目が光を反射する。
「顔が見たくなった」
ちょっと嘘で大分本気だったのだが、は表情を変えずそのままに拳骨をお見舞いした。
バスが動物園に着いたときには、士魂号は休園セレモニーに来ていた子供達に囲まれていた。
遅れて指揮車が到着する。
士魂号から降りられず困っている舞と速水を見上げて、
はけらけらと笑いは気の毒そうに表情を曇らせてふたりに手を振った。
ついでに挙げていた手を握ってをド突く。
「いって!何だよ!」
「人の苦労を笑うな。・・・故障箇所は見当たらないな」
「あー。完動ってやつだ。試作機でかなりの年寄りだけど整備如何で使える。
ま、整備員がかなり必要だし、やっぱ戦車とまでは言わないな。」
途端に職人のような顔と口調になったを見ては優しく微笑んだ。
仕事に対する姿勢は過剰といってもいいほど徹底している。それ以外のことは本当に悲惨だが。
いつの間にか善行や本田達は中村に仕切りを任せていた。
ボランティアのはじまりである。
動物園の職員と話し込んでいた中村は「えー、こほん」とわざとらしく咳払いして仕切り始めた。
「まずののちゃんは見回り」
「はい。みっちゃん。しつもんしていいですか」
「よかばい」
「みまわりしてどーするんですか?」
「時々皆に、こういうのがあったと話してはいよ。すると、みんな喜ぶけん」
「はぇ? そーなの?」
上手いな、とは感心しつつその会話を聞いて、それから気だるげに手を挙げた。
「はいはーい、みっちゃん。俺も見回りしマース」
「駄目だ」
「何で」
「お前は滝川とライオン担当」
「なんで!?」
大きな動物(しかも肉食)がまったく駄目なは悲鳴に近い声を上げたが、それは完全にスルーされた。
ううう、畜生ーと唸ると、滝川がバンバンと背中を叩いた。睨む。
「大丈夫だって!飼育係のおっさんもついてるし、ライオンったって猫と同じだろ。お前あのデブ猫と仲良いじゃん」
滝川がブータを指差したのでそれに釣られてもブータを見た。
ののみが抱えるバスケットから少しだけ顔を出している。んげー、と鳴いたのを見ては滝川に視線を戻した。
「あのな。猫に咬まれても死なないけどな、ライオンに咬まれりゃ死ぬ」
「咬まれなきゃいいんだって!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
はグッタリと項垂れてタオルを被り顔を隠してしまった。
中村は構わず役割分担を続ける。
「は瀬戸口と壬生屋の三人で速水達の隣のエリアばい。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・げ。」
なんでよりによってその組み合わせ?と瀬戸口は頭を抱えた。
速水達の近くなのはありがたいが、メンバーは途轍もなくありがたくないぞ。唇を尖らせる。
どちらか片方はチェンジ希望だ。
しかし瀬戸口が何かを言う前にが静かに手を挙げた。
「中村。と交代しても良いだろうか。」
「え?何でね」
「ライオン相手じゃあいつは本気で役に立たない。」
見ればは完全に鬱状態になっている。隣で滝川がオロオロしていた。
「しょうがなかねー。じゃあ、よかばい。交代や。」
ありがとう、と微笑んでは瀬戸口を振り返った。
瞬間的に笑顔は嫌味なものに変わる。
「良かったな」
フン!と鼻息荒く踵を返して去ってゆく後姿をしばし呆然と眺め、
瀬戸口は「あちゃー・・・」と漏らしたのだった。
昼食時を集合時間とし、解散して。
壬生屋を間に挟んで瀬戸口とは並んで歩いていた。無言である。
特に壬生屋と瀬戸口は先の件もあって微妙に気まずい。
沈黙を苦としないは、それでもその空気を煩わしく思い口を開いた。
「あのな、お前らまた喧嘩してんのか」
「そ、そういうわけではありません!」
過剰な壬生屋の反応には少し目を見開いた。
その見事な黒髪の向こうに、珍しく面倒そうに女を見る瀬戸口の視線。
なんとなく理解したはライオンのほうがマシだったかも、と思った。
思ったが脳内で思い起こした猛獣の姿に身震いして、やっぱこっちでいいや、と考え直す。
ふと、壬生屋が男二人から一歩下がろうとする。
その度にと瀬戸口は歩く速度を落として隣に並んだ。
実は先程から同じことを繰り返している。
は少し苛立ったように壬生屋の横顔を見た。
「なあ、なにしてんのお前。新しい遊びか?」
「・・・え?いえ、私・・・女は殿方から一歩下がってついてゆくのが美徳と思っておりますゆえ」
壬生屋の言葉にはきょとんとする。その表情はいつもよりずっと幼くて、瀬戸口は一瞬それに見惚れた。
金の髪と青の眼。絶妙のコントラスト。
「あん?じゃあ手繋ぎたい時、男はどうすればいいんだよ」
「な、ふ・・・不潔です!」
「不潔って、お前・・・好きな奴の手を握りたいと思うのは神聖な感情だと思うぞ」
なんかこの話運びじゃあ井埜口が壬生屋と手を繋ぎたいと言ってるみたいだな。
瀬戸口は冷静にそんなことを考えていた。
壬生屋も同じ事を考えたらしく一瞬で顔が赤くなる。
「兎に角ちゃんと歩けよな。次下がろうとしたら手握るぞ」
「あ、歩きます!!」
何だかんだでけっこうこの組み合わせはアリかもしれない、と瀬戸口は思って、それからのあの顔を思い出し。
「・・・・・明日やきそばパンでも献上するか」
ぶるりと身震いをしてそう呟いた。