フレンチ・マリーゴールド








一組の一同は、遠巻きにの様子を伺っていた。


今日のの機嫌は最悪。
据わった目と、堅く閉じた口と、握られた拳が物語る。
そういう場合、原因は特定の人物にあるわけで。


「・・・あいつか」
「あいつだな」
「そうだねえ」


滝川と、舞と、速水が思い浮かべたのはとある人物の顔。
今この瞬間もハンガーに篭って士魂号の整備をしているであろう、専属の整備士。

の顔である。






「ぶろーちゃん、どうしたの?」
「ののちゃん」
「めーなことがあったの?」
「ああ、全くその通り」

ののみが声を掛けた事での纏う空気は幾分和らぎ、
それに安堵した上記三人はの周りに集まった。

がどうかしたのか?」
比較的と仲の良い滝川が問うと、の眉間に皴が寄った。
我関せずを決め込んでいた瀬戸口の視線がゆっくり移ったことには誰も気づかない。

「どうもこうも、あの馬鹿・・・・!!あの、馬鹿!」

日頃理性的で物静かで穏やかなが怒りに掌を震わせて、机に叩き付けた。
その様子にはさすがに見守るクラスメートも少しだけ動揺した。

「落ち着け。言ってみるが良い、。我ら芝村はいつでも助力を惜しまぬ」

舞が胸を張ってそう言うと滝川が眉を顰めた。
そしてギロリと舞を睨む。

「おーまーえー。やめろよ、戦争じゃねえんだぞ!」
「当然だ。」

無意味に胸を張る舞に滝川は更に不快そうに表情を歪めた。
まあまあ、とここで速水がやんわり止めに入る。ぽややんと微笑んで。
上手い具合になってんだねと、黙ったままそれらを見詰めて瀬戸口は大きな欠伸をした。

いい天気。
晴れ渡って空に雲はなく、こういう時は戦闘も無い。
緑深くなりつつある美しい街の風景に、悪役はどちらなのかと胸は痛くなるけれど。

「舞は心配しているだけだよ滝川」
「分かり辛え。つうかわかんねえ。・・・・で、が何だって?」

はののみを膝に乗せて頭を撫でていたので、幾分和らいだ気持ちで答えた。
頭の隅で「ののちゃんいいなあ、癒されるなあ」などと考えていたが、それはののみ以外には気づかれず
「えへへー」とののみだけが笑った。


「ここ数日、ハンガーに篭りっぱなしなんだ」

の言葉に一同が「いつものことでは?」と首を傾げたのは無理からぬ話で、
は授業すらまともに出た事はなく、日曜だろうがハンガーに居る。
寧ろ居ない方が珍しく、食事やトイレはどうしているのかと誰もが疑問に思ったほどだった。
一時期など、はサイボーグだという噂まで流れた。


「言っても聞かないから、仕方なく食事を差し入れに行ったら」

顔色がおかしくて。
汗が凄くて。
体が異常に熱くて。

「いや、それ風邪だろ」
滝川がズバリ言った。も頷く。

「この時期の風邪って長引くよ。」
あくまでぽややんと言う速水の言葉にも頷く。

「強制収容か。手を貸そう」
真剣な顔で言う舞の言葉にまで頷きそうになって慌てて「違う」と告げた。
頷いたら最後、本当に舞は実行する。
そして最高に不機嫌になって荒れるを宥め賺す役は自分にくるのだ。冗談ではない。


しかし、怒鳴っても優しく諭しても動かないを寝かすには
もはや力技しかないかもしれない。
が視界の端に見える来須に頼もうとした、時。

ガタリと椅子を引いて瀬戸口が立ち上がった。


「憂い顔のバンビちゃん、お任せを♪」
「・・・」
「担いで詰め所にでも放り込めばいいんだろう?」

鼻歌歌いながら色気のある香水の匂いを残して教室から出て行く瀬戸口。
複雑そうな表情をしていたは、心配そうに見上げるののみに気づいて微笑んだ。

「たかちゃんは、すごくおこってるけどしんぱいしてるのよ」
「・・・ああ、そうだね。」

だから少しだけ、自業自得とはいえほんの少しだけが心配になったのだけど。
たまにはいい薬かもしれないと思い直し、ののみの髪に指を絡ませた。




数分後、ギャーギャーと騒ぐの声と瀬戸口の声は一組まで響き、
は何時間ぶりかに愉快そうに笑って一組一同を安堵させた。