その瞬間は固まった。
というのも、神楽が定春を従え小さな生き物を抱えていたからだ。
しかも自分の家を訪れてきた。

安易に想像がつくこの後の展開に頭を抱えるの背後から現れたは、
神楽の手元を覗き込んで

あー、猫かぁ。可愛らしいなあ、と。

意地悪な笑みを浮かべた。









裏切り者卑怯者悪者











「いや、神楽。ここは会社の宿舎だからペット禁止なんだ」

先手を打つに神楽は悲しそうに眉を落とす。
その顔は反則だろうとは数歩後退した。
元々子供には弱い。ついでに女の子には特に。

八つ当たりで、子猫と戯れるを睨んだ。


「裏切り者。何か言ったらどうだ、俺だけが悪者だ」

「俺は猫好きやもん。かーわええなあー」

ついでに困るお前もかわいいわー。とのたまうの頭部をは手加減無しでド突いた。
普通なら悶絶する痛みをは意に介さない。痛覚がないのかもしれないとは眉を顰めた。

必要なのは現状打破。他に構う余裕は零。
己の結論に頷いてから子猫を奪い取り、神楽に渡して再びに詰め寄った。



「ペット禁止はお前が決めた規律だろう、会社社長の、お前が!」

「せやなー。やからソレ変えるんも俺の一存や」

「人の上に立つものがそれで良いと思ってるのか!?」

「俺の会社の連中はそれでもついてくる奴しかおらん。少数精鋭万歳。

 傍から見た無法地帯も住めば都、ここが楽園、や。なー」


確かにその通りで、社員はすぐに辞めてゆくか一生辞めないだろう、という、どちらかしかない。

の呑気な声に応えるように子猫がミーと鳴く。人語を理解するのか化け猫め、と舌打ちをした。

は猫が嫌いだった。こうと決めれば盲目的な彼は自分勝手なその生き物に相容れないものを感じている。
だが嫌いだからといって無下に扱う事もない。
結局自分が世話をするハメになるのだ。は確信し、そんなのは御免だと顔つきを一層険しくした。


「世話は!世話は誰がする?!お前じゃない、俺だろう!この場合の決定権は俺にある!」

「なら判決を。この子猫の命運はその通り、お前さんの一言に懸けられとる」


ぐっ、と。が怯んだ。下唇を噛む。
銀時を相手にする時とまるで勝手が違う。目の前に“負け”の二文字をぶら下げられた気分だった。
日頃銀時が感じているだろうその悲しさに今だけは同情しておく。銀時の場合は自業自得だが、とも。


「卑怯者。やはり俺だけ悪者じゃないか」


の言葉にはいつもの眠たそうな目をもう少しだけ開いて小さく笑った。


「裏切り者の次は卑怯者、ね。
 悪者になりとうないんやったら建設的な提案したらどうや?突っぱねるだけで終わらそう思うから自己嫌悪になんねん。」

確かに、とは思った。
思ったら素直に実行するのがの美点だとは思う。満足そうに考え込むを眺めた。


「里親を探す」


「そう、晴れて脱悪者やなー。」


結局それも見つからなければ本格的には会社規律を改変するだろう。
そういうことは恐ろしく手際が良いのがこの人物だとは溜め息を吐いた。

何しろこの延長で自身もに拾われた身だ。
この言い方をすればは決まって不愉快そうに表情を歪めるので口には出さないが、まあ実際はそうだった。

しかもの言う通り、会社にはそれについてくる人間しかいない。


「ほな頑張り。規律改変は判押す一歩手前で待っといたるわ」


お前は手伝わないのかこの野郎、とは思ったが言うのはやめた。
この子猫はどう転んでも温かい家庭で育つ事がこの瞬間約束されたのだ。怒る事じゃない。

子猫は神楽の腕の中で寝ていた。



「・・・・だから猫は嫌いだ」


は子猫を睨んで「尻尾くらい振って可愛く鳴いてみせろ恩知らず」と愚痴を零したが
表情はかなり柔らかかった。




結局里親は簡単に見つかり、事なきを得た。



しかし別れ際に最後くらい、と子猫の背を撫でて見事引っ掻かれたは赤く腫れた傷跡を見て、


「だから嫌いだ」


悲しそうに呟いた。















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本当は大好き。