それは新八の、若さゆえの好奇心だった。
アンサー・ラバー
「銀さん」
「・・・んー?」
新八は掃除機の電源を切ってソファに寝転んだ銀時に視線を向けた。
銀時の顔の上にはジャンプ。
新八からは銀時が目を開いているかどうかも見えない。
呆れたように新八は眼鏡を光に反射させて腰に手を当てた。
「アンタ掃除機かけてる真横でよく寝てられますね」
「ばぁか、男はたとえ銃撃戦の最中でも睡眠を怠らない事に真髄を見るのよォ」
「あーハイハイ」
まったく何だって僕はこんな自堕落な男に理想を重ねるのだろう、と、
根本的な疑問に頭を悩ませながらふともう一つの疑問が頭を過ぎった。
「銀さん、銀さんとさんってどっちが強いんですか?」
それは本当に新八のただの好奇心から生まれたものだった。
銀時はゆらりと腕を持ち上げて顔の上のジャンプを取り払う。
「なに、急に」
「なんとなくですけど。銀さんとさんは本気で戦ったらどうなのかなと思いまして」
銀時はふうん、と気だるげに呟いて体を起こし、まるで小さな子供の悪戯に呆れるように新八を上目遣いで見た。
「当然、俺が弱いに決まってんでしょ」
「え?」
それは新八にとって予想外の答えだった。
銀時が己の負けを口にするのが不自然に思えたからだ。
「だって俺ぁ、に刀向けるなんてできねえもん」
「仮に、さんが銀さんに本気で向かって来ても?」
「それでも。に刀向けて傷つくのは俺なのよ。無理だね、ゼッテー無理。想像しただけで泣けるね」
「こ、殺されそうになっても!?」
「新チャン・・・お前ねえ、すんごい縁起でもない事言ってんだけど自覚してます?」
「・・・だって」
さんの為だからって、そんな風に僕や神楽ちゃんのことを放り出してしまうなんてあんまりだ。
新八はそう思ったけれど、銀時がどれ程を好きでいるか重々知っているので口には出さなかった。
「それによお」
銀時はクツリと笑って天井を見上げ、その先に空が見えているような目で言った。
「お前の仮定がありえねーっつうの」
釈然としないまま新八は万事屋の冷蔵庫の中身を補充するべく買い物に出掛けた。
人通りが多い道を歩きながら、「ありえない」と笑った銀時の顔を思い出す。
隠そうとも誤魔化そうともしない感情。誰の前でもどんな時でも銀時はに対するものを一切隠さない。
新八は少しだけが羨ましいと思った。
「買い物か?」
思った瞬間に清涼な声が響いて、新八は思わず姿勢を正して振り返った。
そこにはカブに跨ったの姿。
「い、さん」
「こんにちは、いい天気だな」
「・・・・」
「どうした?新八」
「いえ、こんにちは」
さんは挨拶って絶対するよなあ、と、新八は今更ながらに気付いて少し照れた。
おはよう、とか、こんにちは、とか、今晩は、とか。
仲良くなってしまうと省かれがちなものをは相手に距離を感じさせず自然に口にする。
少しくすぐったいけれど、気付いてしまうと気恥ずかしいけれど、どこか嬉しい。
「さんはお仕事の途中ですか?」
「いや、今配達が終わった所だ。お前は?」
「買い物です」
新八の言葉にはヘルメットを取りながら少しだけ眉を顰めた。
ああこんな表情も絵になるって得だよなあ、綺麗だなあ、と、新八は見惚れる。
それには気付かずは口を開いた。
「だったらあの甲斐性無しも連れてくればいいだろうに。荷物持ちくらいにはなるだろう」
「アハハ、駄目ですよ。お菓子とか勝手にカゴに入れるんですから」
「アイツは・・・」
は怒ろうとしたが、銀時「らしさ」に口元が緩む。
カブのキーを抜いて新八の横に立った。
「付き合おう。暇だしな」
「お菓子は買ってあげませんよ?」
「俺は新八が淹れる緑茶で十分だ」
「・・・・・・・」
新八は心の中で「ギャー!!」とか「うわ、うわー!!」とか滅茶苦茶に叫びながら、
けれど平静を必死で装って「まぁそのくらいなら」と呟いた。
「あ、そうだ、さん」
スーパーに入り、カゴを持って後ろをついてくるに新八は振り向いた。
「何だ?」
「もしもですよ?」
「ああ」
「もしも銀さんとさんが本気で戦ったら、どっちが強いんですか?」
新八の言葉に、は表情を変えず即答した。
「銀時だな」
「ええ!?」
「な、何だその反応は・・・俺は銀時に刀を向けるなんてできないから仕方ないだろう」
「い、いや、だって・・・えええ?」
新八はこれまた予想外な答えに困惑した。
は常日頃銀時に対し容赦なくドコバキドカボコと殴っているのに。
「ぎ、銀さんが本当に本気でも?こ、殺されそうでも、ですか!?」
同じような質問を繰り返してるのにも気付かないで新八は目を見開いてに詰め寄った。
「あ、ああ」
困惑しては数歩下がる。
そして考えた。
銀時は自分を途方もなく好きなのだと、知っている。
そんな銀時が自分を殺そうとするなら。
「俺は銀時に刃を向けるくらいなら銀時に殺された方がマシだと思う」
新八は、なんてこった、と思った。
今まさに、銀時が「ありえない」といった理由が分かったからだ。
そもそも僕が口にした仮定が、その通り、ありえなかった。
銀時もも互いに刃を向けられないのなら。
(銀さん、分かってて)
それは盲目的な愛ではなく、信頼。
「お、おい、新八?」
「すみません、今、物凄く・・・反省というか、そういう感じなんで」
「・・・・?」
自分の好奇心のせいで自分の子供染みた本質を目の当たりにした気分だ。
新八は暫く頭を抱えて唸っていた。