エピソード1 それが日常
「なんだか知らねえけどよォ、こりゃあんまりってモンじゃないの?」
銀時は盛大に破壊された玄関のドアを眺める。
次にそのドアを蹴破った張本人の男、を。
「五月蝿い、集金だというのに居留守を使うお前の根性を責めろ。」
「玄関破壊して寝ている住人の額に銃突き付ける新聞配達員ってアグレッシブだね」
は玄関を蹴飛ばしそのまま部屋に入り、寝ていた銀時に跨って銃を突き付け金を要求(集金)している。
状況だけを見れば言い訳のしようが無い強盗現行犯だろう。
麗らかな天気のよい朝。
しかし爽やかな目覚めとは言えず、差し込む陽の光に目を細めて銀時は気だるそうに瞬きを数回した。
(さあて、キワドイ場所に跨ってるコイツをどうしてくれようか。)
薄く笑みを浮かべたまま今だ額に銃を突き付けるの腰にさりげなく銀時は手を添える。
の眉がピクリと動くが腕を振り払われる気配は無く、銀時は口元にヘラリと笑みを乗せる。
(銀さん期待しちゃうよ?)
言葉に出さないのは大人の卑怯さだと銀時は思う。無意識にあらゆる物事に予防線を張るのだ。
今度は腰を掴む。
徐々に少しづつ、試すように、慎重に。
銀時にとっては、始めは他愛も無い遊びだった。
は毎朝新聞を届ける新聞配達員で、集金にも来て。反応が楽しくて絡んでいたはずがいつのまにか。
いつのまにか銀時は本気になってしまった。
見かけは華奢なのに強く、何より燃えるような紅蓮の髪が綺麗で。微笑む目が壮絶に光を纏っていて銀時の心を掴んで離さない。
構って欲しくて絡んだり、そのくせ肝心なとこではイマイチ踏み込めない。
「銀時、お前の甲斐性無しは今更どうこう言うつもりは無いが、こっちも生活がかかっている。」
「お前が嫁に来てくれたら、銀さん毎日フランス料理食べさせてあげちゃう。」
「生憎俺は和食党だ・・・手を離せ変態天パー」
どこに隠していたのかもう一丁の銃を出して、自分の腰を掴む銀時の手に突き付けた。
あ、ここまでね、と銀時はイヤラしく笑って両腕を降参の形で挙げる。
「オイコラ天然パーマ馬鹿にすんじゃねエゾ。いつかお前の生む子供も受け継ぐんだからな!」
「問題は変態だろうが!!しかも俺は男だ!!お前の子供なんざ生めるか!!」
「オイオイ、俺が生むのォ〜?参ったね、下の場合は考えてなかった」
プツリと、何かが切れる音を銀時は聞いた。
妄想に浸っていた脳を否応無く現実に引き戻し見上げれば、そこにはの満面の笑顔。
加えて、その顔を遮る様に視界に現れた二丁の銃。
指が引き金に掛かっている。
本気だ!!
「チョーーーーちょちょちょちょちょ!!!チョット待ってさん!!冗談、アメリカンジョーク!!」
「残念ながら俺は純日本人だ。お前はあの世でギブミーチョコレートって叫んでいろ」
偏見の塊のような発言をしては鈍く光る目で銀時を見下ろす。
銀時は諦めたように息を吐いて居間のソファーを指差した。の視線がゆっくりとそれを辿る。
「背もたれの裏にヘソクリがある。お前さんの生活困らせるつもりは無いっつうの」
好きなんだからさ。
ふざけて言う銀時を呆れたように見下ろしては立ち上がる。
(本気なのにね)
ソファーへと向かうの後姿を寝返りを打って眺めながら、銀時はひっそりと思う。
自分の普段の行いがもたらす自業自得とはいえ、あまりにも報われなさ過ぎる。
そもそもは自分の招いた結果だがそれでもを恨めしく思うのも人の心というものだろう。
頭を掻きながら、乱れた着物はそのままに銀時は立ち上がる。
ソファーの背もたれの裏を探るの背後に近付き立ち止まったが、その後姿に抱きしめたい衝動に駆られる。
だが銀時が伸ばした腕がその細い体を捕まえる前に、は振り向かずそのまま後ろに片足を振り上げた。
ガス!!
「ウゴホオオオオ!!」
足は見事に銀時の脛に命中、銀時は堪らず脛を抱えて床に倒れた。
軽蔑した目つきでは銀時を見下ろす。手には銀時のヘソクリ袋。
「男相手でも捕まるときは捕まるぞ、銀時」
中身の札の数を数えながらが冷たく言い放つと銀時は肩を竦ませを見上げる。
「愛があれば問題ねえよ。」
「俺には無い」
「あるさ」
その自信はどこから来るのだろう、と今度はが溜め息を吐く番だった。
立ったままのの両足に、座ったまま抱きつき頬を寄せてくる銀時をどうしたものかと天井を仰ぐ。
「どうすりゃこの愛は伝わるのかねえ」
わざとらしくシクシクと銀時は呟くがその口元には笑みが零れている。
からは見えないが。
「生まれ変わって性別と外見と性格を変えれば相手してやる」
「それ銀さんじゃないし」
銀時は顔を上げを見詰める。もまた視線を下ろし銀時を見ていた。
視線が繋がるこの瞬間は、糖類よりも甘美だと銀時は思う。
嫌われてはいない。多分好かれてはいるだろう。ただ程度が読めないのがの厄介なところだ。
期待ばかりが膨らみ確証が持てない。諦めもつかない。
そうしてに縛られた男を、銀時は自分以外にも居ることを知っている。
立ち上がり、腕を上げての頬に指先で触れる。
動じない、慣れた様子のが憎らしく細く白い喉元に噛み付きたくなる。
銀時は顔を傾け視線をの唇に移し、少しづつ距離を埋める。
逃げようともしないにまたしても期待を膨らませつつ、あと少しで唇が触れ合うその瞬間。
「時間切れだ変態天パー。」
の口が大きく弧を描いた。
銀時が慌ててから体を離そうとしたが間に合わなかった。
「に何してるアルかああああああああ!!!頭から齧り付くヨロシ!!」
押入れから飛び出てきた神楽が定春をけしかける。
「ぎゃあああああああああああああああああ!!」
「・・・・またかよ」
周囲に響く銀時の声を聞きながら出勤してきた新八は壊れた玄関を片付ける。
最近の万事屋の朝の風景だった。
「じゃあ、集金は済んだし失礼する。邪魔したな、新八」
「ああ、ハイ。なんかスンマセン、毎朝あの馬鹿上司が」
新八の言葉には一瞬間を置いて笑う。
その笑顔に新八は見惚れ動きを止めた。
「どう思う、新八?」
「え?」
「嫌いなヤツの相手を毎朝するような酔狂な奴に見えるか?俺が」
銀時は定春に首まで食われもがいている。
神楽はその傍でしきりに奇声をあげて盛り上がっている。
もしかして、いま、僕はとんでもない言葉を聞いたんじゃ・・・。
固まり汗を流し、呆然とする新八を眺めては笑い外に出た。
万事屋の目の前に止めてあったカブに跨りヘルメットを被った時にやっと新八は体の自由を取り戻し追いかけてきた。
「さん!!」
叫ぶ新八の声には振り返る。
新八の少し後ろには銀時の姿も見えた。
「俺は今から真撰組に配達だ、じゃあな」
そういってはエンジンを回し、軽い音を響かせて去っていった。
の言葉にいち早く反応したのは銀時だった。
「ちょっ・・!!待ちなさい!!真撰組ってお前・・・!!」
瞳孔開いた物騒な野郎と、人を小馬鹿にしたムカつく野郎が居て、そして何よりそいつらはを狙っている銀時にとって害虫そのもの。
大体、真撰組は一般の情報なんぞ真っ先に入ってくる。新聞など必要ない。
明らかな、に会うための口実。
「あんの馬鹿!!こういう事には鈍くて銀さん泣いちゃいそう!!」
怒鳴りながら銀時も自分のスクーターに向かって走った。