銀さんの様子がおかしい。
普段寝汚いくせに、ここ最近は毎朝五時には起きて玄関先でボーッとしている。
原因は分かってる。
勿論、さんだ。
エピソード10 回帰
「おはようさん、新八チャン」
今朝も、朝刊を持ってきたのはさんの友人(らしい)、さんだった。
ここ三日、さんの姿を見かけた人は居ない。
例の海賊の事件の次の日に、さんは姿を消した。
「・・・・あの、さんは」
新聞を受け取りながら、さんに問う。
「音沙汰無しやな。まあ、ドッシリ構えて待ってればええんちゃう?」
「・・・・」
「心配せんでも、は帰ってくる。帰省本能っちゅーやつや」
犬じゃないんだから、そんな馬鹿な。
「だけど銀さんが」
そう言いながら視線を動かすと、さんもそれを追って銀さんを見た。
いつにも増して生気が無い銀さんの横顔を眺めて、呆れたように呟く。
「情けないやっちゃなー。ま、追いかけたりせーへんかったんはギリギリ合格点や」
「さんざん悩んでましたけどね」
「アハハ。」
さんが配達に来なかったその初日の銀さんの動揺ぶりは凄かった。
だって糖分を一切摂取しなかったし、ジャンプの発売日だったのに外にすら出なかった。
そして状況は変わらず今に至る。
つい先日、僕は銀さんに
「いい加減外に出て日干ししないと、体が腐りますよ」
と、言ってみたが。
銀さんはあの寝ぼけた感じの目を僕に移して、少し細め。
「待ってんだよ。・・・・帰った時、誰もいねーと寂しいだろうが」
と返された。
そもそもここはさんの家じゃないでしょう、と言いかけてやめた。
さんの帰る場所は、もしかしたら銀さんなのかもしれないと思った。
「まあ安心しィ。は気が済んだら帰ってくる。賭けてもええよ」
「賭けって・・・」
笑うさんは、綺麗だ。さんとは全然違う、けど何処か似た美しさ。
「何処に、何をしに行ったんですか」
「坊は阿保やな。そんなん俺が喋ると思う?の口から出ぇへんことを勝手にペラペラ話すと思うん?」
「だけどっ」
何の確信も無く“帰ってくる”と信じることはできない。
そんな絶対的な信頼なんて、自分とあの人の間には無い。
銀さんだって、不安なんだ。僕が安心できるわけ無い。
俯いた僕の頭を、さんはポンポンと軽く叩いた。
顔を上げればあの綺麗な顔。
「大丈夫やって。はな、こないに愛してくれる人を簡単に捨てる奴やない。
このまま何も言わんで消える薄情モンでもない。な?」
「その言い方、ズルイですよ・・・・・」
さんとの間にあるものではなく、さんを信じろと言われたら頷くしかない。
「せやな〜」
大きく笑ったさんは、やっぱり綺麗だった。
「連中全員、心配してんで、」
「心配?・・・なんでだ」
「自覚したれや」
木々と草花に囲まれた、幻想的な土地。
名称はないがにとってそこは不可侵の聖地だった。未だ自分と以外にこの地を踏ませることを許せないほど。
鳥の気配が、空気を揺るがせる。
「しかしあれやな。久々やなあ、ここは」
隠れるように詰まれた石を眺めては呟いた。
供えられた紫羅欄花(あらせいとう)。
「花言葉は“未来を見詰める”・・・・ええ事や」
「花言葉なんか知るか」
「それでも、初めてやろ?花を供えたんは」
石を積んだそこは、篁の墓だった。
「・・・・・・」
はから視線を剥がし花を見詰める。
そう、初めてだ。今まで、こんな事すらできなかった。
篁の死を認めるようでできなかった。
けれど。
「そろそろ帰る。心配させているとは思わなかった」
は爽やかに墓に背を向けた。
は少し驚く。
今まではここに来るたびに、は何かに囚われたようになかなかここから離れられなかったからだ。
「近いうち、また、来ようと思う」
「さよか。ほな次からはちゃんと連中に言って来るんやで」
「・・・・いや」
そこでは少し顔を伏せ、照れたように笑った。
「次は、銀時も・・・・万事屋も連れて来るよ。賑やかな方がいいだろ、篁も」
は目を見開いて驚き、それからゆっくりと柔らかく微笑んだ。
今日も銀さんは朝早くから玄関でさんを待っている。
あの銀さんが、虚勢を張る余裕もないなんてこっちまで調子が狂う。
「銀さん、頂き物の羊羹食べませんか」
「あー・・・いいよ。神楽と食べろ」
糖分を絶ったくらいで病気にはならないだろうけど、銀さんの場合精神的に病みそうだから怖い。
いつにも増して生気がない横顔。
溜め息をついて、お茶を淹れに台所に向かった。
ガタン!!ガタガタガタバタン!!!ダダダダダダダ!!
「!?」
いきなり物凄い物音がして台所から飛び出ると、玄関にいたはずの銀さんの姿がない。
玄関の扉は破壊され、どうやら外に飛び出したらしい。
「と、とうとうおかしくなったのか!?」
ずり落ちたメガネを押し上げて僕も追いかけようと外に飛び出した。
そして。
「−−−−−っ!!」
目に飛び込んだ光景に、普段使わない筋肉を駆使してブレーキをかける。
階段から落ちそうになったのを寸前で回避した。
「ったく・・・」
階段下には銀さんと・・・・ヘルメットをかぶったままのさん。
まだカブから降りてもいないのに銀さんがしがみつくように抱き締めているせいで動けないらしい。
以前のさんなら確実に殴るか発砲している。
けれど今僕が見ているさんは困ったように少しだけ笑って、銀さんの背中をポンポンと叩いている。
「・・・心配したんですよ」
二人のどっちに向かう言葉なのか自分でも分からない呟きを零して、台所に戻った。
往来で苦しいほどに抱き締められて、肩口に顔を埋められて。
しかし周りの目が気にならないのは不思議だ、とは笑みを零した。
「銀時、いい加減離せ」
「イヤダ」
くぐもった声で答える。
銀時の吐いた息がの肩を温めた。
「・・・・・ほんの四日だろう」
「十分だろ。・・・死にそうだったんだぞ」
糖分も摂取できなかった・・・と呟いた銀時に、さすがのも驚いた。
そして笑う。
「ああ、寂しいと死ぬんだったな」
「・・・・・・せめて、言って行けよお前・・・・」
「ああ、次は一緒に行こう」
の言葉に銀時は、を抱き締める腕の力をもう少しだけ強くした。
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