時間は少しだけ遡る。


人通りの多い端の上で、その男と桂は言葉を交わしていた。












エピソード15      空に散る花









「何故貴様がここに居る、高杉」


桂は顔を上げないまま言った。
目を閉じたまま、言葉だけを投げる。

格式ばった挨拶など二人の間には必要なく、また、意味も無い。


「祭りがあるって聞いてよォ。・・・・いてもたってもいられなくなって来ちまったよ」


高杉の声は低く、野性的で威圧的な響き。
桂は薄く目蓋を開けた。

「祭り好きも大概にするがいい。貴様は俺以上に幕府から嫌われているんだ。・・・死ぬぞ」

桂の言葉に高杉はくつりと笑う。肉食獣のそれに桂は不快感を感じた。


「よもや、天下の将軍様が参られる祭りに参加しないわけにはいくまい」

「!」


高杉のその台詞に驚きはしたが、同時に桂は内心少しだけ安堵した。
今の時点ではが目的ではないようだ、と。
しかしだからこそ今のうちに策を講じなくては。と、桂は考えた。

今は昔、伝説として謳われた紅天子の名は未だその輝きを失ってはいない。
高杉の目にはきっと獲物と映るだろう。上等の獲物に。
そしてそれを銀時が赦すはずもない。

の心配というよりは、桂は銀時の心配をしている。
迷いなく愛に生きる戦友の心配をしていた。


銀時に知られるのはマズイ。あの男は形振り構わず、高杉と殺し合いをするだろう。
では本人にだけ知らせるのはどうか。

桂は、それも駄目だなと思う。は嘘がつけない。そのまま情報は銀時にだだ漏れだろう。
ではどうする?


そこで桂の脳裏に浮かんだ人物は、の親友。

先天的詐欺師。
底知れず腹黒いメガネ。
、その男だった。









場面は変わり場所も変わる。
桂は経営勤務の新聞会社の社長室でソファーに座っていた。
背後には高身長の無愛想な男が桂の後頭部に銃を突きつけている。

扉の向こう側の遠くからドタドタと足音が聞こえ、そして。

「久し振りやなーヅラ」

そしてようやく現れたを前にして桂はやっと笠を取った。


「桂だ」


桂の訂正を無視しては視線を移動させ、桂の背後に立ったままの男を見た。
ニコリと笑って小さく手を振る。


「ええよ古い知り合いやから。そない物騒なモン、しまい」

「・・・古い知り合い、ならば、尚の事」

「ええんよ。」

「・・・はい」


男は小さく息を吐いて銃を下ろし、に向かって小さく頭を下げ部屋を出て行った。
それを見届けては桂と向かい合い腰を下ろす。


「堪忍なあ。彗は心配性やから」

「・・・貴様の過去を考えれば、道理だ。」

「・・・・さよか、なら謝罪はナシや。」


嫌な話を蒸し返されたというように、は眉を顰めて背凭れに体を預ける。
その様子を桂はじっと眺めていた。




「・・・で、何の用や。」

「頼みがある。」

「へえ?」

に関する事だ」




瞬間、の目の色が変わった。
桂は目を逸らさずにヒタリとを見据えたまま言葉を続ける。


「高杉が、来ている。」


その短い言葉では全てを理解した。桂の意図も高杉の目的も。

「話はよお判った。」

つまらなさそうに返答してはいてもその目に鈍い光が宿っている。
桂はそれを確認して立ち上がった。
扉のノブに手を掛けて、ふと動きを止める。
振り返らずにそのまま口を開いた。


「一つ、訊きたい事があった。
 ・・・・・何故、貴様がの傍に居る?」


は答えない。


「何故貴様がを庇護する。今更だが不可解だ。・・・・償いのつもりか。」



桂も答えが得られない事は判っていた。だから、この質問はこの一度きりにしようと思っていた。
ノブを掴む掌に力を込め、回す。


「ちゃうよ、償えるものなんてあらへん」



しかし桂が廊下に出て後ろ手に扉を閉めるその瞬間、答えは返された。



「ただ、あのままよりは少しだけマシな死に方ができる思うたんよ。」



桂は慌てて振り返ったが、何かを言うより早く。
断罪の壁の如く、扉が閉まった。












時間は戻り、万事屋。



は(珍しく)仕事で出かけた銀時達の部屋を、宿代代わりにと掃除していた。
因みに宿代を払おうとしたに、銀時は

「金はいいから嫁に来て」

と言ってボコボコにされた。


まあそれは兎も角、は銀時の布団を抱えてベランダに出た。
イイ天気だな、と目を細めて空を仰ぐ。
遠くから音痴な歌が聴こえてくるが、気分を害するほどではない。

万事屋下宿中は配達の仕事も休みの為、はかなり時間を持て余していた。

掃除洗濯買出しも終わり、だからといって昼寝をする習慣もない。
銀時の真似をしてジャンプを読もうか、テレビを観ようか。そんなことを考える。
公園で長谷川さんと喋るのも良い。


そういえば今日は祭りの日だ。と思い出し、賑やかになるであろう夜の街に思いを馳せた。

楽しみだ、と思った。
そう思って急になんだか恥ずかしくなり、誰も見ていないのに誤魔化すように乱暴に布団を干す。
ボフッと空気が舞い、仄かに銀時の匂いがしては後退った。
顔はすでに真っ赤である。

暫く固まった後、はキョロキョロと辺りを見回し誰の視線もないことを確認して。


「・・・・」


そっと銀時の布団に触れた。



「早く、帰って来い」


本人には絶対に言えないし言わない言葉を漏らし、
は自分の卑怯さに苦笑いした。


そして同時に、何も恐れず愛を語る銀時は自分などよりずっと強いと、そう、思った。