誰もの思考が交差する。思念、想念、信念。
まるで夜空に瞬き時に流れ、光を交わせ燃え尽きる星々のように。








エピソード19        It runs. Previously that









人の悲鳴と足音。爆音と砂煙。
それを全身で受けながら、それでも銀時はいたって冷静な表情で前を見ていた。

背後には変わらず獣のような男が立っていて腰には冷たい刃物の感触が布を通り越し感じるけれど、
そんなものは何の隔たりにもならないというように視線は真っ直ぐ前を。ともすれば明日を、見据えている。

「覚えてるか銀時?俺が昔鬼兵隊って義勇軍を率いていたのをよォ。
 そこに三郎って男が居てな。剣はからっきしだったが機械には滅法強い男だった。」

世間話の延長であるかのような口調で話す高杉に少しだけ表情を動かした銀時は、
続けられる“昔話”に不快感を露にした。先程束の間の会話を交わしたカラクリ技師を思い出す。

敵をとろうとは思わないのか。
そう告げた男の横顔に、過去に囚われたままの人間が背負う影を見た。

「高杉。じーさんをけしかけたのはお前か」
この騒ぎ。将軍を息子の敵としたあのカラクリ技師が起こしたものだと銀時は勘付いている。
高杉は銀時を鼻で笑った。

「けしかける?バカいうな。立派な牙が見えたんで研いでやっただけの話よ。
 ・・・俺にもわかるのさ、あのじーさんの苦しみが。俺の中でも未だ黒い獣がのたうち回ってるもんでなァ」

なにかに陶酔するように言い放つ高杉に銀時は再び夜空を見上げた。
過去から目を逸らしたお前には俺達の気持ちわ分からない。そう告げる高杉に内心で深く頷く。
ああ、分からねェな、と銀時は思う。

過去を捨てたわけではなく、ただ見る方向を変えたのだ。

重く横たわる過去は背中に背負い、視線は前へ。
それが銀時が選んだ生き方だった。


耳を劈く喧騒の中からでも簡単に、微かに自分を呼ぶ声を拾って銀時は悠々と微笑んだ。
腰に当てられた刀身を素手で掴む。
見事に手入れされたそれは易々と銀時の皮膚を乗り越え肉に達するが、それでも銀時は微笑んだままで言葉を紡ぐ。

「高杉よ、見くびってもらっちゃ困るぜ。獣くらい俺も飼ってる」

ただそいつは腹の奥底で呻くわけでもなくただ囁くのだ。
今と過去ではない方向を指差し、お行きなさいと。

にやりと笑って振り返る銀時の拳が、高杉に向かった。




二人を視界に収め、物影から見守っていたは鍔から親指を離し踵を返した。
「捕らえますか」
「もうエエ。」
「・・・はい」
彗は密かに安堵の溜め息を漏らしてに続く。
強めの風にはためくの羽織に指先だけ触れて、目に見えない距離をひしひしと感じ目蓋を伏せる。
その場の誰一人の意識にも引っ掛かる事無く、彼らは消えた。








「ぎん、とき・・!」
もう何度目かも分からないほど銀時の名前を叫んで、は不安と恐怖を宿した双眸を漂わせた。
は、は、と呼吸は乱れ、全身が細かく震えている。
どうしてこんな時に限って姿を見せないんだと半ば八つ当たりな事も考えていた。
暴れ回っていたカラクリ達は動きを止めて騒ぎは終息しようとしているのに。
いつもは鬱陶しいほどなのに、どうして、こんな意地悪な。

「銀時ッ・・・!!」
「はいはーい。お前に必死な声で呼ばれると、なんか照れるね」
「ッ!?」

突如背後に、至近距離に現れた銀時には勢いよく振り返った。
少し離れた場所に立つ銀時はヘラリと笑って手を振っている。
「・・・・・・」

銀時が振るその手には乱暴に布が巻かれ、しかも血が滲んでいて、それを視界に捕らえたは一転して不機嫌に眉を顰めた。
じり、と距離を詰めるの様子に銀時は言い知れぬ恐怖を感じ「あれ?」と呟く。

先刻までの様子なら駆け寄って抱きつくくらいあってもいいのに。
(なにこの険悪な空気)
銀時が本能的に下がればは合わせて前に出る。
広がりもせず縮まりもしない距離感に先に焦れたのは珍しくの方で、舌打ちをする。
の冷たく細められた目が闇夜にきらりと光り、まるで捕食の機会を窺う獣のようだった。

銀時の恐怖はまさにドンピシャで、は真っ直ぐに銀時に向かって走り出した。そして。
「どこで何していたんだお前は――ッ!!」
「ゴブフォッ!?」

銀時の顔面に見事な飛び蹴りが炸裂した。


数分後、銀時はに布を巻き直してもらいながら「あいててて」と鼻を押さえていた。

「お前ね、蹴るか普通」
「五月蝿い黙れ」

不機嫌絶頂なを暫し見詰て呟く。
囁くような小さな声で、けれど視線は逸らしながら。

「・・・・・・怪我は」
「怪我なんかしてるのはお前だろう。俺は無傷だ。」
「あ、そ。そりゃ良かった。」

本当に本心からそう言って銀時は小さく息を吸い、吐いた。
ただそれだけだったがにはどうしようもなく嬉しくて泣きたくなって、銀時が無事で良かったと心底思う。

血で汚れた銀時の服の裾を握り締めて全身を包む安堵に身を委ねた。












「どうやら失敗したようだな」
次の日の街中で、笠を被った男が二人並んで立っていた。
高杉と桂である。

「思わぬ邪魔が入ってな。牙なんぞとうに失くしたと思っていたがとんだ誤算だったぜ」
ニタリと笑った高杉に桂は表情を変えない。
「何かを護るためになら人は誰でも牙を剥く。護るものも何も無いお前はただの獣だ」

それで結構、と桂の言葉に即座に返し高杉は笑った。
迷いや躊躇いはひとつも無い。

「護るものなんて必要ない、全て壊すだけさ。獣の呻きが止むまでな。」
「・・・・」
無言の桂に高杉はゆらりと背を向けた。
そして笑みを絶やさないまま再び口を開く。

を寄越したのはテメエか、桂ァ」

高杉の問いに桂はやはり無言をもって答え、それに満足したかのように高杉は目蓋を伏せてクツクツと笑った。
笠を指先で少し下げ顔を隠し歩き出す。

「あの男の正体を知った時、紅天子がどうするか見ものだなァ」

高杉が去った後、桂は小さな声で「悪趣味め」と苦々しく吐き捨てた。