爽やかな天気。
丁度良い気温とささやかな風。


口笛を吹きながらはカブを止め、エンジンを切ってヘルメットを取る。
目の前には大きく“真撰組”の文字が入った看板。
郵便受けなどある筈もなく、は慣れた様子でキーを抜き新聞一部を片手にその敷地内へと入って行った。





エピソード2   甘味





広い中庭を散歩しながらは周囲を見渡す。
ほどなく近くから、ビュッビュッと空気を切る音が聞こえてきた。
は笑顔でその音に近付く。


「お早う、山崎。新聞朝刊配達に来たんだが」

さん!!お早うございます!!」


山崎はラケットを振るのを止め、に駆け寄る。
先程の音は山崎のミントンの素振りの音だったのだ。


「毎日飽きずに良くやるな。そんなに面白いのか?」
山崎の手の中からラケットをそっと奪い試しに振ってみる。
の手が触れたことに赤面しつつも山崎は“チャンス!!”とばかりに大きく頷いた。

「そりゃあもう!どどどどうですか、今度の休暇に俺と二人でミント・・・」
山崎の声が途絶えた。
不審に思ったが山崎に視線を移すとそこには・・・。



「総悟・・・新しい遊びか?」



憐れ山崎の背後から、山崎の喉下に剣を添えて悪魔の笑みを浮かべる沖田総悟の姿があった。
すでに山崎は恐怖で顔色が真っ青である。

「立派な仕事ですぜィ。綺麗な蝶に近付く害虫駆除でさあ。」
しゃあしゃあと言ってのける総悟を一瞥しては溜め息を吐く。

「見てないで助けてやれ土方。お前の部下だろう」
「知らねェな、害虫を部下に持った覚えは無い」


の背後に立ち傍観していたトシに声を掛けてもつれない返事。
それはあんまりだろう、と、は頭を掻いた。

「山崎・・・職探しなら手伝ってやるからな」

そのの言葉に山崎は“それもアリ!!”と表情を明るめたが・・・。


「勿論死ぬまでウチでこき使いやすぜィ」

「ストレス発散に殴るのに丁度いいしな・・・」


山崎にだけ聞こえるように呟かれた総悟とトシの言葉にとどめをさされた。
合掌。








意気消沈し、未来の希望を根こそぎ奪われた山崎は放置したまま三人は中庭を突っ切り屯所の中へ入った。
ギシギシと床を鳴らしながら縁側を歩きトシの部屋へ向かう。


「来るたび思うんだが、何で毎回土方の部屋で茶を飲む必要があるんだ?」
の言葉にトシと総悟は視線を交わす。

「何言ってんだィ、。契約書にもきっちり書いてありやすぜ」
「勿論、お前のサインもな」

「いや、だから、契約の条件が“毎日一緒にお茶”というのがどうもな。
 普通野球のチケットだとか電化製品とかだろう


一ヶ月前新聞購読勧誘に来たに、トシと総悟が出した契約条件が“毎日お茶会”だった。
何の不都合も無いからと軽く承諾したものの、も何か裏があるのではないかとは思っていた。

例えば、こんな男所帯に自分のような優男が一人。まさに狼の群れに羊。
故にここ最近は銃を身に着けるようになっていたのだが。

余計な危惧であったのか、繰り返されるのは本当にただのお茶会である。
まあ近藤の人間性を知れば真撰組がどういう場所かなんて分かるもの。

はクスリと笑う。
その横顔に二人の男が見惚れているなど考えもせずに。

トシがの肩に手を回そうとするが総悟の刀に阻まれる。
総悟がの腰に手を回そうとするがトシの刀に阻まれる。
呑気なの背後では二人の男が壮絶な戦いを繰り広げていた。


ふと足を止め、窓の外を見たはクルリと二人に向き直った。
少し何かを考える素振りを見せた後、は口を開く。


「今日は一杯飲んだら帰るよ」

普段は数杯飲んでいくの言葉に二人は眉を顰める。
「なにか用事でもあるのかィ?」
総悟の言葉には首を横に振る。


「いや、迎えがもう来てるからさ」


その言葉にトシは窓の外を見る。
のカブの傍に立ちこちらを睨んでいるのは・・・。

「銀髪・・・」

トシの呟きに総悟もピクリと反応する。
総悟はバズーカをどこからともなく取り出し銀時に照準を合わせようとするが、の白く細い腕に阻まれた。

ちぇ、と総悟が諦めてバズーカをしまうとは困ったように笑った。
「本人には秘密だが、大事な奴なんだ。傷付けられると困る」
「困る?」
「ああ、ここで飲む茶は好きだから」

つまり、二度と来ない・・・と。
トシは舌打ちをして銀時を睨む。どこまでも気に喰わない男だ。


しかし大人しく待っているのは銀時らしくないとトシは思った。
あの男なら問答無用で乗り込んできてを掻っ攫うくらい平然としそうなものだが。

トシの疑問に勘付いたのかは窓に近寄り銀時を視界に捉える。
その眼差しにトシと総悟は内心激しく嫉妬した。
の視線は、優しく、甘い。
しかし同時にザマアミロとも思う。

が、銀時本人が見える位置ではそんな表情は決して出さないからだ。



けれどやはり、心臓が小さく痛むのをトシは目蓋を伏せて噛み締めていた。










銀時は迷っていた。
どんな状況であろうとも、いつも内面の奥底では冷静であるはずの自分が簡単に乱される。
それに流されたまま、天敵の領域に足を踏み込んでいいものか、と。
そもそもここで乗り込んだところで事の解決にはならないし、銀時ばかりかの立場も悪くなる。

「なあんで変な契約しちゃうのかね、アイツは。」
俺の時は和菓子一個で終わらせたくせに、と銀時は愚痴を零す。
同時に自分が恨めしくもあった。

当初はに対し特別な感情も無く、寧ろ銀時の中で和菓子>という価値順位だったのだ。
タイムマシーンの入り口を本気で探したくなる一瞬だ。

スクーターを止め降りて、のカブに近付く。


ハンドルにかけられたヘルメットにそっと触れ溜息を零し、銀時は空を見上げた。
自分はもっと余裕のある大人だった筈だ、と銀時は自嘲する。
過信ではなく、事実としてそうだった。
あらゆる物を見て、生き抜いてきた結果手に入れたもの。

しかしが関わった途端、冗談という言葉では誤魔化しきれない行動をしてしまう。
どうしようもなく本気だ、と。

認めるしかない。



男相手に、と悩んだのは悩んだ。十分すぎるほど考えて結論を出した。


膝を折り愛を囁き、どうか愛して欲しいと告げた。
あとはただ待つだけ。


「銀さんは生ものです。お早めにお召し上がり下さい・・・ってね」


銀時は薄く笑って呟く。
町の喧騒にかき消された自分の声が少しだけ憐れだった。







「ご馳走様。」
言った通り、はお茶を一杯と茶菓子一つに手をつけて立ち上がった。
トシは無言でそれを見上げこっそり息を吐く。
今のままで銀時に勝てる気はしないが、諦める気はトシにはない。
時間が流れているのは未来に希望があるからだと。

「総悟、門まで送れ」
「言われなくともそのつもりでさあ」

トシが声を掛けるより早く総悟は立ち上がりにやりと笑う。

副長であるトシにはこの後仕事が山積みで、毎度見送りの役目は総悟に譲るしかない。
トシは苛立ったように舌打ちをして立ち上がりを見据えた。
その視線を怯む事無く受け止めては微笑む。

「また明日」
「・・・・ああ」

当然のようにそう言っては部屋を出て行き、総悟もそれに続く。
しかし総悟は襖を後ろ手で閉める直前顔だけ振り返りトシを見た。
そして。


「顔が赤いぜィ、土方さん。童貞君じゃあるめえし、ソイツは頂けねえや」
「!!!!!」


瞬間顔を鬼のようにしてトシは怒鳴ろうとしたがその寸前に襖は閉められ完全に肩透かしを喰らう。
遠ざかる足音を耳にしながら盛大に舌打ちをして懐から煙草の箱を取り出す。

精神安定剤であるそれは、生憎空だった。
忌々しげにゴミ箱に放り、頭を乱暴に掻いて窓の外を見る。
トシの部屋からはを待つ銀時の姿は見えない。それは幸いだった。
二人仲良く去ってゆく様なんぞ見るのは御免だ、とトシは一人ごちて脱いでいた上着に手を掛ける。





           また明日





ふ、と。の言葉を思い出しトシは口元を緩ませた。
今やきっと契約など無くとも無条件で繰り返されるだろう約束に思いを馳せる。
珍しくも柔らかい笑みを浮かべてトシは仕事場へと向かった。












門の前、銀時からはギリギリ見えない位置で総悟と別れたはゆっくりとした足取りでカブに向かう。
ハッとした様に顔を上げ、あからさまに不機嫌そうな銀時の表情に苦笑いを零した。

「コレも仕事だ。」
「・・・本音は」

 
告げた言葉にすかさず返されては一瞬言葉に詰まる。
銀時は睨むようにを見ている。

(嘘は・・そう簡単には吐けないか)

「兼息抜き、だな。気に入ってる時間だ」
諦めて、はヘルメットを被りながら銀時を横目で見ながら白状した。
銀時はわざとらしく大きく息を吐いた。


「浮気モノ。俺ァ寂しいと死んじまうんだぞ」

「ウサギみたいに可愛ければ構い倒してやるけどな。
 逆にストレスで死ぬと思うが?俺は結構しつこいから」

「それで本望。幸せすぎて泣けてくらあ」


「大馬鹿者。そんな幸せがあるか」



冷たく言い放ちはカブに跨りエンジンをかける。
軽いエンジン音が響いて銀時はハンドルを握るの手に自分の手を重ねた。
は閉じ込められた自分の手を見詰め、それから銀時の顔に視線を移す。

視界を埋めるのは銀の髪と。
銀時の生き様と想いを表す、真っ直ぐな瞳。

あまりの近さには驚き身を離そうとするが、それより速く銀時の腕がの頭を抑えた。

見たことも無い銀時の、“男”を匂わせる卑猥な笑みには一気に頭に血が上る。
徐々に距離を詰める銀時の顎に拳銃を押し当てた。

「やっぱりコイツは手放せないな」

青筋を立て、回避できたと余裕を見せるだが銀時は離れることなくチュッとの唇ギリギリに口付けた。
「!!!」
驚愕しは銀時の胸を力一杯突き飛ばす。
の誤算だった。日頃銀時は怪しい行動を繰り返すが、それでもここまで強引なことは無かったのだ。

二、三歩後ずさり表情を変えないまま銀時は自分のスクーターに向かう。
そしてエンジンをかけながらもう一度を見て笑う。

銀さんにヤキモチ妬かせるからだよ、と適当に心の中で呟く。
銀時自身分かってはいる。
ただ、どうしようもなく焦っていたのだ。

自分と同じようにの傍に立つ男達を見た瞬間に。


「大人を煽るとこうなんのよ、チャン。糖分補充ってね。ご馳走様」



銀時が去った後もは暫らくの間呆然としていた。