と出会ったのは緑の色が深い季節、そして血の匂いが空気を占めるとある屋敷の庭だった。
夢だったのかもしれないと時に思ってしまうのはその景色があまりにも穏やかだったせいだ。

幼いの背後に立ったは鮮やかな紺の羽織を風に揺らし、頬に一筋の返り血を浴びて言い放った。



「生きたいか、それとも今、死にたいか。選んでええよ」



冷たく無機質な声だった。
何の感情も含まないそれがなによりもらしい声音。
孤独と絶望を従えて悠然と生きる男の、声。


「どっちでも、ええよ。・・・どっちでも叶えたる」



その言葉がどれだけを救ったか、は知らない。
その言葉を告げたがどれだけの絶望を抱いていたか、は知らない。

二人は出会った瞬間から何も交わる事は無かった。




「生き、た、い」




呆然と返答したの双眸から流れる涙は煌き、頬から顎へ、そして大地へ落ちてゆく。
血に染まった大地をたった一滴で浄化するかのように。

は目を細め、背後で握っていた刀を鞘に戻し頷いた。たったそれだけだった。
二人の悲劇と幸せの幕開けは、そんな短い会話で訪れたのだ。




それから何度目かの季節の巡りを迎えて、そして、今。
今、二人の関係に終止符を打つ物語が始まる。














エピソード20    アイラブユー















「おはよう、新八」
「おはようございますさん」



その日が万事屋に顔を出したのは太陽が西に傾き始めて少し経った頃だった。
を出迎えたのは新八だけで、いつも鬱陶しい位に寄ってくる二人の姿が無い事に気づいたは首を傾げる。
さらりと揺れる細く赤い髪が新八の視線を奪い、動きさえも奪った。



「銀時と神楽は?」
「あ、ええと、銀さんはコンビニで、神楽ちゃんは遊びに・・・」
「・・・神楽は良いとして、仕事をする気が無いのかあの男は」
「今更ですよ」
「まあ、そうだな」



柔らかく微笑んだを見て、新八は銀時との間にある空気の変化を敏感に感じ取った。
あの祭の夜から、なにかが変わった。具体的な根拠など何一つ無かったが新八は確信している。

そして漠然と思った。この二人は幸せになればいいと。
どこの誰が異議を唱えようとも新八は生涯を通してそう思うだろう。
銀時はを裏切れないし、は銀時を裏切らない。
それさえ分かっていれば、それでいい。


「きっと銀さんはすぐに帰ってきますよ。お茶を淹れますからゆっくりしてってください」


そう言った新八にはありがとう、と素直に頷いて微笑んだ。
向けられたその笑顔があまりに綺麗だったので新八は少しだけ、ほんの少しだけ、銀時を妬んでしまった。


「・・・さんは銀さんのどこがいいんですか?」
「!?・・・し、新八、何を言って・・・」
「あの人と居たらまともな生活送れないですよ」


どこか冷たく言い捨てる新八の視線は前に向いたままで、を見ない。
拗ねるような横顔は子供っぽかったが、それを突っ込めるほどに余裕は無かった。
顔を真っ赤にして慌てる。


「ど、どこがいいというか、そのだな・・・!いや、ご、誤解してないか!?俺と銀時はそういうのでは・・・」


身振り手振りをつけて言い訳をするにチラリと視線を送った新八は、のあまりにも情けない姿に毒気を抜かれてしまう。
最初に出逢った頃のからは想像もできない姿だった。

出会った頃のは途轍もなく冷たくて、近寄りがたくて、ただ綺麗な作り物のような人だったのに。
ちょっかいを出す銀時に向ける視線は恐ろしいほど鋭くて、剣呑で、斬り合いでも始めるのではないかと危惧したほどだったのに。


さん。僕はずっと傍で見てたんだから、誤魔化されてあげませんよ?」


呆れたように微笑んだ新八はに向き直って口を開いた。
その言葉には目を見開いて、2、3度口をパクパクさせたが、やがて俯いて小さく呟いた。



「・・・まともじゃなくても一緒なら幸せだと、思う」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


一瞬間を置いて新八は盛大に笑った。
















「・・・今日も、さんはあの万事屋のところへ?」
「ああ、そのようやなァ」



にこにこ新聞社屋、社長室にて。
机の上に積もった書類を無視しては窓枠に腰掛けて外を眺めていた。
紺色の羽織がいつかのあの頃と同じように風にはためく様子に、彗は少しだけ表情を曇らせた。


「なあ、彗・・・」
「はい」
「お前の時は、失敗した」


の声に彗はまた少しだけ傷ついたが何も言わなかった。
何も言わずにただ目を逸らす事はせずに居る。


は・・・アイツの場合は、結構うまいことお膳立てできとると思うんやけど」
「・・・さん」
はあの銀髪と幸せになれる。俺はそう、確信しとるよ」
さん」


「あいつはもう俺が居らんでも生きていける」



あの時生きたいと願った、幼いとの約束はそれで果たした事になる。
はそう心の中で言葉を足してゆっくりと彗を振り返った。怒ったような泣いているような彗の表情に少し微笑んだ。



「そないな顔すなや、最初からそういうつもりやってん・・・後はただ、お前の時と同じにならんよう願うだけや」


過去を巡りながら未来を夢見てはそう告げる。
そのの望むものがどれほど残酷かよく知っている彗は下唇を噛んで目蓋を閉じた。

さんがもっと弱ければ、力づくで動けないようにして、どこかに閉じ込めて、一生飼い殺してやるのに。
本気で彗はそう考えて、それから酷く傷つき、こんな自分だからどれだけ傍に居てもさんを救えないのだと、そう、思った。











銀時は空を眺めていた。道路の真ん中に大の字に寝転んで、青いはずの空を見上げる。

今朝早くにいつも通りの笑顔を振りまいてTVに映っていた女性アナウンサーは、今日はいいお天気です、洗濯物もよく乾くでしょう、なんて言っていたのに。
どうしてこんなに空が赤いのだろう、と、銀時はボンヤリと考えていた。


後頭部にぬめったものを感じてやけに重い腕を動かすと全身に激痛が走る。


「・・・っ、・・・?」


顔を顰めて自分の掌を見てみれば、それさえも真っ赤で。
銀時はやっとここで空が赤く見えたのは自分の血が目に入っているからだと気が付いた。

ドクリと心臓が鳴る。



(ちょっと、待てよ・・・なんでオレ、こんなことに)



思い出せない。
ついさっき、コンビニに行って今週号のジャンプを買って、それから・・・それから?

感覚が徐々に遠退いていき、手足が冷えてゆくのを感じると銀時は唇を僅かに動かした。
誰にも聞こえない声で、呟く。



(待ってくれよ)



まさか畳の上で死にたいなんて世迷言は言わないけれど。
ロクな死に方なんてできやしないと知っているけれど。

だけど、まだ、だって、ちゃんと伝え切れてない。
まだ満足してない。

もっと、もっと、自分は。








お前をもっと愛せるのに。