「っ・・・・くそ・・・」

無我夢中で走り続け、裏路地に入り建物の壁に背中を預けては忌々しげに吐き捨てた。


荒い息。滴る汗。
それらに紛れ、鼻の奥がツンと痛んで視界が揺らぐ。

「・・・・ッツ」

目から溢れる、体温に近い熱を持った液体を隠すようには顔を覆い地面に座り込む。

聞きたくない。

(篁は?)

その名前は、聞きたくない。

(お主、篁は?)



「聞きたくないって言ってんだろ・・・・!!!」



脳内で容赦なく繰り返される桂の声には衝動的に叫ぶ。
悲鳴に似た自分自身の声に驚いて肩を震わせ、唇を噛んだ。

「・・・銀時」

無意識に名を呼んで、それからは自嘲的な笑みを零す。
自分の身勝手さが酷く滑稽で、醜い。

「銀時」

それでも声は止められない。
無条件で広げられるあの腕に、優しく微笑む眼に。

「会いたい」

の声に、返る言葉は何も無い。
ただ少し離れた場所からの街の喧騒がただ、の耳には大きく響いていた。





次の瞬間。




ガシャアアアアア!!!





の頭上にあったビルの窓が割れ、慌てて見上げれば。


「・・・・・ッ!!」

は形振り構わず走り出し、落下してきたソレを全身で受け止めた。










エピソード5      夢









数時間前。




「アンタ、飲み過ぎですよ」

「飲まなきゃやってらんねー事もあんのよ、大人は」



珍しく万事屋に舞い込んだ依頼の内容を確認するべく、銀時、新八、神楽の三人は依頼人の屋敷に来ていた。
広く、手入れの行き届いたその屋敷に臆することも無い。

依頼人を向かいに、案内された部屋で腰を下ろす。

銀時の二日酔いの原因は勿論であるが、口に出してしまうのは銀時には出来ない。
しかし言わなくとも新八に感づかれる程度には、銀時は見るからに落ち込んでいた。


(もっと、余裕があるヒトだと思ってたけど)
新八は内心呟く。

万が一銀時に言おうものなら容赦ない報復が返ってくるだろう。
普段信じられないほどに図々しいこの男は、の事になると恐ろしく打たれ弱い。

銀時に、ある一種の期待や夢などを抱く新八にとってはそれらは呆れる要素になりうるものであったが。

(なんでか沸くのは親近感なんだよな)

新八は小さく溜め息をついて依頼人に顔を向けた。



「じゃあ、依頼は娘さんの捜索でいいんですね?」


依頼内容はいたって簡単、依頼人の娘の行方探しだった。
元々娘の素行は悪く2,3日帰らない事は多いが、一週間ともなるとさすがに不安を感じ依頼してきたらしい。

新八の言葉に依頼人は頷き、懐から一枚の写真を取り出した。


「親の私が言うのもなんだが綺麗な娘でね、何かよからぬ事に巻き込まれてやしないかと・・・」

写真を手渡され、娘の姿を見て新八は内心動揺する。

綺麗・・・たしかに霜降りではありそうだが。
クイッと眼鏡を指で持ち上げ写真を銀時に回す。

(高額依頼を逃してたまるか・・・)
その思いだけを糧に、新八は突っ込みたいのを我慢する。



「あー・・・そうっスねえ・・・何か、こう・・・巨大な・・・ハムを作る機械とかに巻き込まれてる可能性が・・・」
真剣に写真に目を落とし銀時は呟く。
しかし内心は違う事を考えていた。



(世の中の女が全部こんなんだったら開き直りも出来るんだけどねえ)



例えば誘うような甘い香りが似合う女とか。

柔らかく悩ましい体の女とか。

可愛く鳴る鈴のような声の女とか。



世の中には探せば居る。
居るから困ることもあるのだ、と、銀時は苦々しく思う。



(それでもがいいなんて、どういう事よ)

飾り気のない、石鹸の(時には汗)の匂い。

柔らかさも無く、筋肉の付いた体。

凛としていても低い、男の声。

何よりもそれらが自分の理性を簡単に崩すなんて喜劇ではないか、と銀時は短く目を閉じる。
その欝な思考を振り払うように写真を放り投げた。










「銀時・・・」
落ちてきたのは、銀時と見知らぬ女だった。必死に走り下敷きになったせいで背中が痛む。
しかし腕の力は抜かない。

視界に銀の髪が広がり、抱えた腕に温かい何かが流れる。体温の、含まれた。

血。


その感触に、記憶がフラッシュバックした。
全身から冷たい汗が噴出し、震える。




「銀時っ・・!!」




震える声。

力の入っていない銀時の体を下から抱き締め、しがみ付いて。
見る見る青ざめる銀時の顔に見入って、愕然とする。

「あ、・・・ぎ、ん・・・」


喉に何かが詰まり、上手く声が出なくなる。
(致命傷じゃない、出血も酷くない。大丈夫、死なない)
頭の中で考えても震えは止まらない。


「どうした!?」


その時表通りから一人の男が駆け寄ってくるのを見て、はヒュッと息を吸った。
は銀時の服を握り締める。

男は銀時に重なるように乗っていた女を抱えてどけ、の手にそっと手を重ねる。

「・・・離して。運ばないと」
「・・・・・・、っ・・」
「大丈夫、助けるから。・・・私は桂さんと同じ、攘夷党です」

その言葉には目を見開き、銀時の服を放す。





意識は、暗転した。