エピソード6 蘇生
が目を醒ました時に見たのは、見知らぬ天井ではなく記憶に残る銀時の血の色だった。
上半身を起こしては浅く息を吐き周囲を見回した。
隣に、銀時が寝かされていることに気付き慌てて枕元に駆け寄る。
頬に手を当て、体温を確認して。
目蓋に指を沿え、眼球運動を確認。
そして最後に首筋を触って、脈があるのも確認した。
「・・・・・っ」
そこまでしてやっと安心したのか、表情を歪ませは銀時から顔を逸らした。
広い庭が見える。
そういえば、アノヒトは植物が好きだった、と、は思い出した。
(篁)
そっと呼びかける。
お前を失った時の事を今でも鮮明に覚えてる。
大切な、一番大事なものすら護れないなら、いっそ全てを失いたいと願ったあの日を。
二度と、何も得ずにいようと誓った。
独りで生き、独りで死のうと。
けれど。
は再び銀時を見た。
小さい呼吸音。目蓋の裏で、眼球が忙しく動いている。
悪い夢でも見ているのかもしれない、とは思った。
そしてが悪夢を見ると、が決まってそうする様に。
銀時の前髪を梳くように、額をゆっくりと撫でる。繰り返し、何度も。
深い息をして銀時の表情は穏やかになった。
もぎこちなく笑う。
そして銀時の言葉を思い出していた。
(どうすりゃこの愛は伝わるのかねえ)
(浮気モノ。俺ァ寂しいと死んじまうんだぞ)
だけど自分は銀時に出会った。
悲しいのか嬉しいのか分からない気持ちで、は思う。
この自意識過剰でフザケた男に出会って、過去に捨てた感情を投げ返された。
毎日ちょっかいを出されて、感情を晒す術を思い出した。
少年少女に懐かれて、人に優しくすることも思い出した。
トシや総悟に出会って、冗談を言ったりからかいからかわれる楽しさを思い出した。
毎日怒鳴り、笑って、ささくれ立った自分の中の何かが溶けてゆく気がした。
そしてある日覗いた鏡の中の自分が、作り笑いではない事に気付いた。
(篁)
お前を愛していた。
一度も触れた事は無かったし、それは叶わないとも知っていた。ただそれで良いと思っていた。
手の届かない崇高な存在だったが、同時に絶対の存在でもあった。
俺の想いはお前と共に灰になったのだと思っていたのに。
それを突如銀時が蘇えらせたんだ。
ふてぶてしい笑みと、図々しい言葉がよく似合うあの男が鮮やかに蘇えらせた。
そして恐ろしいほどの強引さで愛を囁き、それを嘘と疑う余地すらくれなかった。
「・・・・責任が、ある。・・・そうだろう、銀時」
重く目蓋を閉じたままの銀時の髪に、は何度も指を絡めた。
ただ言葉を降らす。
甘い雨のように。
「・・・お前が、思い出させたんだろう。」
後戻りのできない所まで想いを引き摺り出したのはお前だろう、と、続ける。
最後に笑うのは俺だ、という銀時の生き方に笑いを漏らした。
本当にそうなら、未だ故人に縛られている自分に、今を叩きつけるのは銀時しかいない。
「篁から、俺を奪え。銀時」
それは例えば、遠い未来でもいい。
乞い願うように呟いて、は一度だけ深く目蓋を閉じた。
そして何かを決意したように見開き立ち上がる。
紅蓮の焔。
の相貌はまさにそれだった。
そして透き通る声音で凛と言い放つ。
それは聞く者によっては無機質なガラスを彷彿とし。
またある者は旗を掲げた王者を思い浮かべる。
そんな声だった。
「桂、状況を話せ」
尊大ではなく絶大な態度。
の言葉と同時に、閉じていた襖が開いた。
銀時を起さないよう二人は部屋を変えて向き合って座っていた。
「麻薬?」
その言葉には眉を顰めた。
そういえば巷で流行しているというトシの愚痴を思い出す。
「ああ、“転生郷”という依存性の高い麻薬だ。」
「確か辺境の星でしか手に入らない原料のヤクだな。噂は聞いた」
桂は頷き、小さな袋を取り出した。
白い粉が入っている。
は視線で“しまえ”と促し、桂はそれに従い懐になおした。
「そう。これを根絶やしにするべく我々攘夷党は情報を集めていたんだが、そこで・・・」
「俺と銀時とあの女を見つけたのか」
桂が頷くのを見ては銀時の悪運の強さを少しだけ呪った。
なんだってこう厄介事に好かれるんだ、あの男は。
「銀時を襲った連中は何者だ」
「宇宙海賊“春雨”。非合法薬物の売買で収入を得る銀河系最大規模の犯罪シンジゲートだ」
「そうか」
は立ち上がり、襖へと向かう。
予想していた行動に桂は目を伏せた。
「銀時でもあそこまで追い詰められた。・・・お主一人で何ができる?」
は足を止め、それもそうだと思って笑った。
だがそれは自嘲ではなかった。
自分の行動は自棄でも過信でもない。
「俺の刀の名を覚えているか」
「ああ、“”」
「そうだ」
まるで伝説のように、は悠然と振り返る。
「あれは篁を護る刀だった。・・・でも、篁は死んだ」
桂は目を見開いた。
篁の死にも驚愕したが、の変化にも驚いた。
「その後は、篁を思う自分を護る刀になった。・・・けれどそれは、もういい。
俺はいい加減未来を見ようと思う。」
「どういう意味だ」
は不適に笑って、自分の胸に拳を当てた。
何かを誓うポーズ。
「俺の誇りの為に。これからはを振るう」
呆然と見上げる桂に、はゆっくりと頭を下げた。
「銀時を救ってくれた貴方に、感謝を。
俺はあの馬鹿男の傷を叩き返しに行きます」
桂は思った。
目の前にいるこのという男は、今も昔も途方も無く嘘が無い。
残酷なほどに純粋だ、と。
そういう人種を止める術は少ない。
「誇りか」
「はい。馬鹿を大事だという自分の誇りです」
「承知した」
桂が頷くと同時には背を向け去っていった。
暫らくして、桂は口元に深い笑みを浮かべる。
そろそろその馬鹿を起そう、と、立ち上がった。
「銀時。お前の傷は無駄ではなかったな。男が一人、何かを覚悟したようだ」
本人に言えば殴られるかもしれないので、桂は今のうちに呟いておいた。
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ヅラは結構年上のような気がする。・・・は、基本的に目上の人には敬語です。
・・・多分。