「選択肢が二つある。人質を引き渡し、俺に半殺しにされて終わるか。
それとも最後まで抵抗し、薄汚い自尊心と共に死ぬか。
・・・選べ。その程度の権利は認めてやる」
最後の審判。
なぜかそう思わせる、絶対的な立場の差では告げる。
神楽と新八が捕らえられているのも、しかも薬を使われて意識さえ混濁しているのもには不利でしかなかったが
それさえも有利だと感じさせる圧倒的な何かが声に含まれる。
春雨の頭である陀絡は、過去に聞いた話を思い出した。
紅蓮の髪。
色素の薄い眼。
無条件で膝を折らせてしまえる程の存在感。
あれは。
「紅天子・・・」
赤く煌めく髪は戦場で浮き立ち、羽衣を纏うかのように華麗に戦う姿からそう呼ばれる、過去の。
伝説の忍。
陀絡の言葉にはスッと目を細めて笑う。
「懐かしい呼び名だ。」
篁に付き従い戦に明け暮れたあの日々。
あの時は自分の意思など関係が無かった。篁の敵は自分の敵。そういう風にしか考えていなかった。
今にして思う。
自分はやっと、今。戦っているのだと。
だからこんなにも清々しい。
「さあ、選べ」
エピソード8 一生
「私は幕府の者だぞ。手を出せばどうなるか・・・」
ガマガエルが困惑したように、怯えるように叫ぶ。
何せ頼りの陀絡が冷や汗を流して動けないのだ。自分達の側には人質もいる。
優位である筈なのに、しかしの態度からそれが感じられない。
「だから何だ両生類。どうなるって言うんだ?お前なんぞ殺しても、そこらのカエルに服着せてりゃ誰も気付かない」
フンとは鼻で笑う。
笑いながら自分の位置と、神楽達の位置、そして陀絡達の位置を頭の中で立体図にして叩き込む。
不利なのには間違いない。
だがそれを不利で片付ける気も、にはなかった。
何しろそれを凌駕する実力がある。
「・・・・・時間切れだ」
言葉を告げてはを構えた。
無造作だが隙の無いそれに陀絡はゴクリと唾を飲む。
「忘れていないか?こちらには人質が」
場の空気が読めないのか状況を理解していないのか。
カエルの放った言葉は、しかし途中で中断された。
目の前での姿が掻き消えたからだ。
まるで蜃気楼のように残像を残して。
「人質?そんなもの、どこに居る」
次にの声がしたのは、陀絡とカエルの背後からだった。
二人が慌てて振り返れば、其処には清涼な空気を纏って立つ。
一瞬にしては神楽と新八を背中で庇う位置を奪った。
二人は自分の眼を疑った。その機能の低下だと思い込もうとした。
そうでなければ納得ができない現実だった。
陀絡は思う。
あれは人間に許された域を越えるのではないか、と。
「覚えておけ。俺はこの剣を振るう時、容赦はしない。」
感情の篭もらない声では言って、スラリとの切っ先を陀絡の喉元に突き付けた。
「それが俺の護るという覚悟だ。」
「オイ、起きろ新八、神楽。帰るぞ」
ペチペチペチ。
新八の頬と神楽の額を叩きながらは何度目かのセリフを言う。
背後には陀絡とカエルが完全にのされて倒れている。
「新八、男なら起きろ。お前まで抱えるのは無理だ」
なんたってここは春雨の宇宙船の中である。
まだ仲間の連中に気付かれていないが、さすがに子供とはいえ人間二人を抱えて逃げ出せる自信はには無い。
いや、もしくはできるかもしれないが、多人数を相手に出る賭けでは無い。
それはまさに過信だ。
「・・・新八、起きろ。起きないと眼鏡粉砕して直接目ン玉に飾り付けるぞ。」
が満面の笑顔で言った瞬間、新八の目蓋が極限まで開いた。
「起きました」
「よし、立て」
大丈夫か、の一言も無くそう言ってのけは神楽を肩に担ぐ。
新八は震える膝を押さえながら必死に立とうとするが、どうにも足に力が入らない。
どうしようかと視線を巡らせれば、は扉のノブに手を掛けたまま眉間に皴を寄せていた。
「、さん?」
少し呂律が回りにくいが、名前を呼ぶ。
「人が来る。意識が無い振りをしてろ」
は言って無造作に神楽を新八に投げて寄越し、陀絡とカエルの身体を引き摺って物陰に隠した。
そして自分も身を隠す。
その次の瞬間扉が開いた。
「新八!!神楽!!」
の目に入ったのはあの綺麗な銀髪だった。
ドカーンボカーン。
どこかで爆発音が聞こえ、ほぼ同時に船内が激しく揺れだす。
神楽を抱え新八を支えて逃げ出す銀時を、少し距離を置いて気付かれないように追い掛けながら。
は、桂だな、と思う。
きっと転生郷を爆弾で吹っ飛ばしているのだろう。
チラリと新八が、銀時に気付かれないようを振り返る。
は小さく頷いた。新八も頷く。
桂も新八も、の存在を銀時に知らせることはしなかった。
その理由はただ二つ。
知れば銀時は怒り狂うし、そしてがそれを嫌がるからだ。
しかしさすがというかやはりというか。
銀時は気付いていたのだった。
「あのよー、チャン。後日タップリ言い訳聞いてあげるからね」
銀時は振り返らずに言った。さすがのも目を見開く。
銀時の声は明らかに怒っていた。
「正直ムカついてんのよ、俺は。何してんのお前。強いったってな、絶対じゃないでしょ。」
「お前の誇りを護るのは迷惑か」
ムッとしては言い返す。
銀時は気だるそうな目を流してを捕らえ、笑った。
「そんなのに命張るくらいなら、俺の為に生きてチョーダイ」
これは完全にの負けだった。
顔を仄かに赤くしては舌打ちをする。怒鳴られた方がまだマシだ。
「・・・お前には敵いそうにない気がしてきた」
軽い眩暈を覚えながら呟く。
出口は近い。
「んなの俺ぁ毎日思ってんゾ・・・・・・ああ、でもそうかもねえ」
出口から差し掛かる陽の光を浴びながら、銀時は前を向いた。
「俺の方が沢山愛してっから一生敵わないかもな。・・・・・・・・一生かけて、試してみたら?」
銀時の見る先にも、その視線を追うの見る先にも同じ未来が見えている。
新八は顔を真っ赤にして照れながら、それでもこの人達はお似合いだなあ、と笑った。