「だあああ!!やっと着いた!!クソ暑ィ!!」
東方の辺境に在る、砂漠に囲まれた町リオールに大絶叫が響いた。


は見た目コレ以上無く怪しい。

黄昏時に似た深い鳶色の髪は、見る角度によっては金色にも朱色にも見える。
右目から右耳を隠すように漆黒の布を頭に巻き、細かい細工の施された金具で留めてある。
長く無造作に伸ばされた前髪から覗く左目は深海を思わせる暗い青。端正に整った顔立ちの美青年である。


お陰で周囲の目線は男女問わずこの少年に注がれていた。
が、誰一人声を掛けないのはの背中には通常の倍はあるような長さの異国を思わせる剣があるからだ。
しかも、2本。

「あー苛つく。ムカつく。腹立つ!」

ブチブチと不満を口にしながらドカドカ大またで歩くその表情は、険しく、恐ろしい。
目が完璧に据わっている。声を掛けようものなら一瞬で切られそうな雰囲気だ。

「なんだってこの俺がこんな寂れた辺境まで来なきゃなんねえんだよ!あの野郎絶対ブチノメス!!」

暫らく罵詈雑言を並べ立てながら歩き・・・そして。


「お?」


今度は歓喜一色の大絶叫。目の前には血のように赤い液体が沸く噴水がある。視線はもう釘付けだった。
血のように赤い、ワイン。の大好きなアルコールである。

「最高!リオール最高!いただきま・・・」


ドゴ!


いざ飲もうとが噴水に屈んだ時、ちょうど、その後頭部に何者かの膝が当たった。
慣性の法則に従いの体は噴水に落ちる。勿論、顔面から。





ドバシャアアアア!!!


「わああああ!!兄さんなんて事を!!!」
「お、おい!!悪ィ!!大丈夫か!?」


叫ぶ声を聞きながらはやっぱりこの町は最悪だと遠のく意識の中で思った。



これがと彼らの出会いであった。




「ゴメン」

暫らくして、はビール片手に不機嫌そうに顔を顰めていた。
両隣にはチビと鎧が座っている。
近くにあった店でお詫びと言って奢ってくれたビールにはまだ手をつけていない。

「ええと、本当に兄がすみませんでした。あの、ボク、アルフォンス・エルリックといいます」
鎧が・・・もといアルフォンスが申し訳無さそうに頭を下げた。
その動作で鳴る鎧特有の重い音がにあることを思わせるが告げる必要も無いだろうとは敢えて無視した。

「オレはエドワード・エルリック。・・・その、マジでゴメン」
チビ・・・もといエドワードが決まり悪そうに頭を掻いて言った。
その時に手袋と服の間から見えた機械鎧には先程自分の後頭部に当たった膝の感触を思い出す。
自然と眉間に皺が寄る。

それを見ていた二人は申し訳無さそうに言葉を失った。

「ああ、違え。もう怒ってねえよ。考え事してたんだ。その顔止めろ、鬱陶しい。」

その暗い様子に気付いたはパタパタと手を振ってビールを一気に飲み干した。
ダンッと大きな音をたてジョッキを置き、くううーっとオヤジ臭い声を出す。
その様は目の前の美青年には不釣合いで、しかしとてつもなくその動作が自然でエドとアルは同時に噴出した。
「何だ?今度は急に笑い出しやがって、失礼な兄弟だな。おいおっさん、ビール追加!!」


「はあ?まだ飲むのか!?」


エドは驚いて声を上げる。目の前の少年(正しくは青年だが)は酒に強いようには到底見えない。
「んだよ文句あんのか?侘びだろ?吐くまで飲むからな」
の左目がエドを捕らえて意地悪そうに笑う。深い青が綺麗だ、と、エドは思った。
「まあ、いいけど・・・アンタ名前は?」
店主からビールを受け取り、今度は半分くらいまで飲んでは大きくゲップした。
エドもアルも気品があるのは外見だけだな、と直感する。



。見ての通り類稀に見ない美青年だ。惚れるなよ?ぶっ殺すから」


エドとアルが盛大な音を立てて椅子からズリこけた。



町中に鳴り響く怪しげなラジオ放送には独り侮蔑の感情を含み笑っていた。
エド達はそれを酔っているのだと勘違いしているが。

「あんたら大道芸人か何かかい?」
ブフウッッ!!
三人を見て言った店主の言葉にエドは飲んでいたジュースを盛大に噴出した。

「あのなあオッチャン!!俺たちのドコが・・・!!
・・・・・って、はそうなのか?」


エドはふと思ってを見た。思えば自分は名前しか知らないのだ。
「そう見えるか?」
愉快そうに残りのビールを飲み干して質問を返される。
「「見えない」」
エドとアルの声は見事にハモった。
当の本人達も驚いて顔を見合わせる。その様子には大きく笑ってビールの追加を店主に頼んだ。

「そうだろ?オレは人を楽しませるより、人で楽しむ側の人種だ」

思い切り納得がいく回答にエドもアルも笑った。
そう言いながらも悪意や嫌味を感じさせないを、二人は何となく気に入ってしまったのだ。
しかしその人種にはエドの嫌いな某大佐も含まれる。不安要素は残ってはいるが。


「芸人じゃないならなんでまたこんな所まで?」
の前にビールを置きながら店主は言った。
嬉々としてビールを飲み始めるを横目で見て口元に笑みが零れるエド。こんな気分は久々で少しむず痒い。
視線を外してストローを咥え店主を見る。もしかしたら顔が赤いかもしれない、動揺を極力隠しながら。
「・・・うーん。ちょっと探し物をね」

エドもアルもこの時見逃していた。エドの“探し物”という言葉にの肩が震えたのを。

「んで、なんなのこの放送」
言ってエドは辺りを見回した。
いたる所にラジオがあり、またそれらが一斉に鳴り出したのだ。町中に男の声が響く。異様だ。
「コーネロ様だ」
当たり前のように言う店主。
「知ってる?
アルはそっとに耳打ちした。その仕種がなんだか可愛らしく見えたはアルの頭を乱暴に撫でた。
「可愛いなお前!ってゆうか知らねえ。俺もさっき着いたばっかだしな。」
も?ボクらもなんだよ」

パアッとアルの空気が明るくなり、またその反応には「やっぱ可愛い!」と更に撫でる
エドは関わるまいと店主に話を促した。
「いや、だから・・・誰?」
その三人の様子に店主は顔色を一気に変えた。


「太陽神レトの代理人を知らんのかあ!?」


前につんのめる様に顔を近付け大声を出す。

「わ・・・有名人みたい」
「唾かけんなクソ野郎。酒に入ってたら殴ってんぞ。気を付けろ」
「・・・だから、誰・・・」

上からアル、、エド。一人性格の悪さが抜きん出ているがそこは触れないでおこう。

いつの間にか近くで飲んでいた男達がワラワラと寄ってきて口々にコーネロという人物を褒め称え始めた。
なんでも奇跡を起こしてこの辺境の町を救ったのだとか。
周りで騒ぐ男達にアルは困ったように固まり、エドは耳を塞いで蹲り、
は煩そうに眉を顰めてビールを飲み続ける。
「あー・・・・宗教には興味無いし・・・行くか、アル」
「う、うん」
は座ったまま「バイバーイ」と手を振った。
何となく一緒に来るのではないかと期待していたエドは少し胸が痛んだが、
そもそも期待する事がお門違いなんだ、と、小さく頭を振る。


その時ガコン!!と大きな音がした。直後ガシャン!!と何かが落ちて壊れる音が続く。
つまり、アルが立ち上がる→屋根に頭直撃→屋根に乗っていたラジオ落下→ラジオバラバラに壊れる、
という訳である。


「だあああああ!?」

店主は身を乗り出し叫んだ。はそれを忌々しそうに見ながら最後の一滴までビールを飲み干す。
「ああ〜・・・」
アルの申し訳なさそうな声に店主は怒りを露に詰め寄った。
「困るなお客さん!!大体そんな格好でいるからこんな事に・・・!!」
「悪ィ悪ィ。すぐ直すから」
とっさにエドが言葉を挟む。
成る程、そういう所は、流石と言うか・・・、とは楽しい芝居を見ている気分になっていた。


店主も周りの男達もエドの言葉を上手く理解できなかったが、自分が壊したのだから、と、
アルが練成陣を描き練成をした瞬間、周りは一気に湧いた。
・・・・奇跡の御業だ、と。
「なんだいそりゃ」
呆れた様にエドは笑う。
「ボク達、錬金術師なんです」
直したラジオをそっと元の位置に戻しながらアルも困った様に笑う。
「エルリック兄弟っていやあ、結構名が通ってんだけどね」
店主はそんなエドの言葉は耳に入ってないのか、ただただ驚きを顔に表しアルを目で追う。
どうやらこの町の人間は錬金術を知らない者が大半らしく、
「奇跡の御業じゃないのか」と周りの男達も口々に喚いている。
その様子にエドは苦笑いを漏らした。も笑う。
しかし笑うの視線はいつの間にかエドの傍に座っている女に注がれていた。
頭から布を被り顔は見えない。だが、とは思う。


(だが、この女・・・)


「鋼の錬金術師、エドワード・エルリック。イーストシティ辺りじゃ有名よ?」
その女はゆっくりと唇を開きその場の声を一瞬で封じた。毒々しい、血を思わせる紫の口紅が似合う艶のある声。
背中を這う様な声音には笑顔を消しその女を、視る。 
「噂の天才錬金術師・・・ってね」
見えた女の顔は美人。ヒュウっとは口笛を吹く。エドは暫らく女を睨んだ後、自信を含んだ笑みを零した。
しかし予想を反し周りの男達はアルを取り囲んでいた。・・・ごく自然な、勘違いである。
どう見てもエドは鋼の二つ名を掲げるには子供で、アルは見た目的にもそれにピッタリである。
鋼の錬金術師と聞いてアルだと思うのは当たり前だ。

「鋼はこっちだ。」

は笑いながらエドを指差す。一斉に男達の視線がエドに集中した。
「・・・え?あっちのちっさいの?」
と、漏らされた言葉に。


「だああれが豆粒みたいで目に入らないってえええええ!!??」
「そこまで言ってねえエエエエ!!!」


エドが大暴れをかましたのは言うまでもない。
それを見ながらアルは溜め息をつく。毎度の事ながら良くやるよ、と。そしてに声を掛けようとしたが・・・。
「あれ?」
は、いつの間にか姿を消していた。