面白くない。
まさにロイの脳内はただその一言に尽きた。
そしてリオールへの任務を己が与えたその事実に腹を立て、
それは瞬時にエド達への理不尽な怒りにすり替えられた。
(鋼のめ・・・なぜそんな都合良く・・・!)
の性格、趣向、その他を検討した上で言うなら。
エドとアルは明らかに好感度ランクS以上。
職権を駆使し、エドが東方司令部に訪れる日のその前後にはを任務と称して遠方に向かわせ、
決してエド達とを会わせないように配慮していたのは他の誰でもなく、ロイだった。
セコイ男だ、と言われればそれまでだし、勿論ロイ自身自覚はしている。
ただその自覚から目を逸らす術すらも十分に持ち合わせているだけで。
「馬鹿な、お前」
に言われ、ロイは肩を竦めた。
せめて必死だと思ってくれ、と心の中で呟く。
口に出した所でどうせ更に容赦なく一蹴されるのがオチだが。
「でも残念、俺は気に入ったぜ、あの兄弟。馬鹿正直で純粋だ。」
は思い出しながら言った。
「あいつらは多分、幸せになる。そういう奴を見てるのは嫌いじゃない」
そしてふわりと笑う。
の本心だった。
それは羨望や妬みの無い感情。
ロイは表情を険しくして、微笑むを見詰めた。
「私は君に幸せになってほしいのだがね」
「俺はそうは思わない」
ロイの言葉をは瞬時に払いのける。
の表情からは微笑みは消え失せ、冷たいものとなってロイに向けられた。
「そうなったら終わりだ。」
それはまるでこの世の理を告げるかのような口調だった。
当たり前の事を聞くな、というように面倒そうに顰められたの表情にロイは歯噛みする。
を幸せにすると己に誓ったのは、もう何年も前だ。
ロイは決意したように顔を上げ意味なく胸を張った。
「フン、私は諦めんよ」
「言ってろ、自意識過剰男。しつこい男は嫌われるんだぜ」
「一途と言いたまえ。」
「詭弁っていうんだよ、ソレ。汚いよな大人ってー。鋼がお前みたいになったら泣くね俺は」
「安心したまえ。鋼のが私のような男になれる可能性は零に等しい」
「そいつは良かった。」
は笑うが、ロイは笑えない。一体どこまでが本気なのか計り知れない分苛立ちは増す。
だがそれを表面に出さないのが、ロイのに対する大人の意地というやつだ。
「つうか、いい加減仕事の話しろよ。色ボケにも程がある」
は大袈裟に溜め息を吐いてソファーに身を沈める。ロイはチラリと手元に置いてある報告書に目をやった。
「・・・教主が、死んだと言ったな。」
深刻になったロイの声音には視線を返して浅く頷く。
「ああ。」
「生きているそうだ」
すかさず返ってきたロイの言葉に、は一瞬言葉に詰まった。
「・・・・何だと?」
「確認も取れている。・・・教主コーネロは存命だ。」
は眉を顰め、手で口を覆い何かを呟いた。・・・が、それは勿論ロイの耳には届かない。
(・・・・私はどれだけ奉仕すれば、全てを語ってもらえるのか)
ロイは苦笑いを漏らし、思う。
寂しいのではなく、悲しいのだ。全てを晒すに値しないと告げられるようで。
「・・・ロイ、そいつは本当にコーネロか?」
一言一句を噛み締めるようにはロイに問う。今度はロイが怪訝な表情をする番だった。
「どういう意味かね」
「そいつは・・・いや、何となくそう思ったんだ。」
「なんとなく、か」
ロイは再び、悲しそうに笑って報告書を引き出しの中へしまった。
「まあいい。報告書は、一応預かっておく。・・・、君はそう思うのかね?」
「ああ?」
「コーネロは死んだ。そして今居るコーネロは別の誰かだと」
ロイはまっすぐにを見据え、またもその目を逸らさず受け止める。
は口元で笑って頷いた。
「ああ、思う。勘だけどな」
「結構。では信じよう」
「いいのか。・・・俺が思うに、お前は俺に甘いと思うぞ。
間違っていたらどうする?上層部への報告は?俺の勘ってだけじゃ連中は納得しない上に
お前の管理能力も問われる。」
「心配してくれるのかね」
「茶化すな。」
フム、と小さく息を吐いてロイはに背中を向けた。
「モノは言いようだ。頭の凝り固まった狸どもなど、どうとでも煙に巻ける。
それに君は確信がない限り勘でも口には出さないだろう?・・・試すような真似はやめたまえ」
ロイの言葉には目を見開き舌打ちをした。
読まれている、という感覚が居心地悪くの身を包む。
「リオールは引き続き私の指揮下の元、監視する。以上だ。」
は立ち上がり、無言で敬礼をして扉に向かった。
ロイは肩越しに視線を向けクツリと笑う。
「それに、。君は必要以上に自分に厳しい。
私が甘いくらいでバランスは取れている」
はピクリと肩を震わせたが振り返ることなく部屋を出て行った。
今回のゲームはロイの完全な勝ちで幕を閉じた。
の気配が遠く去った後、ロイは密かにガッツポーズをとった。
「で・・・なんでお前がここにいんだよ」
「うわー冷たい。傷つくんだよね、そういう態度ってー」
が宿舎の部屋に戻って目にしたのは、我が物顔でのベッドに横たわる少年の姿だった。
少年の名をエンヴィー。
少し前に任務で赴いた地で出会ったその少年は、さして傷ついた様子もなくの前に立った。
そしてスラリと両腕を伸ばし、の肩に乗せる。
「・・・・会いたかった」
笑うエンヴィーの表情は、異様な色気がある。
が、は全く表情を変えずその腕を払った。
「うわ、酷っ。初めて会った時は優しかったのにー!」
「そりゃ他人の血で真っ赤なガキを放っておけるか。」
とエンヴィーが初めて会った時、エンヴィーは山のような死体の傍に立っていた。
体中に血を浴びて真っ赤に染まった手を眺めていると、そこにが駆けつけたのだ。
「風呂まで入れてくれたんだよねー」
「お前が殺して、その返り血だって気付いてれば無視したさ」
「動揺してたんだ?が気付かなかったって事は」
「黙れ真性サディスト」
「それ誤解だし!」
エンヴィーは頬を膨らませ大きな声で言ったが、は心底迷惑そうに顔を顰めて椅子に座るだけだった。
「何だよ、せっかく会いに来たのにさー!!」
「頼んでねえ」
頭を掻いて、は窓の外を眺めた。
その横顔をエンヴィーは見詰める。そして無造作に近付いて、の頭に巻いてある布を取った。
「何してんだお前」
「この目、オレ好きだな」
の右目を見て呟き、エンヴィーは笑う。
「物好きだな。何も映らねえんだぞ」
「ああそう?でも関係ないや。刻めばいい」
「・・・・本気ですんなよ、義眼は高いんだ」
半ば本気で言ったの言葉にエンヴィーは返事はせず、ただクスクスと笑う。
「うん、冗談・・・・このままがいいや、オレも」
そして恍惚と呟いて、その漆黒の瞳に一瞬触れるだけのキスを落とした。
は瞬きもせずそれを眺め、そして目を逸らす。
「・・・・お前だろ」
「え?」
「・・・コーネロになりすまして何を企んでる。お前も、あの女も」
「あの女って・・・ラストのオバサン?・・・なんで、気付いたの。仲間だって」
「匂い」
「ふうん、凄いね」
エンヴィーはケラケラと笑っての隣を通り過ぎ窓枠に足を掛けた。
そして振り返って、ウィンクひとつ。
「でも知らない振りしててよ。関わらないでよ、今は。
オレ、結構本気で好きなんだからさ」
そのまま窓から飛び降りたエンヴィーをは溜め息を吐いて見送った。