「可哀想にな、残業決定だ。じゃ、オツカレ」


「勿論君も来るんだ、



そそくさと帰ろうとしたの襟首を無造作に掴んでロイは歩き出す。

ロイに引き摺られる体勢で強制連行されながらは窓から見える空を仰いだ。




晴天。




「あー・・・曇れ、ムカつく」


の呟きを嘲笑うかのように太陽は燦然と輝いている。















が東方司令部に帰還して数日後、事件は起こった。



特急列車が過激派の一団“青の団”に乗っ取られたのだ。


しかもその列車には軍のお偉いさんが家族旅行で乗っていた。



将軍閣下 ハクロ、以下その妻、子供二人。

当然ハクロが狙われての犯行だった。



「で、あのオッサン人質にして要求が・・・・へえ、収監中の指導者を解放しろ、か。」



渡された報告書類を投げ捨てては面倒臭そうに椅子に身を沈めた。


「声明は」



思い付いたようにが訊くと、傍に立っていたリザが手元の書類に目をやった。



「気合が入ったのが来てますね。」


「どうせ我々の悪口だろう」


憮然とした声音でロイが呟くと、リザも“確かに”と頷いた。


切れ長の目を凛々しく光らせてロイは机に手を着く。





「で。本当に将軍閣下は乗ってるのか」


「確認中ですがおそらく」





部下と声を交わすロイを眺めては欠伸をし、けだるそうに立ち上がる。



「俺が行って潰してくるか」



その言葉にロイとその他の一同は固まった。




確かにその方が話は早い。ならば過激派など、ものの数分で制圧できてしまうだろう。



しかし。

しかしである。



問題は手段を選ばないの性格だった。




もしかしたら犯人全員口も利けないほどボコボコにするかもしれない。 

それどころか列車を壊滅させるかもしれない。

更には周囲にまで被害が及ぶかもしれない。





そして諸々の後始末は全てその他の人間(つまりロイやその部下)に擦り付けられるのだ。






「駄目だ」





顔面蒼白。

ロイは極力平静を保って言い放った。




「なんで」



「夕方からデートがある」



「だから、俺がサッサと終わらせてやるっつってんだろ」



お前が下手に関わると最低一週間は全職員が家に帰れなくなるんだ!!!!!




・・・と、心の中で盛大に怒鳴ってロイは再度却下を言い渡した。









は心底詰まらなさそうに、しかし諦めることにした。元より然程興味は無かったのだ。


ロイとその他全員が安堵に胸を撫で下ろしながら再び各々の仕事に神経を移す。



「しかし、ここはひとつ将軍閣下には尊い犠牲となっていただいてさっさと事件を片付ける方向で・・・」



ロイが半ば真剣に呟くその傍を通り過ぎ、は乗客名簿を調べているフュリーに歩み寄った。




「メガネ、乗客名簿出たか。」

「メ、メガネって・・・で、でましたよ。乗客名簿」




フュリーは大人しくそれをに渡した。


とフュリーでは、ドーベルマンとチワワくらいの差がある。逆らうなかれ、歯向かうなかれ。フュリーの本能がそう告げる。




ハボックは少し離れた所でフュリーの不憫さに涙していた。






「マジ家族で乗ってンな。このまま天国まで一直線。究極のバカンスだ」




は乗客名簿に目を通して笑う。


肩越しに覗いてきたハボックに名簿を渡すと、ハボックはそれをロイに渡した。



名簿に記載されたハクロの文字にロイは溜め息を吐いた。




「まったく、東部の情勢が不安定なのは知っているだろうに」




書類だけで物事を知った気になっているからだ、愚か者が。




罵る言葉は外には漏らさない。



自然と険しくなる表情を押さえて、名簿に見入れば。



そこにある名を見つけた。



ロイはニヤリと笑って一同に声を掛ける。








「諸君。今日は思ったより早く帰れそうだ」










「鋼の錬金術師が乗っている」




はヒューと口笛を吹いた。


 














「や、鋼の」
  


イーストシティのホームに降り立って、一番にエドが見たのはロイの顔だった。

露骨に嫌そうな表情をしてエドは舌打ちする。


離れた所ではアルがリザに丁寧に挨拶をしていた。


「何だねその嫌そうな顔は」


「嫌なんだよ!くあー!!大佐の管轄なら放っときゃよかった!!」


列車に運悪く乗り合わせたエドはロイの読み(思惑)通り過激派を潰し、結果的にロイの仕事を格段に減らした。

ロイに残った仕事は駅に出向き犯行グループの身柄を引き受ける事。頭の中は夕方からのデートで一杯だった。



「相変わらずつれないねえ」





ロイは楽しそうに笑ってエドの右腕を眺める。




「・・・と、まだ元に戻れてはいないんだね」


「文献とか調べてるけど、なかなかね。

今は東部の町を虱潰しに探し歩いてんだけど、いい方法はまだ見つからないな」





エドは自分の右拳を眺めて小さく息を吐いた。

その様子を一瞬だけ眉を顰めて見た後で、ロイは意地悪そうに笑う。



「噂は聞いているよ。あちこちで色々とやらかしているそうじゃないか」


「ゲ・・・相変わらず地獄耳だな」


「君の行動が派手なだけだろう」


「・・・だからって・・・・あ、そうだ大佐」



派手、という単語でエドはある人物の事を思い出し、ここで初めてエドはロイとちゃんと向き合った。


「大佐の部下に、会ったんだけど。っていう・・・・」


きたか。


ロイは心の中で身構える。

エドの表情、声音、動作。に必要以上の好意を抱いてるのは一目瞭然だ。


(これ以上好敵手を増やしてなるものか・・・)


ロイはわざと冷たく鼻で笑った。



「知らんな。」


嘘も方便・・・・と言うのだろうか。この場合大人気ないとしか言いようが無いかもしれない。

因みには、エドが関わっていると判明した時点でロイに本部待機を命じられた。


・・・・・筈が。





「ほー。イイ根性してんなお前」


その声はロイの真後ろから響いた。



体格差で完全にロイの背中に隠れているが、聞き間違えるはずもなくそれはの声。



!!」


エドは思い余って大きく叫び、ロイを突き飛ばすようにして退けた。


ロイはよろけつつ余裕を見せるが腸は煮えくり返っている。

しかしの手前下手なことはできない。



「んな大声出さなくても聞こえる。・・・な、会えただろ。」

さして感慨も無く言い放つに、エドは顔を赤くして伏せた。掌を握り締める。


会いたいと思えば、会える。


の言葉を思い出し、エドは思い切って顔を上げた。

睨むようにの眼を見詰める。



「・・・・会いに来たんだよっ」



それがエドの精一杯の好意の表現だった。

しかし悲しいかなそれはに通用しない。何せ露骨なアプローチをするロイさえ本気にされないのだ。




「ふうん。何か用でもあんのか」




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」








撃沈。






その衝撃を知っているロイはエドの憐れさをせせら笑うと同時にほんの少しだけ同情した。








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やっと一巻脱出。次回からはタッカーさん編・・・・かな?どうかな?