「綴命の錬金術師・・・ああ、あの陰気臭いオッサンか。嫌だね、何で俺が。」



は眉を顰め吐き捨てた。










東方司令部に戻り、とエド、そしてロイの三人はロイの執務室で向かい合っていた。

列車で起きた事件を解決した事でロイに貸しができたエドはロイに生体練成に詳しい錬金術を紹介しろと持ちかけた。


そこで引き出された人物の名は、綴命の錬金術師 ショウ・タッカー。



二年前、人語を使う合成獣の練成に成功し、国家錬金術師の資格を得た人物。

も一度だけまみえた事があった。



「人の言葉を喋るの?合成獣が?」



信じられないという風に呟くエドにはソファーの背凭れに体を預け、足を組んだ。

記憶を呼び覚ます。


の脳裏の甦るタッカーは、目の奥に暗い狂気を湛えていた。






「人の言う事を理解して喋ったんだとさ。・・・・“死にたい”ってな」





そして合成獣は餌も食べずに死んだという。





彼に関する情報を思い出しての不機嫌さは際限なく増す。



そもそも気に喰わない人種なのに、関わりあいになるのは願い下げだった。




はエドに視線を流す。






「俺はああいうエゴイストは嫌いだ。

 会いたいなら手前で勝手に会って来い。もしくはロイを連れて行け」



上司命令を事も無げに拒否して踏ん反り返るに、ロイは頭を抱えた。

心の中で罵倒を繰り返す。




そうできるものならそうしている。何を好き好んで明らかな恋敵にむざむざ二人きりのチャンスを与えるものか。



だがしかし自分は溜めに溜めた仕事が残っていて、部下(以外の)も巻き込んでいて、正直エドのお守りなどしている暇は無い。






「君はタッカー氏と面識がある。鋼のを紹介するだけだ、簡単だろう」




「簡単だな。だが精神的苦痛は比じゃない。残念、他を当たれ」





仕方ない、とロイは息を吐いて懐に手を差し込んだ。


本当なら使う事無く終わらせたかった、切り札を取り出し。





「・・・・礼はしよう」






の眼前に突きつける。瞬間の表情が綻ぶのを、ロイは何とも泣きたいような気持ちで眺めた。



少し離れた場所で居心地の悪さを持て余していたエドは、とロイの変化に首を傾げる。


エドの位置からはロイの手元は見えない。



「よし、いいだろう。中々俺の扱いが上手くなってきたな、ロイ」



そう満足そうに言っては立ち上がり、ロイの手からそれを奪った。

そして大事そうにポケットにしまい、ロイに背を向ける。


要求が通ったことに喜ぶよりも先に、己の報われなさに涙しながらロイはエドに視線を向けた。

恋敵だが、同胞でもある。

これからきっとこうして、ただ愛に跪き振り回されるのだろう。エドと、自分は。


ロイはそこまで考えて大きな溜め息を吐いた。



「・・・大佐、に何を渡したんだ?」



近付き囁くエドにロイは横目で視線を向ける。

そして口元で微かに笑った。・・・瞳には哀愁が漂う。




「聞いたら君は落ち込むと思うがね」


「なっ・・・そんなの、分からんないだろ!いいから教えろ!!」



簡単に予想できるさ、と、心の中で付け加えてロイはわざとらしく表情を改め、エドに向き直った。


「写真だ」


「写真・・・?」


「・・・・ヒューズの昔の写真だ。」


「・・・・」



エドは頭を抱えた。




そんな物と自分は天秤にかけられたのか。

そんな物では容易く動くのか。



悶々と考え思い悩むエドの隣で、ロイも同様の事を考え少しだけ傷ついた顔をしていた。












「でっけー家」


タッカーの家に着いたエドは、上を見上げて呟く。

その隣を心底ダルそうな表情のが通り過ぎ、呼び鈴を鳴らした。



「あんまり挙動不審な真似するな田舎者。そりゃあお前のサイズから考えれば大抵の家は大豪邸だ。良かったな」


「誰が超ド級ナノサイズの微生物かーーーーー!!!」


「あー煩ぇ。」



エドの爆発もには何の効果もなく、体よくスルーされる。

そもそも本格的にを敵に回す度胸もつもりも無いエドは、諦めたように振り上げた拳を下ろした。



その時。



ガサ!!



「・・・・?」



エドの背後の草むらから音がして、エドは振り返る。も視線だけを動かしエドの視線を追った。

そして現れたのは。




「ふんぎゃああああああああああああああ!!!」



体長はエドくらい、体重はエドの2倍はありそうな大型犬。

エドに覆い被さるように襲い掛かり、地面に押し潰した。





「・・・・・・・・何遊んでるんだ、鋼」


「いや、助けろよ!!」



犬に乗られ、身動きができないエドを見下ろしては冷たく言い放つ。

それに対しエドが怒鳴ると、は満面の笑みで頷いた。



「ああ、勿論良いぞ。なんたって俺は犬は嫌いだ。

 但し、精神衛生上好ましくない光景になると思うから、目は瞑ってろよ」


「ヤッパイイデス」



犬の惨殺死体を拝むくらいなら己の圧迫死を選ぶ。

エドの心からの選択。





「馬鹿、殺すわけないだろ。これでもその程度の常識は持ち合わせてる」



エドの思考を一寸違わず読み取ったように、は笑って前髪を払った。

イマイチ信用できずにエドが見上げると、は心底可笑しそうに笑い、そして腰に手を当てて首をクキリと傾げた。



「ま、俺の顔見るなり脇目も振らず逃げ出す程度には仕置きするけどな」



洗練され、完成された美しい外見と、吐かれた壮絶な暴言。

そのギャップについてゆけず、エドは地面に頬を当てて呻くだけだった。






「こら、駄目だよアレキサンダー」



扉が開き、声が聞こえた瞬間。


の表情が一気に冷めるのを、エドは見逃さない。



そしてその変貌から計り知れる、自分は“少なくともタッカーという人物よりは好かれている”という事実に優越感を抱く。



(情けないって、知ってるけど)



拳を強く握り、愚かな考えを払拭しようと頭を振った。