は当ても無く歩いていた。
スカーをわざわざ探さなくともいずれ出くわすだろう、という根拠の無い確信。
けれど普段よりもかなり多く見かける軍関係者の姿に
初めはスカーがいるから当然だろうと気にも留めなかったが、ふと唐突に嫌な予感がして足を止める。
そして手近に居た軍人を捕まえ事情を聞いて。
一変して走り出す。意識を尖らせ視線を彷徨わせて。
「クソ鋼・・・・!」
厳戒体制の中、エドがアルと共に街中に出たまま行方が分からない。
そう訊いた時、は確かに眩暈を感じた。
スカーは国家錬金術師を狙っている。そしてこのイーストで有名な国家錬金術師といえば
既に殺されたタッカーと、ロイ。
そして都合悪く滞在しているエドだった。
自分以上に厄介事を招く体質のエドが、スカーと遭遇しないはずが無い。
根拠の無い確信第二弾には舌打ちをする。
降りしきる雨は目蓋に当たり、視界を狭める。・・・・それにすら腹を立ては疾走した。
「・・・!?」
響く轟音。
が足を止めたのは裏路地の入り口だった。
瓦礫が落ちる音と巻き起こる煙に、は顔の前に掌をかざし目を凝らす。
片目だけしか機能しないは、その視界の悪さに眉間の皴を深くした。
微かに見え始めた人影に目を見開く。
見知らぬ大きな男の背中と、それに対峙するエドとアル。
アルは横腹部分を大きく抉られ足も失い、エドは右腕の機械鎧部分を失い地に膝を着いている。
は懐の銃に手を伸ばし、そして再び舌打ちをした。
銃は、エンヴィーとの時に落としたままだったのだ。
しかしの脳内は一瞬でそれらに対応し、足は地を蹴った。
殺させるわけにはいかない。その思いは衝動に近かった。
目で見るよりも長く感じる距離にの表情は険しさを通り越し、無表情へと変わっていく。
そんなの耳にエドの声が届いた。
「約束しろ・・・弟には手を出さないと」
諦めたような、けれど何かを希う声には目を細める。
アルは驚愕した。エドの意図を寸分の狂いも無く読み取り、一瞬言葉を失う。
「約束は守ろう」
大きな男、スカーは端的に答えた。
勿論それをアルが黙って見ているわけはなかった。
「何言ってんだよ・・・兄さん何してる!逃げろよ!!立って逃げるんだよ!!」
エドにスカーの腕が掲げられる。アルは腕を、掌を地に着き身体を持ち上げた。
抉られた部分から亀裂が走り、崩れてゆく。
だがそんな事はどうでも良かった。
「やめろおおおおおお!!!」
その瞬間。
アルのその目には、確かには踊っているように見えた。
雨の中、濡れて重さを増したの髪はそれでも空気に揺らぎ、青い目は軌跡を残す。
刹那、エドとスカーの間に現れたは差し出されたスカーの腕に右の掌を添え、それを軸に下半身を持ち上げる。
振り上げられた足は見事な弧を描きスカーの即頭部に叩き込まれた。
勢いは殺がれないまま、は下半身を追いかけるように上半身も捻らせ華麗に体勢を立て直す。
蹴りを頭部に喰らっても数歩後退しただけで倒れないスカーを眺め、口を吊り上げた。
ヒュウ、と短く口笛を吹く。
「相当鍛えてやがるな。・・・普通は死ぬか、まあ気絶するんだけどな」
「・・・・・貴様は」
「お前の獲物さ。・・・・分不相応だがな」
エドの目には、の背中は何よりも美しく壮絶な盾に見えた。
絶対的な守護。護られている。自分は、この背中に。
仄かに感じる安堵にエドは頭を振った。そうじゃない、と。
そうじゃない。そんなんじゃない。
思い出すのはタッカーに向けられたの冷たい目。
隠されたの闇。
「・・・!!」
堪らずエドは叫んだ。叫ぶしかできない自分が恨めしかった。
自分は今の瞬間死を選んだんだ。諦めた。この先にあるあらゆるものを。
そんな自分の為にが戦う様を、エドは見たくないと思った。
しかしはエドの声にほんの少しだけ振り返り、微笑む。
のその場違いなほど柔らかい笑みにエドは言葉を失った。
どうしてこの場面で俺が慰められるんだ、と、泣きたくなる。
「・・・そうか、その隻眼・・・・貴様、絢爛の錬金術師・・・・!」
「なかなか情報通だな。俺の名はそう有名じゃない」
悠々と返されるの言葉にエドは今更ながらに不思議に思った。
という人物が、良い意味でも悪い意味でも目立たない筈が無い。加えては強い。
名が知れないはずではないのに、不自然なほど絢爛の二つ名と・の名は地に埋もれている。
それとも、それは作為に?
エドの視界内でとスカーが同時に動いた事でその思考は遮断された。
繰り出されるスカーの攻撃の数々をほんの小さな動作で避けながら、はどうしてやろうか、と考える。
殺すことはできない。・・・エドが、このお人好しの少年が目の前でまた泣くのは見たくない。漠然とそう思う。
軽いステップ。爪先を、もしくは踵を軸にしたターン。鼻歌でも歌いそうなほど涼しげで美しい横顔に流れる髪。
ロイが名づけた絢爛、その名の通り豪華美麗たるその姿にエドは魅入った。
実際はそれほど悠長な事をしていられる状況ではなかったが、現実を切り離すほどの力がの姿にはある。
轟く空。
厚い雲に覆われ太陽は遮られていても、僅かな光の微粒子を掻き集めの姿は浮き立つ。
半身をずらし、右腕を差し出しては人差し指を動かす。純然たる挑発だった。
「神に背きし存在、その中でも罪深き絢爛の錬金術師・・・・!」
「・・・どこまで知ってやがる、テメエは」
「俺は神の代行者として貴様に裁きを下す!!」
「ふうん」
迫り来るスカーとの間合いを無造作に踏み出した一歩で詰め、は脇の建物の壁に掌を合わせ足を踏み鳴らす。
そしての足元からは土製の剣が、壁と掌の間には鉄製の剣が練成された。双対の元素も違う剣。
エドとアルは愕然とした。異なる練成を瞬時に、同時に成されたその光景に驚愕を覚える。
それには構わずには不適に笑って剣を構えた。
「汚泥には汚泥の使い道がある。現実にある最低の汚泥でもな。俺はまだ死ぬわけにはいかない」
そのとき雨を拡散するように。
一発の銃声が響いた。
「そこまでだ」
そして次に響いたロイの声音には前髪の影で笑った。正義の味方の台詞だな、と。
「危ない所だったな、鋼の。・・・・・怪我は無いか、」
「後半の台詞も鋼に言ってやれ」
呆れた口調で言い放って、は小さく笑った。